陽織、デンマークの事件(神様の娘編)
今年から、夏休みのバイトに大樹、円香、陸斗が来ることになった。昨年を最後に羽織や日緒理、T大の2人が辞めたので、今年は一気に人手不足だ。
1番ベテランの湊人と宏輝は、3人に信用できる友人や後輩を紹介して欲しい、と言うことも言っている.
特に大樹は先輩の湊人と色々話ができるので、喜んで参加してくれた。
「原則、バイトが夏休みだけでも良いって言う人が良いんだよね。」
と言われて、3人は考えてみます、と答えていた。
3人は医歯薬学部系とは言え、バイトは普通に事務作業だ。中間決算に向けて、会社は色々慌ただしいので、目新しい仕事をバイトにさせることはない。
ただ、みんなが使う社員食堂に、社長や重役クラスも現れる、と言うのは、薬学部の学生の顔を売るチャンス、とだけは言われた。
実際に雨宮は、それで神代直下の調剤薬局に就職している。
ここで長くバイトをした、と言う経験は、他所でも信頼に結びつく。
5年目で慣れてきた湊人は、今回研究室の薬のデータ入力の手伝いを任された。
宏輝も知財で去年までとは違う仕事をしているらしい。特に、この秋宏輝の姉で知財の社員、神岡梢絵は、会社お抱えの弁護士、笹神と結婚する。
もちろん寿退社はないが、いつ何があるかわからない。
黎人は26歳、湊人も23歳、初めの頃のような、バカな喧嘩もしなければ、階段を飛び降りるようなこともしなくなった。
昼休み、社員食堂に来た3人に、湊人が声をかける。
「どうだった?疲れた?」
と聞くと、3人とも大きくうなづいた。
「なんか、周りの皆さんが大人すぎて、緊張しっぱなしです。」
宏輝も、定食を置きながら笑う。
「今まで、神嶋さんの仕事してたのと、全然違って、大学生って子どもだと思いました。」
「皆さんエリートっていう感じですよね。すごくキビキビしていて。」
「なんか、俺たちも最初は緊張してたよなー。社長もいつもの黎人さんと全然違うし。」
宏輝に言われて、湊人もハハハと笑う。
そこに、綾人と黎人が現れる。
バイト3人の様子が気になったのだろう。
少し離れた席に2人が座ると、そのそばに、部長クラスが何人か席を取った。
(うわ、昼休憩も仕事の話。)
その中に、一人場違いな林田がいる。
「あ、社長、奥様のお弁当ですね!良いなー。」
黎人は声をかけられて、睨んでいた。
他の人は
「で、前回のCMに起用した俳優なんですが。」
「先日、ドラッグストアケイオーの専務から。」
「健康食品に使用する際の、添加物の相談が。」
と、次々と仕事の話しをしている。
黎人は食事をしながら、それを聞いて何か考えて、答えている。
(あんなんで、休んだって言えるのか?)
それでも、サッサとお弁当を食べると、給湯室に行って、容器を洗うらしい。綾人も同じだ。
まめだ。
「黎人さん、本当に忙しいんだね。」
コソッと円香が大樹に話しかけている。
大樹は、姉の麻美が黎人に憧れていたことを知っているし、その黎人が従姉の陽織と結婚して、仲睦まじいことも知っている。
そして、今日改めて社長としての黎人を見ていると、麻美では到底務まらない、とも思ってしまう。
「良いなー、陽織の弁当。美味いし、霊力上がるんだよねー。湊人はもう、作ってもらわないの?」
「はあ?今、陽織は子育て中!そんなこと頼んだら、マジで黎兄に殴られる。羽織だって料理上手なんだろう?」
「んー、俺食べたことない。」
「え?そうなの?」
「なんかさー、なんだかんだ言っても、陽織ってやっぱり主婦なんだな、って思う。料理上手だし、ちゃんと黎人さんの健康、とか考えてる感あるし。まあ、美織の式の時は笑ったけど。」
二人の話を隣で聞いて、美織の結婚式という話に、大樹も思わず笑った。
和嶺の結婚式のことだ。
確かにあの時、陽織は大きなお腹をしながら、友だちの席の方が良かった、とチョロチョロしては、黎人が追いかけ回していた。
バイト半ば、湊人はデータを打ち込みながら、何か違和感を感じた。なんだろう?
よく、珈琲好きな人が、自分で豆を引いたあと、雑味と言うことがあるが、そんなわずかな違和感。
湊人は、打ち込んだデータを出した画面を、研究開発室長に見せた。
すると、若手研究者の中から今年室長補佐になった中神の顔色が変わった。
研究開発室長の神保はそのデータを元に、電子顕微鏡に試薬を乗せた。
「中神くん、すぐに社長に連絡を。大至急!」
そのあと、神保と中神、その他、研究開発室の数名が、慌てて部屋を出て行った。
社長室に入ってきた4人は、早速湊人が入力した、昨日までのデータと、今日のデータ。そして今日搬入された薬の原料の拡大映像を見せた。
「本当だ、異物が混入されている。」
「本当に数万倍にして視覚で捉えられるほどの小さなモノですが、それでもこれが薬に入れば。」
「大問題だな。」
黎人の他に、営業部長や薬の材料となる鉱物を輸入する学部の長が集まっている。
「どこの会社のものだ。」
「デンマークにある、アイラーという会社です。」
「アイラーは何年も取引しているが、こんなミスはいちどもなかったのに。」
「とりあえず、大至急アイラーの担当者と連絡をとってくれ!それから、今日搬入されたもの、全て鉱物だけでなく、すべての調べ直しを!」
「神保、もしこの異物が入っているとして、我が社で、独自にこれを取り除くことは可能か?」
「それはやってみないことには。」
「そちらも並行して欲しい。もし、新しく不純物のないモノを再度輸入となれば、時間がかかる。場合によっては、今後、損害問題の国際裁判にもなる。」
黎人は厳しい顔をしながら、
「社長、デンマークは今、朝の7時です!会社の電話は応答がありません。」
「時差は、8時間。5時になればあちらも出社してくるか。あと2時間。相手とのやり取りは、いつも英語か?」
「はい、あちらも日本語は全くできませんので。」
「デンマーク、デンマーク語。」
黎人は考えながら、一人の人物の顔を思い出す。
しかし、できれば巻き込みたくない。
どうしたら。
「少し席を外す。神柴、会長室にこれから行くと伝えて欲しい。」
黎人は迷いながらも、蓮也の元に向かった。
それから1時間ほどすると、社長室に陽織が入ってきた。
「あ、えと、失礼します。」




