陽織、生き霊に会う(神様の娘編)
今回はムーゼの森というところに行く。
絵本の森美術館やおもちゃ博物館がある、というので、鷹人も興味がありそうだ。
カナダに行った時は、ほとんど黎人も陽織も仕事や論文目的で、鷹人はその間、カナダの保育園で過ごしていた。唯一の観光が、陽織と行ったナイアガラの滝。
今回は、観光や遊びに連れて行ける。
まずは絵本の森美術館に入ると、本好きの鷹人は目をキラキラさせながら、色々な本を夢中になって見ている。
さらに、陽織もピーターラビットの絵本の展示コーナーでは、なかなか動かず見入っている。
あまりにも夢中で、今にも姫花を落としそうになり、黎人が変わって抱いた。
「ほらほら、姫ちゃんのお洋服と一緒だよ!」
というが、姫花には全くわからないだろう。
「可愛い、可愛い!ね、黎人さん、わたしポストカード欲しい!買って良い?」
と鷹人以上にはしゃいでいる。
そのあと、おもちゃの博物館にも移動した。
中は子ども連れの家族がたくさん訪れていて、鷹人も同じくらいの子どもがたくさんいることに、いつもよりはしゃいでいる。
同世代の子ども、というと、レイリー以外で出会うことがほとんどない。
家の周りはお屋敷だらけで、公園も落ち着いたものばかり。陽織が大学生だったことで、保育園以外で遊ぶ相手は美咲だった。
おもちゃで遊ぶと言っても、レイリーの友だちだけ。わりと世界が狭い。
そのためか、同世代の子どもがぐずったり、喧嘩したり、駄々を捏ねる、というのが、鷹人には不思議な光景に見えた。
「どうしたの?たっくん。」
「ねえ、あの子、迷子?なの?」
鷹人が指を指した先に、1人の女の子がいた。
アンティークなドレスを着た、薄茶色の髪をした綺麗な子だ。
陽織はその子をうーん、と唸りながら凝視する。
別におかしなところはないが、周りの子どもたちは無視している。
「へえー、珍しい。生き霊だねー。なんでこんなところにいるんだろう。早く戻らないと、戻れなくなるよ。」
黎人が陽織の耳にコソッと話しかけた。
やっぱり普通の子じゃない。
生き霊、ということは、どこかにこの子の本体はある。そして、おそらく意識はない。
しかも、ぱっと見日本人離れしている。
「本体はどうしちゃったんだろう。」
「意識的に離れているのか、それとも事故か何かで、突然離れちゃったのか。」
「パパ、あの子戻らないと、死んじゃうの?」
そうだ。その可能性はある。あんな小さな子が意識的に離れるなんて、ありえない。
鷹人はいつのまにか、女の子の近くに寄って話しかけている。周りの人は、気味が悪そうな顔をする。
それはそうだ.何もないところに向かって、話しているのだから。
しばらく話しをすると、鷹人は女の子の手を引いてやってきた。
「あのね、車に乗ってたんだって。そしたら、何かにぶつかったみたい。」
鷹人の話で、事故の可能性が大になった。
「まあ、これだけ目立つ子なら、搬送された病院もわかるだろう。」
黎人はそう言うと、どこかに電話をかけた。
おそらく、神嶋あたりだろう。
それから数分後、女の子の身元と、搬送先の病院がわかり、鷹人が送って行きたい、と言い出した。
「どうやって、送るの?」
と、陽織が聞くと黎人が
「ちょっと人目のつかないところに行こう。」
と陽織の手を引いた。
黎人は小龍を出すと、病院の場所を教えている。
そして、ハクを出すように陽織に言う。
「鷹人、その子の手をしっかり掴んで。」
黎人が言うのと同時に陽織が
「ハク!お願い!」
と叫ぶ。
ほとんど間髪を入れず、4人は軽井沢にある、総合病院の廊下にいた。病室の中に女の子が、たくさんのチューブに繋がれて眠っている。
陽織は、女の子の霊に
「さあ、あそこにあなたがいるよ。帰れるよ。」
と声をかけた。鷹人も
「バイバイ、またね。」
と言って手を離した。
すると、女の子の生き霊がすーっと消えて、数分後、中で、女性の喜ぶ声が聞こえた。
「良かったね。戻れて。」
「うん、じゃあ僕たちも、戻ろう。車もあっちに置きっぱなしだし.」
「じゃあ、ハク、また戻して。」
今度は黎人が言う。
陽織は行きで4人を移動させたことで、かなり消耗してしまった。
博物館の裏手にある、林の中に戻ると、とっさに黎人は陽織にキスをする.本当はそれくらいでは足りない可能性があるが、今は仕方がない。
「どこか良いお店があったら、少し早いけどお昼にしよう。」
黎人がそう言って、車に乗り込んだ。
この後は展望台に登り、それから軽井沢教会へ行く。
その間に、黎人は昼食を取る場所を探した。
車を走らせしばらく行くと、素敵な古民家風のお店があった。黎人が調べると、畳敷きの個室もあるとのことで、そこに入ってみることにした。
「いらっしゃいませ。」
明るい声に迎えられ、開店間近の店に入った。
小さい子連れ、と言うこともあり、快く希望の部屋に案内されると、陽織は真っ先にオムツを変えて、先ほどからグズグズ始めた姫花に母乳を上げ始めた。
しばらくすると、店の人が水と注文を取りに来た。
「いらっしゃいませ。」
女性が個室の戸を開ける。
黎人がその女性を見て、あれ?と言う顔をした。
そう、あの教会で出会った女性だった。
「まあ、あの時のカップルさん!確か去年も、お会いしたわよね。」
「あ、お久しぶりです。」
「パパ、この人、だれ?」
「え?あ、え、と。」
黎人も顔しか知らない。
だれ?
「あ、ごめんなさい。この店の女将の藤上良子です。よろしくね。」
「あ、こちらこそ。神代と申します。」
黎人がお辞儀をした。
「神代鷹人です。3歳です。」
鷹人が続くが、陽織は現在後ろを向いて、姫花に母乳をあげている。
「あらあらが丁寧に。ご注文がお決まりになりましたら、ベルを押してくださいね。」
そう言って、良子は戸を閉めた。
「姫ちゃん、お腹いっぱい?」
陽織は姫花にゲップをさせると、そのまま、しばらく抱いている。
数分後、良子を呼んで、信州牛の定食と地鶏定食、子ども向けのランチを注文する。
「こちらは、女将さんがおひとりで?」
「いえ、主人が6年前に脱サラしましてね。以前は都内の製薬会社のサラリーマンだったんですよ。」
オホホ、と笑う。
「なぜ、お辞めに?」
「なんでも、社長さんが若い方に交替されるからと。そういえば、主人がいた会社と同じお名前ですね。」
良子は笑っている。
黎人は、しばらく考えて
「父は今でも、会長として一線にいますよ。」
と返事をした。
注文の品が揃って食事をしていると、良子がお茶をもぅてきた。
お肉もご飯も美味しいが、陽織は相変わらず食べきれない。お肉の半分は鷹人が食べている。
ご飯も半分食べられない。
「陽織、さっきハクを使ったんだから、もう少し頑張って食べないと。」
「いつもより、頑張って食べたよ!」
仕方なく、残りを黎人が食べる。
そのとき、部屋の戸がノックされた。
「はい?」
戸が開いて、白い調理着姿の男性が現れた。
「黎人坊ちゃん、お久しぶりです。」
ご飯を食べていた黎人が、思わずむせた。
「ゴホッゴッ。」
「ぼっ、ちゃん?」
黎人も、目を見開いている。
陽織は思い切り吹き出し、下を向いて笑ってる。
「ぼっ、ちゃん?て、だれ?」
「あの、15年ほど前、坊ちゃんにドイツ語の先生を紹介させていただきました、藤上です。」
「黎人さん、ドイツ語習っていたの?」
「陽織よりは下手だよ?」
黎人は、そのあとの15年が色々ありすぎて、子どもの頃の記憶が途切れ途切れだが、なんとなく思いだした。ただ、坊ちゃんだけは、辞めて欲しい!
「あ、え、と、お久しぶり、です。」
黎人は、気まずさを隠しきれずに挨拶をした。
「ご立派になられて、評判は八神たちから聞いております。大変、素晴らしい若社長だと。」
「はあ、恐縮です。」
黎人は、どう返事をしたら良いか、わからない。
「あ、えと。わたしの家族です。その、妻の陽織と、息子と、娘です。」
そう言われて、陽織は居住まいを正して挨拶をする。
「あ、その、よろしかったら、上がってください。」
黎人は藤上に席を勧めた。
「あ、こちらこそ、申し訳ございません。ご家族でお食事のところを。」
失礼いたしました、藤上は戻って行った。
その後、黎人も鷹人も食事をおえて、会計を済ませると、良子に
「また、来ますね。」
といって、店を後にした。




