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陽織、苦手な夏になる(神様の娘編)

林田が連れ込まれた異世界を、こじ開けて入る、と言う力技をした陽織は、思ったよりもチカラを使っていた。本人も、自覚があったのか、ありとあらゆる方法で、陽織の神力と霊力を戻そうとする、黎人の行為を甘んじて受けている。


陽織が疲弊しているのは、林田救出だけが理由ではない。本人は自覚がないかも知れないが、ここのところ、毎晩うなされていた。

繰り返し、繰り返し、いまだに、あの4日間の夢を見ているらしい。


寝ていると、突然

「姫ちゃん!」

と叫んだり、

「黎人さんを返して!」

と言って泣いたり

「やめて!」

と言いながら泣かこともある。

今までも、神次のことやら色々あったが、今回のことはいまだに陽織の心を傷つけていることに、黎人は悔やんでも悔やみきれない思いを抱いていた。


ちょうど林田の件で神鬼の元に行く事があった時、黎人はそれを相談している。

あの事件があったあとで家に戻ってから、陽織は神鬼に4日の間に見せられたことを、かいつまんで話していた。

その話を聞いた神鬼は、また陽織の心が壊れてしまうのでは、と心配していた。

「そうですね。もし、あの時姫花ちゃんが瑞姫によって振り落とされていたら、あなたが止めなかったら、陽織さんは間違いなく壊れていた。そして姫花ちゃんは命を失っていたでしょう。それだけは、間違いありません。」

あの時のことを思い出すと、今でも心が凍りつくようになる。

なぜあんな女が入る隙間を作ってしまったのか。

いくら神の世界の者の力とはいえ、簡単に神代の家に、いや、この世界に入りこませるなんて。


「姫花、ちゃんは?」

「姫花は、今のところは順調に育っている、とは言われたそうです。ただ、あの事件があってから、陽織は必要以上に姫花を大事にしています。元々子どもが好きで、鷹人のことも、本当に大切にしているから。ただ、その、気になる事があるんです。」

「気になること?」


「その、陽香さんからも聞いたんですが、陽織は時々意味のわからない言葉で、子どもに話しかけている事があって。はじめは、ほかの国の言葉なのかな?と思っていたんですが。ちがうみたいで。それがすごく楽しそうで。」

神鬼はそれを聞いて、何か思い当たるのか、顔をあげて考え出した。

「そういえば、私も一度だけ、ここで聞いたことがあります。あれは、やっぱり外国の言葉、と言うわけではない、と言う事でしょうか?」

「幼児言葉とも違うみたいで。」

「陽織さんにしかわからない言葉、と言う事ですか?法則とかは?よく使っている言葉とかありますか?」

「あ、あります。アラブとかの言葉なのかなー?エフハリストー、キートスとか。」

その時、神鬼がん?となる。

「キートスはたしかフィンランドの言葉でありがとう、だと以前、陽織さんから教えてもらった事があります。もしかしたら、色々な国の言葉を、混ぜて話してるのでは?挨拶だけならかなりの言葉を話せると言ってましたから。」

ウワーッ、と黎人は思い出す。そういえば、以前お弁当に色々な国の言葉で、メモが入っていた事があった。意味がわからないと、帰宅したあと、膨れられた。

 鷹人が3歳なのに、英語圏の子たちと会話できるはずだ。たしかカナダに行った時、向こうの保育園で、全く会話に困らなかった。


「それにしても、陽織さんはあそこまで子どもが大切なのに、仕事もしたいんですね。」

神鬼が苦笑いした。

そう。大切だ。今は黎人が鷹人と一緒に、朝仕事と幼稚園に出かけると、家事以外では、一日中姫花と一緒に何かをしている。聞くとお話ししたり、お風呂に入れたり、うたを歌ったりと、他愛もない事だけど、楽しそうだ。

鷹人にもだが。おやつも相変わらず手作りだし。

ちょっとした服も作っている。

本当にスヤスヤと寝入るまで、ずっと抱っこしているらしい。陽織に言わせれば、自分の子どもなら、ほんの少しでも安心できるところ以外で目を離すなんてありえない、と言う。瑞姫は絶対にありえない存在なのだろう。

もしかしたら、あの時の恐怖は黎人以上かも知れない。

陽織の心が壊れる。


そう神鬼に言われたあと、黎人はさらに過保護になる。やっぱり仕事させたくない。家から、出したくない。


そして世の中は陽織が最も嫌う季節の真っ只中になった。

今日は会社ではなく、家の近くにある取引先に朝よって行く。8時に出れば十分なので、ゆっくりしていると、陽織がいつものように姫花に話しかけながら、母乳をあげていた。

「ねえ、陽織。それってドイツ語で、愛する赤ちゃん、って意味だよね?」

と聞くと、正解!と、ニコニコしながら笑った。

やっぱりそうだった。

「どうして、色々な言葉で話してるの?」

と聞いたら、

「昔ね、紗香さんのお父さんから、神様から隠せば花嫁にならなくても済むんじゃないか、って言われた事、あったの。」

はあ?と、ちょっと怒る。

「だったら、姫花も小学生くらいになったら、夏休みとか、長い休みとか、ぜーんぶ海外に連れて行っちゃったら、いいかな?って、お義母様が乗り気で。」

ウフフと笑う。

いや、それって母上が単に海外旅行したいだけじゃ。


「だから、どこに行っても困らないように。陽織は、大会のたびに、色々な国の人に会って、色々な国の言葉、勉強して、教えてもらったから。」

「できるだけ長く、友樹くんと出会わないように。」

陽織は、真剣な顔でそう言った。

陽織は姫花が花嫁と知って、一番ショックを受けていた。あの4日間で、余計に姫花のことが大切になった。離したくない。1ヶ月検診で、陽香の話を聞いて、ますます放したくない、と思った。

「わたしの大切な姫ちゃん。」

陽織は、飲み終わって満足そうに口を離した姫花に頬擦りをする。


7月、陽織の苦手な季節になる。

できる限り外に出ないが、だからと言って、ずっと冷房の部屋にいるのも辛い。

   カナダ行きたい。


7月の頭、祈梨と悠人に待望の第一子が誕生した。女の子だった。

悠人はその子に、明梨とつけた。

明梨が生まれた翌日、ちょうど姫花の2ヶ月検診と重なったので、陽織と黎人はその足で祈梨のところを訪ねた。

「姫ちゃん、ほら明梨ちゃんだよ。姫ちゃんの従姉妹だよー。」

陽織がそう言って、祈梨の腕に眠る、生まれたての赤ちゃんを見せる。

2ヶ月になった姫花は、あーあーと言いながら、陽織の顔に、手を伸ばしていた。


2ヶ月の姫花はまだ首が座っていないので、陽織も横抱きにしている。それでも、目を合わせるようになったし、あーあーと何かを言ったりする。

祈梨のところにいたら、急にお腹を空かせて、姫花が泣き出した。

「あ。」

と言って、陽織が黎人の顔を見上げる。

祈梨の部屋も、いつも陽織が使う特別室なので、応接セットがある。

陽織はそこを借りて、オムツを変えて、悠人たちに背を向けて授乳を始めた。隣には黎人が座る。

いつものように、歌うように、姫花に話しかけながら。

「ein süßes Baby、ein niedliches Baby、Mein Engel、mon petit bébé 姫ちゃん。」

と。

「陽織、ドイツ語とフランス語がごちゃ混ぜになってるよ。」

黎人がそう言うと、陽織が顔をあげて笑う。

そんな陽織が可愛くて、黎人は悠人たちがいるのを忘れて、キスをする。

「黎人、相変わらずマイペースだねー。」

悠人に言われて振り向くが、何が悪いの?と言う顔で睨んでくる。

「悠人こそ、どうなの?女の子、可愛いでしよ?」

「うん!もう、絶対に離したくない!」

「だよねー。僕、高樹さんに、睨まれたもん。俺の気持ち分かったかって。」


すると、釣られたのか明梨も泣き出して、祈梨も慣れない手つきでオムツを変えたり、授乳を始めた。

祈梨は陽織ほどではないが、今のところはなんとかなるが、いずれはミルクと併用しなくてはならない。

それを考えると、毎回母乳だけで足りてしまう、陽織が羨ましい。


陽織は姫花をゲップさせると、また横抱きにして、ほっぺにチュッとする。

「姫ちゃん、可愛い!良い子!ママの姫ちゃん!」

そう言って、頬擦りをした。そして、いつのまにか涙を流している?

陽織は子どもが好きだ、

中でも自分の子は、何よりも大切だ。

それだけに、陽織はいまだにあの4日間のことを思い出すと、心が壊れそうになる。陽織の心の傷は、いまだに癒えない。

癒えない陽織は、時々涙を流す。

「陽織?」

黎人に声をかけられて、陽織はハッとした。

「そろそろ行こうか。」 

そう言われて、立ち上がった。

「はい。では祈梨さん、悠人さん、また。」


黎人は陽織ごと姫花を抱き上げようとして、陽織に怒られた。

2人が部屋を出たあと、悠人は陽織が泣いていたことが気になった。

  なんで泣いていたんだろう。


7月の下旬、神北の甥、康介がレイリーの中間決算のことで、陽織に会いたいと言ってきた。

しかし、陽織が外に出られないので、家に招くことになった。神北直哉も来たいと言うので、黎人は仕方なく2人を招いた。

康介と直哉は、他の客と同じ反応をする。


「いらっしゃいませ。」

黎人が玄関で出迎えてリビングに通し、そこに陽織がお茶をだす。

いつもと同じこと。

そんなちょっとした仕草一つ一つにも、黎人は気遣っていた。

とにかく、何が起こっても、今度こそは見逃したくない。壊すモノを入れたくない。

2人に席を勧めて、その前に陽織と黎人が並んで座った。陽織はまだ寝ていない姫花を抱いている。

「すみません。最近、昼間起きてることが多くなってしまって。」

そう言って、陽織は姫花に

「姫ちゃん、Lad os tage en lur」

と、話しかけるが、他人が来ていると、乳児は自然と敏感になる。いつもと違う空気に落ち着かないのだろう。


「あの、今の言葉は?」

と、直哉が陽織に聞いてきた。

「え?あ、え、と。デンマーク語で、お昼寝しようね。って?かな?」

陽織が答える。

「昨日はフランス語で、可愛い赤ちゃん、って言ってたよね。その前は、ドイツ語で、わたしの天使、だっけ?」

だんだんと、法則がわかってきた黎人が、笑って答える。そして、それを聞いた直哉と康介が目を見開く。

陽織は戸惑って、アワアワと黎人の顔を覗き込む。


「え、と。わたし何か悪いこと、言いましたか?」

陽織はちょっと涙目で黎人に聞く。

「ん?大丈夫。びっくりしただけだから。」

黎人が陽織の肩を抱いて、チュッとキスをする。


「さて、それじゃ中間決算の方の話に入ろうか。」

黎人が急に話し方を変えて、2人の方を向くと、その変わり身の速さに、直哉ははあー、とため息をついた。


1時間ほど、レイリーの話をして、とりあえず中間決算の方は、なんとかなりそうだ。

その間、姫花がぐずり出して陽織が席を外す。

お腹が空いたのと、眠くなったのと、両方だった。

2階に上がりオムツを替えて、授乳をしてベットに寝かせた。

下にいるとわからない時もあるので、ベビーモニターを持って降りてくる。

陽織が1人で降りてきたので、「大丈夫?」

と、黎人が聞くと、うーん、と首を傾げている。

不安はあるのだろ。

「でも、たっくんがいるから。」

鷹人は、姫花をベッドに寝せていたら、自分の椅子と本を持ってやってきた。

目が悪くなる、と言われたので、鷹人は真ん中の明るいところで本を読んでいる。


「鷹人くん、しっかりしていますよね。」

康介が話を振ってくる。

「幼稚園でも、リーダー格ですよ。」

え?と、陽織はその言葉に驚く。まだ年少さんなのに?

「生まれ持ったカリスマって言うのかなー。神代社長の血筋かもしれませんね。」

はあ、と黎人も照れている。

「3歳、あ、もうすぐ4歳ですよね。とは、思えないくらい、頭が切れるし、お話も上手だし、運動もできるし、気も効くし。」

鷹人がしっかりしてるのは、陽織もよく知っている。自分が情けないくらい、ダメ親だから、その分鷹人に頼ってしまう。

「普通、年少の子って、まだ自分はあっても、周りのことは見えないんです。役割分担ができるのも、4歳以上って言われています。でも、鷹人くんがいると、自然とそれが作られる。だいたい、将人くん、小鳥ちゃん、大地くん、がそれに追随する感じで。」

「イヤイヤ、それ盛りすぎですよ。」

黎人は褒められすぎて、なんか居心地が悪い。


「普通は、良い家庭の子って、なんでもやってもらってるから、何もできない子の方が多くて。それこそ、お受験目的でウチに来た、外部の子は英語とか、文字とかは他の子より抜きん出ていても、他人を見ることが全くできないんです。

いわゆるコミュニケーション不足ですよ。

小学校受験は、そう言うところも見られます。

今年、明王に入った仁美ちゃんが、鷹人くんに近い感じでしたね。

あの子も、弟妹がいるから、年中の頃から、みんなの面倒を見られる、お姉さん的なところがありました。そこが評価されたんだと、思います。」

「まあ、大神先生のお嬢さんですしね.」 

と、黎人も笑う。


「そう言えば、イギリス人の先生とも、普通に英語で話をしてますよね。」

それを聞くと直哉が興味を示す。

「陽織さん、子育ておわったら冗談ではなく、ウチに来ませんか?」

直也が言ってきたので、陽織は

「いえ、チクる人は嫌です。」

と答える。

   チクるって。

「神北社長、それ神橋社長に喧嘩売ることになりますよ。5月から、陽織はコシロにそのまま復帰が決まっているので。姫花はレイリーにお世話になります。」

と、黎人が笑う。

「え?本当に育休なんですか?」

「はい、いただけました。」

と、陽織も答えた。











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