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陽織、本当の名前(神様の娘編)

今いる妻の名は瑞姫、です。

黎人は消える寸前にそう言った。


瑞姫?

どこかで聞いたことがある!

神鬼は古い記憶を手繰り寄せた。

あれは、まだ父が高樹に使役される前、一緒に暮らしていた頃のこと。


「次の神様はどうしようもない奴かもなー。」

父が言った。

「どうしようもない奴?でも、生まれ変わるなら。」

神鬼はまだ若かった。

「いや、あいつは女たらし、いや、女を惹きつける魔性の男だ。」

「女を。」

「ああ、いつも大勢の女が、ヤツを取り合って争っている。昔はたったひとりの妻がいたのだが。彼女は良い妻だった。子どももいた。

しかし、ある日、妻と子が、何者かに殺されてしまった。それからだ。アイツは、どうでも良いような女だけを相手にしている。

中でも、瑞姫という女はダメだ!

確かあの女が二度目の妻のはず。

瑞姫はヤツの地位と顔と、体だけが目当てで、子どもも作りゃしない。あの2人がもし、ここに生まれ変わったら、神様の子は、生まれないことになる!」


そう、言っていた。

最初の、殺された妻の名は?

名前は聞かなかった。

もし、それが陽織なら!

また、殺される!

そう考えると、神鬼は、何がなんでも陽織を守らなければ、と考える。

まず、産科の看護師を呼んだ。

陽織と、姫花の着替えを持って来させて、神鬼のところの看護師に着替えさせた。

神鬼の看護師は、今回陽織を忘れなかった、貴重な人材だ!彼女は信用できる。


黎人は自宅に戻り、瑞姫と対峙した。


「瑞姫、君は前世の僕の妻だった、瑞姫、か?」

黎人が言うと、瑞姫は目を潤ませて、

「はい!神龍様!わたくしはあなたの妻の瑞姫です!

生まれ変わっても、必ず添い遂げたい、と、そう願った、瑞姫です!」


黎人はその言葉を聴いて眉間に皺を寄せる。

「わたしは、其方と生まれ変わっても、などと言うことは、口にしたことはない。」

黎人の声が低く怒気を孕む。

「でも、この数日、私だけを愛してくださいました!」

「愛したわけではない!誑かされたのだ!」

話し言葉も、いつも聞いているものとは違う。

「そんな、でもあなた様は、大勢の女性の中から、わたくしだけを妻に迎え入れて下さいました。お忘れですか?」


黎人はその間も、鷹人と手を繋いでいる。

「其方には申したはず。わたしが生涯を通して愛した女性は「ひだまり」ただ1人。それでも良いなら、と。他の女と子をなしたくない、というわたしの希望を叶えてくれたのが、其方だったから、娶っただけだ。」


龍は神龍の息子として生まれた。

何も知らない幼い頃、2つ下の陽玉里と出会った。

彼女は名前の通り「ひだまり」のような少女だった。

可愛くて優しくて、そして誰よりも龍のことを慕っていた。

龍が15の時、祖父の龍王が隠居し、父が龍王に、自分が神龍となった。

その時、生涯の相手として陽玉里と婚姻した。

陽玉里は13歳だった。

その後、2年間はまるでままごとのような夫婦だった。

陽玉里は料理が上手で、裁縫も上手かった。

神様の花嫁としても、申し分のない教養と美しさも兼ね備えていた。

誰もが羨む夫婦だった。

そして2年目、陽玉里が15の時、2人の間に神子が生まれた。

神龍は神子の名を鷹(よう)とつけた。

鷹のように鋭い目と、強さを持った子になって欲しいと。鷹龍と言う名を付けた。


ところが、神龍が18歳を過ぎた頃から、周りの女性が、彼に対して好意を超えたものになってきた。

あわよくば、側室の座でも良い、と。

神域が荒れた。

娘を妹を、神龍に嫁がせたい。

しかし、神龍は陽玉里以外の女性に見向きもしなかった。それが、やがて神域内での権力争いの火種になっていく。

陽玉里の父親は、若い頃、先代の王龍を守って命を落とした。

側近だった。

母は、先先代の妹の孫だった。

陽玉里の親は、権力を欲することはなかったが、周りの親族は違った。陽玉里はそれを恐れて、悲しんだ。


陽玉里は、いつしか、外を歩くと命を狙われるようになった。

鷹が生まれて3年、彼女が18歳の時、息子の鷹と共に、刺客に狙われて2人とも命を落としてしまった。

正確には、陽玉里のお腹には2人目の神子がいたので、3人の命が失われた。


神龍は失意のうちに、自ら命を落とそうとまでした。しかし、神が死ぬことはない。陽玉里も、普通の刺客なら簡単に命を落とすことはなかった。

刺客は神殺しの刀を持っていた。


神殺しは大罪。

刺客はその後処刑されたが、このことをきっかけに、神龍は女性に対して興味どころか、ひどく嫌うようにさえなっていた。

それでも、立場上表の顔だけは繕わなければならない。それが彼の心を日々蝕んでいた。


その後、神龍の前に瑞姫と言う美しい姫が現れた。彼女は、子はいらない。ただ夫婦になってくれれば良い、と言う。

子がいらないなら、と神龍はその縁を受けた。

ただし、愛することはないと。それに、彼はどうしても確かめたいことがあった。


神龍が瑞姫を知れば知るほど、彼女、もしくは彼女の親族が陽玉里殺しの黒幕ではないか、と言う疑いが確信に変わっていった。


その苦しみを逃れるために、神龍は龍王に願った。

陽玉里を殺した憎い者たちを、この世界から消して欲しい。そして、もう一度陽玉里に会いたいと。

彼女と添い遂げたいと。

今度こそ、永遠に。

陽玉里。


陽織。


黎人は、普段陽織につけている盗聴器を自分につけて、瑞姫とのやりとりを神鬼に聞かせた。

何か陽織を救うヒントがあるかもしれないから、と。


「陽織さん、あなたは陽玉里さんの、生まれ変わりだったんですね。だから、花嫁、だったんだ。」

神鬼は、姫花を胸に抱いたまま眠る、陽織を見て言った。


「でも、わたくしは神龍様の妻であることは、変わりないです。それに、あの女は、毎晩わたくしとあなたの情事を見ていらしたのよ。もう、あなたは、わたくしのものだと、思っている頃だわ!」

「陽織に、見せて、いたのか?」

黎人の顔が怒りと、悲しみに変わる。

しかし、一度、大きく深呼吸をすると、瑞姫を睨みつけた。

「残念だな!僕は神龍じゃない!神代黎人だ。お前のものなどではない!

そして鷹人はお前の子ではない!陽織との大切な、1人息子だ!陽玉里との、大切な1人息子だ!」


黎人が大きな声で言い放つ。

黎人が握る鷹人の手が、さらに強く握り直した。

鷹人は気づいていたんだ。

自分があの時殺された、2人の子だと。


「お前のおかげで、陽織が花嫁になった理由がやっとわかった。その点は感謝する。しかし、こんなところにいて良いのか?お前がここにいる間、向こうでは、陽玉里殺しの罪で、誰か近しい者が、命を失っているかもしれないぞ。」

黎人が不適な笑みを浮かべる。

そう言われて、瑞姫の顔色が変わった。

「まさか、父上、が。」


やはりこいつらの一族が、陽玉里を!

確信を持った途端、黎人はこんな女を抱いていた自分に、吐き気がする。

そして、一刻も早く陽織に会いたかった。


「もう、わたしに2度と近づくな!もし、また近づくようなことがあれば、一族もろとも命がないと思え!」

黎人がそう言い切ると、瑞姫は憎しみを顔に浮かべ、2人の前から、ふっと姿を消した。


黎人が家の中を見回すと、写真が元に戻っている。

全て陽織に戻った。

どこにも瑞姫の気配はない。

「鷹人、ありがとう!色々思い出させてくれて。さて、陽織が帰る前に、大掃除と洗濯だ!スピカ、クリア、手伝ってくれ!」

黎人はそう言って、まずはベッドのシーツやカバーを外す。

全て新しくしたい!


病院では、陽織が目を開けて、周りをキョロキョロする。何か探しているように。

しかし、自分が置かれている状態が、今ひとつわからないようだった。

それでもしっかりと姫花は抱いている。

さらに、姫花が泣くと、陽織はおむつを変えて母乳をあげる。そして、また霊力が失われる。失われると、ぐったりとして横たわり、また目を閉じる。


2回ほどそれを繰り返し、いよいよ陽織の力が枯渇し、ほとんど意識が朦朧とし始めたころ、黎人と鷹人が車で戻って来た。

「神鬼、先生。陽織を連れて帰ります。」

神鬼は、まだ黎人を信用してして良いのか迷っている。しかし、平熱になった今の陽織を助けられるのは、もはや黎人しかいなかった。

「大丈夫ですか?黎人さん。」

神鬼に尋ねられて、黎人は強く頷いた。

部屋を全て浄化した。

ベッドの寝具は、全て新しいものに変えた。

どうせ、キッチンは全く手付かずだ。

瑞姫の気配を1ミリたりとも残しておきたくない!


「陽織、帰ろう。ぼくたちの家に。」

ほとんど意識がない陽織は、何も答えない。

後ろの座席にはチャイルドシートとベビーシートが乗せてある。

「鷹人、姫花をちゃんと見ていてね。お兄様、お願いしたよ。」

そう、黎人が前と同じ笑顔で言うと、鷹人は強く頷く。

「ぼく、兄様だから!」

助手席に陽織を座らせてシートベルトで固定する。

「陽織、少しだけ我慢してね。」


自宅に到着すると、美咲が玄関の中で待っていた。

「陽織の神力を戻します。鷹人と姫花を少しの間お願いします。」

黎人は美咲に2人の子どもを預けると、陽織を2階に運んだ。そして、優しく抱きしめて、口付けをする。

「陽織、目を覚まして。お願い、陽織。」

何度も抱きしめて、何度も口付けをして、それでも陽織の目は覚めない。

1時間ほどした頃、陽織の手がぴくりと動いた。

「陽織!陽織!」

陽織の腕が少しずつ上がる。

さらに黎人は陽織を、何度も抱きしめる。

すると、陽織の手が、黎人の背中を抱き返した。

「陽織?」

「れい、と、さん。」

陽織が、なんとか声を出す。

「黎人、さんを、かえ、して。」

「陽織!ぼくはここにいるよ。」

陽織の目から涙が溢れだす。

「黎人、さ、ん?」

「ごめんね、陽織。4日も、辛い思い、させて。」

黎人が泣きながら、陽織の胸に縋り付く。

黎人の涙が陽織の胸を濡らした。

「陽織、愛してる。ただ1人の、ぼくの、陽織。」

それでも、まだ陽織の意識はしっかりとしない。


何時間も、何時間も、黎人は陽織に呼びかける。

そして、日が暮れる頃、陽織の呼吸が普通の寝息に変わる。寝てしまうと、起きない、と言われた陽織の寝息に。

「もう、大丈夫?かな?」

黎人はそのまま陽織をベッドの中で眠らせて、2人の子どもを迎えに行った。


鷹人が

「ママは?」

と聞いてきたので、

「寝てる。ずっと眠ってなかったみたいだから。」

と答えた。

今日の夕飯は、美咲の煮物。

陽織のものとは違うが、手作りの夕飯だ。

「パパ、ボク、おりよーりできるようになる。ママがビョーキの時も、ちゃんとご飯食べられるように。」


眠ったら起きない陽織が、夜中、姫花の鳴き声で目を覚まして、オムツを替えていた。黎人が目を覚ますと、すでに授乳をしている。

「本能、なのかな?」

黎人は横でそれを見ていた。

「陽織、あとは僕が姫花を寝かしつけるよ。」

と声をかけたが、首を横に振った。

そして、姫花がまたスヤスヤと眠るとベッドに寝かせて、自分も眠る。

その夜は、そんなことが2回ほどあった。


日曜日、黎人が目を覚ますと、キッチンからいい匂いがしてくる。いつもの朝ごはんの匂い。

慌てて起き上がると、陽織がお味噌汁やおかずを作っている。

「陽織、起きて大丈夫?」

と聞くと、半分ぼーっとしている。

「んー、たぶん。」

いや、ダメだろう。

その時、姫花が泣いた。

陽織がお玉を持っていたので、黎人は姫花のゆりかごに近寄って抱き上げると、オムツを替えた。

すると、いつのまにか陽織が来て、胸を出す。

「姫ちゃん、おはよー。」

と、なんか半分フラフラしながら言っている。

それでもソファーに座って抱くと、しっかりと母乳をあげている。

そして、よくわからないことを姫花に話しかけて、ニコニコしている。

何語だろう?


そのうち、鷹人も起きてきた。

「あ、ママが起きてる!おはよう!」

と鷹人が声をかけると、

「godmorgen」

と返事をした。

「あ、ママそれ、でん?でんまー語?」

陽織はウフフと笑う。

今朝の気分は北欧らしい。

でも味噌汁だった。


久しぶりに家族4人、揃って朝ごはんを迎えられた。

それでも、陽織は味噌汁と、ご飯をふた口三口、卵焼きを一切れ食べて、うつらうつらし始める。

「パパ、ママまた寝ちゃう。」

「うん、昨夜も姫花が2回起きたから、まだまだママは疲れてるんだよ。今日は日曜日だから、休ませてあげよう。」

そう言って、2人を抱いて2階に連れて行った。

鷹人も着いてくる。

「ママがここにいればいい。」

鷹人はそう言って、陽織の手をギュッと握る。


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