陽織、口をきかない
黎人は、ベッドの上の陽織を見て固まった。
「霊力、過多。」
「うーん。それが一番近いですね。元々霊力が多い陽織さんだから、命までは繋ぎ止めたけど、普通の巫女だったら、死んでたかもしれませんねー。」
神鬼が説明をする。
「前にも言いましたよねー。彼女は体力に自信があるから無理をしても気づかない、って。」
神鬼に言われ、黎人は俯く。
「で、どうしたら、いいんですか?」
「ぶっちゃけ、陽織さんから、霊力を吸い出してあげて下さい!それしかないでしょう。」
「私は隅っこにいますから、その辺の置物と思って下さい。」
そう言って神鬼は、本当に部屋の隅の椅子に腰掛け、目を瞑る。
黎人が、陽織の上に覆い被さろうとすると、
「あ、そうそう、できるだけ、ゆっくり、少しずつですよ!」
と、付け加えた。
ゆっくり。
黎人は大きく息を吐くと、陽織の口を塞ぎ、陽織から何かを吸い出すように唇を吸った。
一週間前の、海の時とは、真逆だ。
あの時は、息をしていない陽織に、とにかく息を吹き込んだのに。
息を吸い尽くすと、一度放し、また唇を開かせて陽織の口の中を吸い続ける。
これを何度も繰り返して、10回を超えた頃、陽織の、呼吸が安定して来たのがわかった。
脈も一定のリズムを打っている。
黎人は、ベッドの上から降りると、
「神鬼先生、え、と、どうでしょう?」
と尋ねる。
神鬼が陽織の様子を見て、外にいる家族を招き入れた。
「まだ、熱は高いですが、呼吸と脈、血圧は安定したようです。あとは、酸素飽和度を確認しながら、点滴を続けて様子を見ましょう。」
神鬼に言われ、みんなホッとした。
高嶺が黎人に近づき、
「助かった、ありがとう。靴も履いてないみたいだから、送るよ。」
と声をかけて来た。
黎人は、陽織のそばに居たかったが、両親がそばにいるので、一旦家に戻ることにした。
帰り際、神鬼に明日、話があるから来るように言われた。
翌日、熱が下がりかなり回復を見せた陽織は、朝、回診に来た院長とインターン、神鬼の前で、一悶着起こした。
「熱は37.6度、昨夜は38.9度でしたのでかなり良くなりました。血圧は108の65、異常なしです。」
「酸素飽和度は98。もう少しで正常です。」
次々とインターンが陽織の容態を発表する。その度に父がうなづく。
最後に神鬼が
「陽織さん、食べられるようなら、お昼から普通の食事にしましょう。それから、夜黎人さんが来ますので。」
と言うと、父がぎろりと神鬼を睨む。
その姿に、陽織は少しもやっとした。
父とは大喧嘩している最中だった。なのに、なんでこんなところにいなくてはならないのか!
「神鬼先生!熱下がったから、わたし午後退院したいです!」
すると、再度父が睨んでくる。
「それから、わたしは内科で、外科じゃないですよね?なんで、外科が専門の院長がいるんですか?個人情報の漏洩です!」
神鬼がまあまあ、と、陽織に言う。
何も知らないインターンは、生意気な女子高生だなぁ、と思っている。
普通なら院長の回診なんて、みんな喜ぶのに。
「とにかく、わたし午後に家に帰りますから!こんな、圧力をかけてくるような病院、いたくありません!」
すると
「神月さん、どうやって帰るんですか?そんな体で。」
と負けずに父が返して来た。
「もちろん、徒歩です。ウチは歩いて10分ほどですから、多少の熱くらいなら、問題ありません。それに、軽症のわたしがこんな個室を使っていたら、健康保険の無駄使いです!」
とさらにやり返した。
「では、黎人さんがいらしたら、わたし神代の家に帰ります。それなら、よろしいでしょう?」
と、陽織が言った途端、父がインターンの前で陽織の頬を叩いた!
「馬鹿もの!そんな体で、他所様に迷惑をかけるんじゃない!」
「神代のお母様は、いつでも一緒に住んでいいって、おっしゃいました!」
「それは、リップサービスだ!お前のように、わがままで、何もできない娘が他所の家でやっていけるわけがない!」
もう、それからは、ああ言えばこう言うの、親子喧嘩が続いた。
インターンや、父について来た医師たちが、羽交締めにして止めるまで、1時間。他の医師も、見に来たほど。
父は午前中の貴重な回診時間を無駄にしてしまったことを悔いた。確かにわがままに育てた責任はある。しかし、あそこまで、わがままで自分勝手だったとは。
昼休み、院長室の扉が開き、神鬼が入って来た。
「神鬼さん。」
神鬼零は、見た目こそ30代半ばだが、実際には150歳くらいだった。人間の母と、使役されていない鬼との間に生まれた子だと言う。
そのため、前の花嫁も見て来た。
ずっとこの病院ができてから、心霊内科を任され100年以上になる。神月高樹でも頭が上がらない、大先輩だ。
「申し訳ない、院長として恥ずかしいことをしてしまいました。」
神鬼はハハハと笑って、父の肩を叩いた。
「神月さん、陽織さんのこと、どれくらいわかってますか?」
神鬼に言われて、え?と、父は顔を上げる。
「先ほど何もできない、と言ってましたが、陽織さんがお料理が上手だとご存知でしたか?」
「イヤイヤ、それはないでしょう。家では、皿一つ洗いませんよ!」
なるほど、と神鬼がうなづく。
「陽織さん、先日の神代家で親族が集まった、黎人くんと悠人くんの20歳の誕生会、ほとんど仕切っていたそうですよ。いい嫁だ、と評判になっていたとか。」
父は、そんな話は聞いていない。
「神代の分家の人が褒めていましたよ。それに、陽織さんの料理は霊力回復がすごい、と、術者の間で、広まっています。」
父は目を丸くした。
「高嶺くんたちは、知っていましたよ。陽織さんはずっと家から出て海外での生活もあったから、自分で料理をしていたって。」
息子たちが知っていたことを自分は知らなかった。
「陽織さん、親には甘えていたかったんじゃないですか?」
陽織は、ずっとスケートのことしか興味がなかった。わがままて泣き虫で、甘えん坊で。だから、神様の花嫁が嫌だ、と言った時、なんとかしなければ、と思った。高校に入ったばかりの時も、赤点を取るくらい、勉強が苦手だった。
でも黎人と出会い、黎人と付き合い出してから、どんどん変わって来ていたことは、気づいていた。たぶん。ただ、認めたくなかった。
あれだけ嫌がっていたのだから。
陽織がなぜ、黎人に全てを許したのか。なぜ、18歳になったら結婚する、なんて言い出したのか。なぜ、あれだけそばに居たいと言った家族より、黎人を選ぼうとしているのか。知ろうとしなかった。知りたくもなかった。
あれだけ、嫌がっていたのに。
高樹が黙ってしまったので、神鬼はそれでは、と部屋を出て行った。
夜、黎人は来たけれど、ずっと神鬼と話をしていたようで、帰り際にちょっとだけ顔を見て、帰って行った。
翌日、陽織は完全に平熱に戻ったので、母が迎えに来て退院した。中間試験があるから、学校を休んでいられない!
木曜日から学校へ行き、その翌日から中間試験だった。
父とは、あれから全く話していない。と言うか、顔も見ていない。見たくない。
陽織は夕飯を食べると、勉強を理由にさっさと自分の部屋へ行く。
朝は、早く行って勉強すると、自転車でさっさと出かける。
父どころか、2人の兄とも話してない。
中間試験は、日曜日を挟んだので、日曜日は図書館に行って勉強していた。
火曜日に試験は終わり、その日の午後は美織たちと、近くのファミレスでご飯を食べた。
「ネェ、陽織ちゃん霊力過多で倒れたんだって?」
美織がパスタをフォークに巻き付けながら聞いて来た。
「え?霊力過多なんて、あるの?」
羽織が驚く。そりゃあ、普通は無いと思う。
減ることはあっても、それほど急激に増えるなんて。
「まあ、ちょっと、急に増えちゃって、というか、たくさん受け取りすぎて?」
受け取り?
と聞いて、3人はあー!と思った。
「それより、陽織ちゃん、この前Aクラスの女子に囲まれてたって。」
千織が心配して聞いて来た。
「あー、あれね。千織のことは、わたしが守るからね!お義姉さんだから!安心して!」
と、陽織が答えた。
千織は意味がわからず首を傾げる。
「あ、なるほど!」
と、わかったのは羽織だった。
「何、何?」
「理系のAに、湊人くんのファンクラブがあるのよ!で、その女子たちが、陽織と湊人くんを勘違いしているみたいで。」
なるほど、と文系2人は納得する。
「で、なんでお姉さん?」
「だから、黎人さんは湊人のお兄さんでしょ?だから、わたしは千織のおねえさん!」
ウフフと、陽織が上機嫌に笑った。
そして、
「それならわたしは陽織ちゃんのお姉さんだわ!」
と、美織がにっこり笑った。




