陽織、度を超えた神経質(神様の娘編)
その日の夕飯は、地元のスーパーで食材を買い、陽織がいつものように作った。
鷹人は、昼食の後に登った展望台や、石の教会、軽井沢高原教会などの話をしている。
石が大きくてすごかったこと。
ランタンが綺麗だったこと。
景色が綺麗だったこと。
いつも、都内から出ることがないので、こう言う自然がたくさんあるところは、珍しいのだろう。
黎人は鷹人の話を聞きながら、連れてきて良かった、と改めて思う。
つい、いつも仕事中心で、さらに陽織のことを優先にしてしまうことが多いため、鷹人には我慢をさせていることがある。
だからこそ、こう言う時は鷹人のことをできれば優先してあげたい。
「鷹人は明日、どこに行きたい?」
「うーん、とね。ココ!」
ノートパソコンを見ながら、2人で軽井沢のサイトを見ている。
「あ、この滝のところ行きたい!」
「あー、僕たちも毎回行くよね。」
と、黎人が陽織の方を向く。
あとは、ネイチャーキッズの森かなー、と黎人が見ている。工作ができるらしい。
旧軽井沢と呼ばれるこの近くなら、ネイチャーキッズはさほど遠くない。
「ホテルの中にあるから、姫花も連れていけるよ。」
そう言ってくれた。
「2人でのんびりしていればいい。」
そう言われ、陽織もうなづいた。
「でも、滝とは反対だから、白糸の滝は明後日にしよう。明日はネイチャー行って、リフトに乗ろう!」
「リフト?リフト、僕も乗れる?」
「3歳までの子が乗れるリフトもあるから、大丈夫だよ!スキーはしないけど。空旅リフトっていうのが、あるみたい!」
「あ、これこれ!僕も乗る!ママも!」
と、言われ陽織は、首を大きく横に振る。
無理無理無理!
「姫ちゃん、乗れないし、下で待ってる。」
翌朝、いつものような朝ごはんの後、姫花の支度をしてまたお出かけする。
陽織は姫花が疲れないかだけが心配なので、今日は黎人が用意してくれたお部屋でのんびりする。
「それじゃ、たっくん、パパの言うことちゃんと聞いて、楽しんでね。あ、でも、パパのこともちゃんと見ていてね!」
陽織はそう言って、姫花を連れてホテルの中にある、ベビー連れがのんびり過ごせるスペースに行った。
ベビー、と言っても、他の子はすでにハイハイやつかまり立ちをしているので、そばには寄れない。
すみの涼しいところに、マットを敷いて姫花を下ろして、そばに座っているだけだ。
姫花は、手に音が鳴るおもちゃを持って振ったり、陽織の手作りのパペットを見て、笑ったりする。
3か月になって笑うようになり、陽織も楽しい。
たかが4日、されど4日、あの4日間、どんな影響が残っているのか、陽織はまだ心配でならない。
生まれてすぐの4日は、大人の一年分くらいの影響があるんじゃないか?そんな不安だらけだ。
目はちゃんと見えている?耳は聞こえている?
心臓は?脳は?言葉は?
大好きなうざきのパペット。そこに時々ハクも加わって、一緒に姫花をあやしてくれる。
「姫ちゃん、楽しい?昨日は、ずっと抱っこだったから、疲れちゃったよねー。」
首も座ってきて、もうすぐ寝返りもしそうだ。手や足を右や左に動かしているのも可愛い。
そんな2人の横に、同じくらいの赤ちゃんを連れたお母さんが、座った。
「こんにちは。」
と挨拶をしてくる。
「あ、て、と、こん、にち、は。」
陽織は初対面の女性に、なんと言ったら良いか、わからなかった。目も泳いでしまう。
「あ、同じくらいの赤ちゃん連れてる人がいたから、声掛けちゃった。」
と、女性が言った。気さくな人なのだろう。
「あ、いえ大丈夫、でふ。」
あ、噛んじゃった!
赤くなって陽織は下を向いた。
女性は柏木麻衣と名乗った。そのため、陽織も自分の名を名乗ったが、良いのかよくわからない。
黎人はなるべく陽織のことを隠すようにしたいる。
でも、これくらいはいい、よね?
そのうち、姫花が転がっているマットが可愛い、と言う話になったり、上の子と夫が、向こうの方で遊んでいる、と言う話になった。
人見知りの陽織は、なんとなくうなづくくらいで、大した話はできない。
そのうち、姫花がぐずりだしたので、陽織はオムツを替えるために、ちょっと席を外した。
姫花のお尻を綺麗にして、授乳をして戻ると、麻衣の隣、さっき陽織がいたところに、別の親子がいた。
それは別に構わない。問題は、陽織が作ったマットの上に、その親子の赤ちゃんが寝ていることだった。
(どうしよう。陽織のおくるみ。)
陽織は、近くに行って
「す、すみません。その。」
と、親子に声をかけた。父親もいる。
怖い!
どうしよう!
「あら、さっきの、えと、陽織さん?赤ちゃん、大丈夫だった?」
麻衣が声をかけてくれた。
「あ、はい。その、えと。」
陽織はなんと言って良いのか分からず、涙が出てきた。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう!
陽織のマットの上に赤ちゃんを乗せている若いお母さんは、陽織がいきなり泣き出したので、何?と、睨んでいる。
麻衣も、ちょっと困った顔になって、そっと立ち去った。
その時、黎人と鷹人が、入ってきた。
それだけで、場の空気が、変わる。
「な、なに?あのカッコいいお父さん?」
「え?おとうさん、なの?」
「若くない?」
黎人は、隅の方で泣いて立ちすくんでいる陽織を見つけると、飛んできた。
「どうしたの?」
「ママ?それ、姫ちゃんのおくるみ?」
やっと、赤ちゃんを寝かせていたお母さんが、陽織のマットに自分の子を寝かせていたことに気づき、子どもを抱き上げた。
「あ、すみません。」
そう言って、決まり悪そうに、立ち上がる。
すると、父親の方が陽織を睨んだ。
ひっ!
黎人は、なんとなく察してくれて
「申し訳ありません。」
と、相手の父親に丁寧に頭を下げた。
流石に父親も、頭を下げられては、なにも言えないのだろう。親子は立ち去ってくれた。
「大丈夫?ごめんね、怖かった?」
黎人は優しい。陽織が男の人が苦手なことを知っていながら、1人にしたことを、少し後悔しているのかもしれない。
「だ、大丈夫、です。その、ごめんな、さい。」
陽織は恥ずかしくて、俯く。
鷹人が、マットを畳んで、陽織に渡してくれた。
「はい、姫ちゃんの。」
「あ、ありがとう。」
陽織はそう言ったが、よその子が寝転んだおくるみに、姫花を包むことができなかった。
「たっくん、それ、こっちの袋に入れてもらって良い?姫ちゃん、違うの、使うから。」
陽織が鷹人に話す言葉を聞いて、黎人は以前東山から聞いた言葉を思い出す。強迫性障害。
大人の男性と話せない。
テストでわからない問題があると怖い。
そして、お金を触ることを嫌がる。
元々、変に神経質だった陽織が、姫花のことになると、異常なまでに神経質になっている。
なにが原因か、なんて考えなくてもわかる。
あの、瑞姫の事件だ!
神経質を超えた、度を超えた陽織の神経質さ。




