陽織、元気になる
お昼少し前。
陽織が目を覚ますと、自分を抱きかかえるように、黎人が隣で眠っていた。
熱が下がっていた。
身体も軽い。
陽織は、黎人を起こさないように、そっとベッドから起きようとした。
が、動けない。
黎人の力があまりにも強い。
どうやっても、陽織を抱きしめている腕が解けない。
陽織がもじもじしていると、それに気づいた黎人が目を覚ました。
「起きたの?大丈夫?」
目をこすりながら聞く黎人に、陽織はコクコクうなづいて、腕を一生懸命、どかそうとする。
「あはっ、陽織の力くらいじゃ動かないよ!」
と、黎人は笑ってさらにギュッと陽織を抱きしめた。
これでは柔道の押さえ込みだ。
「と、トイレ、行きたいの!」
と、陽織は足も使ってバタバタした。
陽織と黎人は起きると、リビングでみんなの帰りを待った。
小龍が戻ってきて、白桃と一緒にお茶を淹れてくれた。
2人がお茶を飲んでいると、みんなが帰って来た。
「たっだいまーす!」
「あ、陽織、起きてる!」
「黎兄、小龍ありがとう!」
「勝ったぞー!」
みんなヘロヘロだったけれど、笑顔だった。
「お疲れ様ー。」
黎人がみんなに声をかけた。
「お腹すいたけど、それより横になりたい!」
彩奈が、全員の気持ちを言葉にした。
「あ、あの、それじゃわたし、お昼、作ります!」
と陽織が立ち上がった。
「え?陽織は病み上がりなんだから、ダメだよ!」
と千織が止めるが、陽織はもうキッチンに行って、冷蔵庫から食材を取り出していた。
「だい、じょうぶ、です!ハクに手伝ってもらいます、から。」
そういうと、簡単に卵焼き、もやしとベーコンを炒めて、豆腐とワカメの味噌汁を作った。
それをハクと小龍がせっせと、11人の前に運ぶ。
ご飯は、黎人が盛り付けている。ちょっとした運動部の合宿だ。
「すみません、たぶん足りないと思うので、お漬物、切りますね。」
「陽織、座っていなさい。」
と高嶺は言うが、自分が動けない。
「陽織のご飯、まじ霊力回復する!」
と和嶺が言うと、湊人がうなづく。
陽織ご飯で回復経験のある人は、その力を身を持って知っていた。
「本当だ。こんなすごいの初めて。」
彩奈も関心していた。
それを聞いて、なぜか黎人が満足そう。
「いいなー、神月兄弟。毎日こんなご飯食べられるのかー。」
と拓哉が言うと、高嶺が首を横に振った。
「陽織は、黎人がいないと、絶対キッチン立たないぞ!」
それを聞くと、黎人はますます嬉しそうにする。
「陽織も、お昼にしよう。」
と黎人に言われるが、もう座るところがない。
すると、黎人が自分の膝の上にヒョイと、陽織を乗せた。
「え?いや、れ、れ。」
「ん?卵焼き食べる?陽織は甘い方が好きだよね?」
と、陽織の口元に卵焼きを運ぶ。
「うわっ、これ新聞で騒がれても、やってるんだ!」
と、つい剛志が口にして、慌ててごめんと謝った。
あの時、一緒にいた剛志はあの記事がフェイクだと知っている。
「あれさー、ひどいと思わない?わたしが映ってないの!わたしもいたのに!陽織の隣で、ハンバーグ食べてたのに!」
と彩奈が怒り出したので、みんな思わず笑ってしまった。
うまく、お笑いに変えてくれた彩奈の大人の対応に、陽織も黎人もホッとしている。
「それにしても、あの時より、さらに仲良くなってますね。」
と、拓哉まで一緒になって揶揄ってくる。
そんな雰囲気を一転するように
「不純異性交遊は、校則違反だぞ!」
と、大神が陽織たちを嗜めた。
「まあ、今日は目を瞑るが。」
「黎人さん、わたしお腹空いてないから、みんなで食べていいよ。黎人さんも、ちゃんと食べてね。小龍を動かしたんでしょ?」
陽織がそう言って、黎人の口に漬物を突っ込んだ。
「陽織、なんで肉ないんだ?肉ないと体力戻らないっていつも言ってるじゃん!」
と、湊人が文句を言い出した。
「夜は何にしますか?後でお買い物に行きましょう。」
陽織は黎人の膝の上から、降りる気はないらしい。
むしろ、いつも以上にイチャついてるように見える。
黎人はそんな陽織が膝から落ちないように、時折ウエストをギュッと抱きしめる。
「大丈夫?買い物に行くのは、他の人に任せよう。」
と黎人さんが言うけど、他の人もすごく疲れている。
「わたしは大丈夫です。皆さんが元凶、やっつけてくれたから!」
元凶‥。
やっぱり。と、黎人は何かに気付いたように呟く。
陽織の昼食で少し力を取り戻した助っ人4人は、それでも完全に力を戻したわけではないので、速攻で東京に帰ることにした。
昨夜も徹夜で、ここまで来たので。
「大神先生は、奥様が待ってますもんね!」
と彩奈に揶揄われている。
「え?まさかの既婚者?」
「子どもさんもいますよねー。」
と重ねて、拓哉が言う。
「えーっ?妻子持ちだったんですか?」
と、陽織たちはまさかの大神家事情に、驚きの声を上げた。
「俺だって、今日はいつも使わない力使って疲れてんだ!早く帰って、中間テストも、作るんだ!」
と言って、一番早く帰って行った。
「陽織、どうする?僕と一緒に帰る?」
と、高嶺が聞くと
「陽織は、僕が責任持って預かります!それより高嶺さんこそ、サッサと梓沙さんのところへ、行ってください!」
と黎人に返されていた。
助っ人が帰ると、陽織は黎人と一緒に近くのスーパーへ行くことにした。
翔太は部屋で爆睡を始めている。
彩奈は、報告書をリビングで書いている。
和嶺と美織は、コテージのバルコニーの椅子に座って話をしていた。
「美織、今日は助かった。」
和嶺は、美織と唇を重ねたあと、そう言った。
「ううん。わたし、本当は、陽織ちゃんに嫉妬、してたの。」
思いがけない言葉に、和嶺は目を見開く。
「ずっと、わたしは巫女として、自分が一番だって、思ってた。」
美織がいつもよりも饒舌に話を進める。
「でも、高校生になって、陽織ちゃんがそばにいるようになって、勉強も負けちゃって。本当は悔しかった。妬ましかった。」
美織がいつもなら、言わないようなことを言い出した。
「でも、今回和嶺様たちが戦っている姿を見て、陽織ちゃんとの違い、すごくわかった。陽織ちゃんは、ただ安全なところで、待ってるだけじゃなかった。ちゃんと、みんなと一緒に、戦っていた。前に出て、誰かを助けて。わたしは、わたしは。」
「美織も、ちゃんと戦ってたじゃないか。頑張って結界張って。」
そう言われても、美織は首を横に振る。
「昨日、陽織ちゃんが沖に引き摺られて行った時、黎人さんだけじゃなく和嶺様も、飛び込んで行ったでしょう?わたし、その時、本当は、本当はなんで?って思ったの。なんでわたしのそばに、いてくれないの?って。」
それを聞いて、和嶺は動揺する。
「嫉妬、だよね。和嶺様にとっては、大切な妹なんだもの。当然なのに。だから、陽織ちゃんが2人に助けられて、息してないって聞いて、怖かった。わたし、なんで陽織ちゃんに、嫉妬してたんだろって。」
美織の告白に、和嶺は自分が美織を不安にさせていたことに気づいた。
「ごめん。僕が美織を不安にさせていた。ずっと勉強を理由に会わなかったり、陽織のことを優先にしていたり。」
和嶺は、そう言って美織を抱きしめた。
陽織が羨ましかった。
花嫁とか、関係なく、好きな人に大切にされて、周りの目も気にせず、黎人に愛されている陽織を見ていると、不安になっていた。
でも、プライドとか恥じらいとか、が邪魔して素直になれなかった。
だから今日、必死に戦う和嶺に自分から口付けた。
わたしは、青龍の、和嶺のたった1人の巫女なのだから。
美織は、その日なん度も和嶺の甘い気持ちに答えた。
一方湊人たちも、いつもとは違う気持ちが膨らんでいた。
コテージの屋根裏には、星を見るための、大きな天窓とソファーが置いてある。
そこに寝そべりながら、湊人は千織に何度も唇を落とす。そのうち、唇だけでなく、首筋や腕、胸元にキスをする湊人を、初めのうちは受け入れていた。
しかし流石に、その下まで手が触れた時は、思わず湊人の頬を叩いてしまった。
「湊人くんのばかーっ!」
千織に叩かれて、はじめて自分がしようとしていたことに気づき、思わず頭を抱える。
「ごめん!千織。おれ、兄貴たちの真似、しようとしてた。」
「黎人さんと、陽織?」
湊人は顔を赤くして俯いている。
「もしかして、知ってたの?」
「え?千織も知ってたのか?」
と2人は顔を合わせた。
「あいつらーッ!」
「黎人さん、陽織と同じ部屋で良いって、言うはずだよね。」
2人は遠い目をする。
「本当は、法律が変わってなかったら、陽織の16歳の誕生日に結婚するつもりだったみたい。でも18になったから、黎兄すっごく不機嫌だった。」
あ、婚約はしたよ。
千織はもう、何と答えたら良いかわからない。
「もう、うちの親たちなんて、同棲しちゃえば?くらいだし。」
「あ、家あるって。」
「それも聞いたんだ。」
はあー、と湊人はため息をついた。
「まあ、あと10年もしたら俺より黎兄の方が、絶対年下に見えるようになるし、陽織なんて、きっと今のままあんまり変わらないんだろうな。だから、ほかで家探すとか絶対無理だし、ご近所の目になんて晒せないし。親もそれ分かってるから、うちの中で守るつもりなんだ。」
千織はやっと、陽織が言っていた意味がわかった。
「もしかしたら、30年後とか陽織と一緒にいたら、千織の娘と間違えられるぞ!お嬢さんですか、とか。」
う、それは嫌かも、と思ってしまう。
「それでも陽織は、黎兄と一緒が良いって、一緒にいたいって選んだんだって。」
千織も、陽織から断片的には聞いていたが、きっと同じ兄弟に神様がいるって、本当は大変なことなんだ、と初めて湊人の本音を聞いた気がした。
「あ、あのね、湊人くん。湊人くんにもわたしが、いるよ。わたしは湊人くんの、銀龍の巫女、だから。ま、まだ早い、けど。必ず湊人くんと、その一緒に。だから、湊人くんの悩みは、わたしの悩み、だよ。」
千織が必死にそう言うと、湊人は嬉しくなって、またギュッと抱きしめて、思い切りキスをしてしまった。
そして陽織たちは。
スーパーで大量の肉を買っていた。




