陽織、カナダでの1日
その家は、モントリオールのケベック大学モントリオール校の近くにあった。
ドアのノッカーを叩くと、ハロー、と声をかける。
ドアの覗き穴から、外を見ていた女性が、陽織の姿を見つけると、バーンと音が鳴るくらいの勢いで、ドアを開けた。
「ひおーり!」
女性なそう叫ぶと、陽織にぎゅーっと抱きつく。
「ひおー、ひおー!(久しぶり!どうしたの?)」
と、何度も何度も、陽織の頬にキスを落とす。
「マギー、マギー!苦しい!」
陽織は、笑いながらマギーという女性の腕を叩いた。
マギーは陽織たちを家の中に案内すると、夫のジェフを呼んだ。
ジェフもマギーと同じように陽織を見て嬉しそうに抱きつく。
陽織は、高校の修学旅行でカナダに来たこと。
高校の友人を連れて来たことを、2人に説明した。
美織たち3人は、マギーたちと挨拶を交わす。
陽織は、美織たちにマギーとジェフを紹介した。
自分がたくさんお世話になった、カナダのホストファミリーだと。
「(陽織が、またウチに滞在してくれるのかと思ったのに、今日1日だけなんて。)」
ジェフが残念そうに言う。
2人は近くのケベック大学の先生で、小学生の子どもが2人いる。
「(エリサとマイクは?)」
と聞くと、子どもたちもすぐに自分たちの部屋から飛んできた。
まだ6歳のエリサは、陽織の姿を見たら、飛びついて来た。
「エリー、エリー、可愛い!」
と、陽織も楽しそうだ。
「陽織、本当に子どもすきだね。」
4人はマギーお手製のランチをご馳走になり、後片付けを手伝った。
「(フィーのお料理も食べたかった。)」
とエリサが言うので、陽織は今度日本に来てね!と言う。マギーは、陽織の言葉にビックリしている。
「(陽織、今まで一度も、日本に来いって言ったことなかったのに。)」
「(そうだっけ?)」
と返しながら、確かにそうだったかも。と、ちょっと思い出していた。
「(フィー、わたしスケート始めた!見て!)」
と、エリサが陽織に抱きつく。
「(陽織のスケート見て、やりたいって言って、去年から始めたの。)」
マギーが嬉しそうに、目を細めて言った。
マギーは陽織がスケートを辞めてしまったことを知ってるのかな?コーチから聞いたかな?
陽織はマギーの顔を見ながら、少しだけ苦笑いする。
「(そうだ、午後エリサのスケート教室なんだ。陽織たちも一緒に行こう!)」
と、ジェフが誘ってくれた。
実は、陽織が3人をここに連れて来たもう一つの目的が、それだった。
スケートリンクに着くと、陽織は靴を借りた。
「美織ちゃんたちもやろう!」
と陽織が誘った。
はじめは、えっ?と驚いていた3人だったけど、陽織に誘われて、一緒に靴を借りてしまった。
リンクの上では、半分で子どものスケート教室が始まっていた。エリサがその中で、頑張って滑っている。
3人はリンクの手すりから手を離さず、しがみついている。
陽織がクスクス笑いながら、何周か滑った。
夏なので、ほとんど一般客はいない。
去年も長野で1人で滑った。
いつか、3人にはちゃんと見せたくて、ちょっとだけ練習していた。
でも、ここのところ勉強が忙しくて、練習していない。
そう考えながら、陽織が滑る。
ラン、ターン、ループ、スピン、少しずつスピードを上げる。
以前よりも下手になっているのがわかるので、白桃に手伝ってもらおう。
スパイラルにレイバックスピン。流れるようなスタップシークエンス。手、指、その一つ一つが、まるで芸術のよう。陽織が腕を振り上げるたびに、千織が羽織がため息をつく。
徐々にスピードが上がり、陽織が跳んだ!
トリプルアクセル!そしてそのまま、お辞儀をすると、美織たちの方へ戻ってきた。
(四回転はちょっと怖いからねー。)
子ども教室の方から拍手が聞こえた。
陽織は、手を振って答える。マギーたちも拍手をしている。
「すご、い。」
「陽織ー!」
「綺麗。」
3人がため息と共に、陽織を出迎えた。
「3人にはね、一度だけ見せておきたかったの。」
陽織が、テヘっと恥ずかしそうに笑った。
「もう、辞めて一年以上だから、四回は無理だったー!」
と、少し残念そう。
4人は、陽織に手を引かれて、リンクの中に入って滑ってみる。
「あ、結構楽しいかも。」
と言ったのは羽織。
「無理無理!」
と千織はヨタヨタと滑っている。
美織は、ちょっとコツを掴むと、それなりに滑った。
ホテルへ戻る時間になり、マギーとジェフと別れを告げる。
2人は陽織がスケート競技を辞めたことを知っていた。でも、理由は聞かなかった。
「また、くるね。」
そう言って、マギーとジェフにギュッとして別れた。
帰りの道で
「陽織、黎人さんにも見せてあげればいいのにー。」
「うん!きっと惚れ直すよ!」
と千織と羽織が言ったが、陽織は首を横に振った。
「ううん。黎人さんには絶対に見せない。あ、湊人にも今日のこと、言わないでね!きっと見せたら、黎人さん、自分のこと、責めちゃいそうだから。」
陽織が花嫁に選ばれたのは黎人のせいではない。
逆に選ばれたから、スケートと出会えた。
でもきっと、黎人は自分のせいだって思う。
陽織は、そんな気がした。
だから、見せようと思ったのは、大切な友だちに、だけ。
4日目は地元の高校との交流会。
カナダの歴史や文化に触れて、新しいことを知った。
5日目、トロントの空港に、マギーたちが見送りに来ていた。ジェフは仕事で来られなかった。
マイクとエリサが、手紙を書いてくれていた。
「(マイク、エリー、ありがとう!エリー、わたしの分もスケート頑張ってね!)」
陽織がゲートを挟んで、マイクとエリサを抱きしめた。
「マギー、再来年の春、わたし結婚するの。だから、呼ぶから日本に来てね。」
陽織は、マギーに小声で伝えた。




