陽織、溺れる
ことが起こるまで待機、と言われて、陽織、千織、湊人、翔太の4人は波打ち際で追いかけっこをしている。
和嶺と美織は散歩に行った。
彩奈と黎人は、打ち合わせをしていた。
「それにしても、若いねー。」
彩奈がはしゃぎまくる4人を見て笑う。
黎人は、パシャパシャと波を避けながら、走り回る陽織を愛おしそうに見つめる。
「なんか、もう可愛くてたまらない、って顔してるねー。」
と彩奈は黎人を見て呆れた。
黎人は驚いて顔を赤くする。
「可愛い、です、よ。」
と、小声で答える。
18年、花嫁は現れないのか、と諦めた時もあった。
19歳の誕生日のすぐ後、助けを求める声を初めて聞いた時から一年。
あの日、誰よりも大切な存在に出会った。
神様の花嫁。
ずっと、隠されていた、たった1人の少女。
クリスマスイブの日、自分のために泣いて、一緒に生きたい、と言ってくれた子。
笑って、泣いて、怒って、いつもコロコロ変わる顔も可愛い。
16歳の誕生日に求婚したら、すごく喜んでくれた。
普通なら、まだ早いと、怒られても仕方ないのに。
ずっと抱きしめて、自分の腕の中に閉じ込めておきたい。
日が徐々に傾いて、海に西日が反射する。
「ほら、お子様たち!いい加減、海から上がりなさい!」
彩奈が叫んだ。
陽織が千織と並んで、キャッキャと笑いながら靴を手に近寄って来る。
黎人は両手を広げて、抱き止めよう、と思った時、それが始まった。
逢魔時。
海から、たくさんの死者の魂が、陽織と千織の背中へと迫って来る。
浜辺で遊ぶアベックが、恐怖に引き攣る声で、逃げ惑う。
湊人と翔太が、どんどん迫って来る霊を祓いながら、浜辺に駆け上がる。
沖にいたサーファーが、何かにひっぱられ、海の上でもがいている。
和嶺と美織が、浜辺と海の間に大きな結界を張った。
その時、遊んでいた1人の子どもが、結界に弾き飛ばされ、霊の1つに腕を掴まれた。
と、思った瞬間、陽織が子どもの手を引き、自分の体が入れ替わるように、結界の外に弾き飛ばされる!
「陽織!」
「陽織ーッ。!」
黎人と、和嶺が同時に叫んだ。
和嶺は、美織に自分の代わりに結界を張るよう合図した。
それを見た美織が、千織に結界を張るよう指示する。
彩奈が大量の護符を出して、霊を一つ一つ払って行く。翔太も、彩奈に並んで護符を放つが、キリがない。
あまりの巨大な霊障に、全く見えない人でも、何かを感じてうずくまったり、頭の痛さに立つこともできなくなっていた。中には、見えない恐怖に震え、立ち尽くす人もいる。
動けなくなった人を、海の中に引き摺り込もうとする、腐敗したような手が伸びる。
その手に向かって、湊人が銀龍を放つ。
銀龍は、次々と霊を蹴散らして行く。
5月とはいえ、GW。夕方の海に来ていた人が、あまりにも多かった。
どんどん海の中へ引き摺られて行く陽織が、もがきながらも、近寄る他の霊を吹き飛ばしていた。
それでも陽織は、どんどん海の中へと引き摺りこまれて行く。
「また、肩が、抜け、ちゃう!」
陽織が体の向きを変えようとするが、水の中ではどうにもならない。
黎人と和嶺は上半身の服と靴を脱ぎ捨てて、海の中へ入る。
5月の海はまだ冷たい。
しかし、霊に惹かれて沖へと連れて行かれている陽織を追うことだけしか頭にはなかった。
浜辺付近の霊が粗方祓われた頃、2人はやっと陽織に追いついた。
陽織を霊から引き剥がす黎人と、霊を水中で祓おうとする和嶺が、揉み合う姿だけが、浜辺からは見えた。
しばらくすると、陽織を抱えた黎人と和嶺が海から上がって来た。
黎人が抱える陽織は、グッタリしていた。息がない?
急いで、黎人と和嶺が陽織に人工呼吸と心肺蘇生を開始する。
美織が、バスタオルをどこから持って来て、和嶺と黎人にかけた。
湊人が、風と炎を合わせて、温風を出す。
彩奈は、警察に連絡して、周囲にいる混乱した人たちを落ち着かせていた。
何度目かの人工呼吸の後、陽織の口から「げほっ。」と、大量の水が吐き出された。
黎人は湊人に自分の服を持って来るよう指示し、陽織の服を脱がせ、自分のジャケットで包んだ。
「救急車を呼ぶ?」
と聞いてくる湊人に、大丈夫と言って陽織を抱えると、コテージに走る。
他の人も現場を彩奈に任せて、コテージへ急いだ。
コテージへ戻りながら、和嶺が
「これで、終わりでしょうか?」
と不安の声で黎人に尋ねる。黎人は
「いや、わからない。」
と、答えるしかなかった。
2人用の部屋は大きなダブルベッドだった。
黎人は、陽織をベットに降ろすと、ジャケットを剥ぎ、美織と千織に、何か着せて欲しいと頼んだ。
2人は陽織の荷物からパジャマと下着を取り出して、陽織に着せる。
とりあえず、5人は落ち着いて、コテージのリビングに集まった。まだ彩奈は帰らない。黎人は陽織についている。
夜になったので、5人は夕飯の用意をした。
美織はおにぎりを作って、黎人のところへ行った。
ベッドの中、陽織は頭に冷たいタオルを乗せていた。熱が出て来たようだ。
冷たい海の中、霊に引き摺られて、溺れた。簡単には意識を取り戻さないだろう。
和嶺も顔を出すと、黎人がスポーツドリンクを陽織に飲ませている。
黎人はあの時、陽織が駆け寄ってくるのを抱きしめようと待っていた。
どうして、こちらから駆け寄らなかったんだろう。
そんな後悔が黎人の頭を駆け巡る。
和嶺は、陽織から目を離して美織と散歩していたことを後悔していた。
「和嶺は、悪くないよ。それより、みんなは明日もあるから、とりあえず休んで。」
と、黎人がつげた。




