陽織、通常モード
朝食を早めに済ませて、全員が長袖長ズボンというスタイルになる。いわゆる山歩きスタイル。
何があるかわからない、安全で動きやすい格好だ。
万が一を考えて持ってきただけなのに!
可愛い服着られないなんて。
女子3人は不服顔だが、仕方ない。
神嶋に指定された、中軽井沢の林付近で車を止め、6人が現場に行った。
もう、話が通っているのか、立ち入り禁止のテープの中へ、通してくれる。
「祈梨、僕の手を離さないで。」
そう言って、悠人が祈梨の手を握る。
「千織、わたしの手を離さないでね!」
「千織、俺の手を離すなよ!」
千織の両隣りから、陽織と湊人が手を握った。
正直、歩きずらい。
「陽織はこっち、僕がずっと握っているから!」
と、黎人が陽織を引き離してくれた。
「結構広いなー。」
「どの辺で消えたの?」
「わからないみたい。」
「どうする?また、銀に探してもらう?」
「いや、まだ何があるかわからないから。」
「とにかく、はぐれなように固まっていよう。」
30分ほど歩くと、陽織が立ち止まって指を指す。
「あそこ。なんか、歪んでる。」
黎人が目を凝らして、指差す方を見る。
「あ、本当だ。みんな、気をつけて。」
そう、2人に言われても、他の人には見えない。
「もう少し近づけば、湊人たちにも視えるよ。」
そう言われて、陽織が指差した方へ近づくと、空気が変わるのを感じた。空間が歪んで視える。
「警察も、探したんだよね。」
「なんともなかった人もいたよね。」
「いなくなった人って、何が違ったんだろう。」
「たぶん、視えた人と、視えない人の違いかな。」
「じゃあ、はぐれなように、行くよ!」
黎人に言われて、6人がほぼ同時に、足を踏み入れた。
途端に、祈梨が口元を抑える。
千織は、湊人の腕にしがみつく。
景色がモノトーンに変わり、木の幹が歪んで視える。
足元には、たくさんの骨が転がっている。
中には、腐敗した遺体もあった。
ずっと見ていると気持ちが悪くなる。
「祈梨、あまり一点を見ないようにして。辛かったら、目を閉じて良いから。」
悠人がそう言って、祈梨を引き寄せた。
すでに千織は、目を瞑って湊人に支えられている。
「陽織は、大丈夫?」
「んー、なんかすっごく度の合わないメガネをかけて、本を読んでる感じ?」
と、なんか焦点が合わず、眉間に皺を寄せていた。
「目を細めると良いよ。どうせ焦点は合わないから。それより、眉間の皺が取れなくなっちゃうよ?」
と、黎人が陽織の眉間にキスをした。
「ヤダー、黎人さんったら!」
陽織がウフフと笑う。
2人のイチャつきは、こんな場所でも通常モードだ。
そう思ったら、4人の緊張が、少し和らいだ。
「それよりも、陽織は5月に2回も死にかけてるんだから、絶対に僕から離れないでね!」
と、さらに陽織を引き寄せた。
(いや、その一回は、兄上のせいだろう!)
と弟2人はツッコミたくなった。
「どうやら、ここはハザマって呼ばれる場所みたいだね。天界とは、また違う。」
「黄泉比良坂っていうところ?」
「んー、そこまで明確な感じはしないけど。でも、異界への入り口みたいな?」
「出られなくなっちゃう?」
「んー、普通の人は、難しいかな。それがここにある骨や、遺体かもしれない。」
黎人と陽織の話を耳から入れるだけでも、千織は血の気が引いてくるのがわかる。
(なんで、陽織ちゃんは平気なの?)
「怖い?」
と、黎人が聞くと
「んー、でも黎人さんと一緒なら、わたしはどこにいても大丈夫!」
てへっと、陽織が笑う。
可愛すぎる!
どうせ、みんな見てないよね!
「兄上、見てないと思って、陽織といちゃつくなよ!」
湊人の怒気を含んだ声がした。
しばらく進むと、陽織がフーッと大きく息を吐き出すのが聞こえた。
目の前に男の子と、子どもの霊が複数いる。
「いなくなったなって、小学生だったよね。」
「うん。高橋慶太くん、2年生で7歳。」
「アレ?そうかな?」
悠人、黎人、湊人が話すと、祈梨と千織も、顔を上げた。そして、黎人が陽織の手を離す。
「慶太くん?」
陽織が子どもに近づいて声をかける。
男の子は、顔を上げたので、間違いないらしい。
「誰と、遊んでるの?」
陽織が聞くと、慶太は友だち、と言って霊の手を取った。その手を、陽織がやんわりと、離させて、自分と手を繋ごう、と慶太の手を握る。
「もう、遅いから、お友だちに、バイバイできるかな?」
陽織が慶太に話しかけている。慶太はブーっと不満顔だ。湊人たちは、いつでも子どもの霊を、祓う準備をしている。
しかし、黎人がそれを制した。
慶太は、仕方なさそうに、陽織に手を引かれて、子どもの霊に手を振って、少しずつ、少しずつ、こちらに歩いてくる。
もう少し。慶太を確保するのが、第一!
そう思って、5人が見守る。
と、その時。
林の奥から、1人の男性が現れた。
「お前、たち。出口を、知って、いるのか?!」
男性は慶太よりも、1日前に行方不明になった、20歳の大学生近江俊介だった!
まだ、生きてはいる。
しかし、さすがに行方不明4日目とあり、足元がふらついている。俊介が慶太と陽織に近づくと、子どもの霊がいきなり暴れ出した。
生者を確保するのも、黎人たちの役目。だが、彼の存在が、子どもの霊を暴走させている。慶太も怯えている。彼にしたら、きっと出ることに必死で、子どもたちにも、迫っていたのだろう。
陽織は慶太を後ろ手に隠して、そのまま千織たちの方へ、突き放した。
まずい!
黎人が、駆け出す。慶太はそのまま、千織と祈梨に受け止められた。
俊介は必死の形相で陽織の肩を強く掴んで揺らす。黎人はその手を払うと、俊介の腹に思い切りボディブローを打ち付けた。
俊介は元々ふらついていた足をよろめかせて、その場に倒れた。
(あー、やっちゃった!)
(誰が、こいつを連れ出すんだ?)
弟2人の心の声が、ダダ漏れていた。
子どもの霊は、尚も暴走を続けて、慶太を引き離した陽織たちに向かってくる。
すでに子どもの姿を保っていない。
大きく膨らんだモノ。
歪んで変形しているモノ。
ドロドロに溶け始めているモノ。
返せ!返せ!返せ!
陽織は、毅然と向かい合うと、自分のバッグから、おにぎりを1つ出して、それを前に大きく差し出す。
すると、霊の1つが、また子どもの姿にもどり、陽織の手にあるおにぎりを掴んだ。




