陽織、美咲の経済観念(神様の娘編)
黎人はコーヒーを一口飲むと、話を続ける。
「ぼくと陽織は、都内でも比較的近くに住んでいましたから、高校も大学も同じです。そのため、陽織の事情を理解している友人たちが、高校時代から、今でも彼女の周りで、支えてくれています。ぼくも同じです。そして、それがなければ、現代の世の中で、生活を続けることは、大変難しい。神代の両親は、それも考えて、家も提供してくれています。」
黎人は、2人の顔を見つめて聞く。
「ぼくは、姫花を関西の学校に行かせるつもりはありません。お2人は、どうですか?」
さやかは、一体何を聞かれているのか、わからなかった。しかし、それが友樹のことと気づき
「それは、ウチも、同じ、です。」
と、やっと声を出した。
「でも、それでは2人はいつまで経っても、一緒になることはできませんよ?」
「そ、そんな、ウチだって、息子を東京に来させるわけには、いきません!」
そこは紗香も譲れなかった。
「それだけじゃない!ぼくは陽織が高校卒業と同時にお嫁に来ても困らないように、しっかりとした経済基盤を作りました。それが今の地位です。」
今の地位、と言われて、友春は息子にそれを用意できるのか?と、問われていることがわかる。
「そんなの、無理、だ。」
「ぼくなら、友樹くんに、それだけの地位を与えてあげることはできる。しかし、それはお2人の本意ではないでしょう?」
紗香それが、息子を婿養子にするなら、考えてあげる、と言われているのだと気づいた。
「いえ、それは、お断りします!」
「でしたら、この話は聞かなかったことにします。陽織の、ためにも。」
黎人はそこまで話すと、もうこれ以上話すことはない、とばかり伝票を持って立ち上がった。
「あとは、お2人でよくお話しして下さい。」
黎人にしては、よく譲歩したと思えるが、それは周りにはわからない。むしろ黎人の冷ややかな態度は周囲にもわかるほどで、カフェを出た後、店内には不穏な空気が流れている。
黎人が陽織の部屋に戻ると、陽香の他に高樹がいた。
高樹は陽香からおおよその話を聞いたらしく、やはり不安な顔をしている。
「黎人、くん。」
「あ、席を外しており、申し訳ありません。」
なぜ仕事モード?
「聞いたよ、京都の神月家が来たことを。」
黎人は、陽織のベッドの上に腰掛ける。
陽織は泣き続けでいた。
「姫ちゃんは、どうしたら、良いの?」
陽織の瞳の奥が不安で揺れている。
「とりあえず、今すぐどう、ということはできないと思う。紗香さんたちには、あちらがぼくと同じだけの力を持って迎えに来るなら受け入れる、という条件を出した。」
黎人と同じ力?
それって経済力も?
いや、それは無理、だろう?
黎人さん。意外と鬼、だわ!
「黎人さん、それ、無理じゃないですか?」
陽織は涙がすぐに引っ込んだ。
翌日には市原やレイリーの職員の人も来た。
千織や羽織は、流石に社会人一年生とあって、休みは取れない。スマホにおめでとうメールだけが来た。
美織は検診と重なった日の昼休み、和嶺と揃ってやってきた。2人は陽香から、花嫁の話を聞いたらしく、少し不安な様子だった。
「ウチの子が、神様なら良かったのに。」
美織がお腹を触りながら、陽織を抱きしめた。
「美織ちゃん、ありがとう。」
陽織は、その気持ちだけで嬉しかった。
そして、自宅に戻る日、東山はまた2人に様々な注意と、お説教をする。
「だから、先生、ほんと、しつこいです!」
陽織に言われ、流石に東山も
「あなたねー、うざいの次はしつこいって、自分がどれだけ色々やらかしてるか、わかってるの?」
と反撃してきた。
「少しは義理のお姉さん、見習いなさい!」
義理のお姉さん?と言われて、一瞬迷う。
祈梨?絵梨花?
あ、と陽織はパンと手を叩く。
「美織ちゃん!」
黎人もそれに気づき、くっくっと下を向いて笑い出した。確かに!
5日ぶりの我が家に戻ると、すでに1階と2階に姫花用のベビーベッドとゆりかこが用意してある。
一階にあるゆりかこに寝かせると、姫花はしばらくぽやーんとした顔になったが、すぐにふにゃふにゃと泣き出した。
陽織は自分の支度を整えると、姫花のオムツを変えて授乳する。2人目なので、それなりに陽織も慣れてきた。やっぱり、ちょっと力を持っていかれるけれど、これも慣れたのか、前よりも辛くない。
そのうち美咲がやってきて、お昼の用意をしてくれた。
「可愛いわねー。女の子。やっぱり良いわー!もう、ずーっと欲しかったのよねー!」
と、美咲の手には、お宮参り用の産着のカタログが有る。
「真夏に前にも済ませたいから、6月中のお天気の良い日よね。陽織ちゃんの夏用の着物も用意しなくちゃ。最近暑いから、もう、絽の訪問着を作ろうかしら。」
ちょっと待て!
そこは洋服で良い、だろう!
しかし、美咲はずっと一人でひたすら話しを続ける。
「ピアノは陽香が贈ってくれたから、ピアノは習わすとして、やっぱりバレエかしら。陽香も言ってたし。陽織ちゃんとスケートも良いわねー。でも、競技とか出られないと可哀想だから、お琴とかも。そうね!お琴、買ってあげましょう!」
「いや、母上、鷹人だってまだサッカー始めたばかりなんだから、早すぎです!」
黎人が話を遮ると美咲にぎろりと睨まれる。
「陽織ちゃんは、何を習っていたの?」
と聞かれて
「お琴はやってないです。日本舞踊は習ったことあります。あとはお習字とバレエも。ピアノの他は、フルートとヴァイオリン、長続きしたのはピアノとスケートだけでしたけど。一通りできるようになったら辞めちゃう、って感じでした。編み物はカナダのマギーが教えてくれたので、習ったわけじゃないですよ。」
あははと答えた。
「そうよねー、女の子だもの字は綺麗じゃなくちな!日本舞踊も良いわねー。」
と、完全に黎人がわからない世界に入っている。
「でも、わたしは薙刀とか、やってみたかったですよ?弓道とかも。カッコいいし!」
「そういうのは、大きくなってからでもできるじゃない!高校生とか。」
そうねー。と、すっかり美咲は姫花の習い事の話で夢中になっている。
本人はまだ、ろくに目も開いてないのに。
「何をやってもいいけど、姫ちゃん、黎人さんに似て背ー、高くなって欲しい!陽織、カナダやドイツに行くと、小さくて馬鹿にされることあるからー!たっくんと、カナダで2人で電車乗ったら、小学生のお姉さんだと思われた!ママなのに!」
えー、そうなのー、と珍しく美咲は陽織の名前呼びにさえ気づいていない。
もう、黎人は呆れて話し半分に聞きながら、片付けを始めた。
家族が1人増えれば、荷物も1人分増える。
かかるお金も同じ。
その時、黎人は紗香たちのことを考えていた。
黎人はそれなりに稼いでいる自信がある。それでも、色々と考えている。
陽織は意外と無駄にお金を使わない。
友人はいるが、ランチに行ったりお茶をすることはほとんどない。
お化粧や衣服も、美咲や黎人と一緒に購入したものしか着ないし、可愛いけど派手ではない。
自分で欲しいものは、必ず相談をする。
時々目的を言わない時もあるが、その時は大抵、黎人や鷹人へのプレゼントの用意だ。
黎人も、車や陽織のドレスなどにはお金をかかるが、きちんと貯金や投資など、お金は貯めている。
どんなことにも、絶対はない。
これから祖父母はもちろん、両親だって年老いていく。そのための蓄えはありすぎて困るものではない。
京都の神月家にはキツイことを言ったが、自分の娘にはそれなりに安心した生活をして欲しいし、陽織のようなに、外に出てやりとりをしなくても、楽しく生きて欲しい。
ただの術者夫婦が、それを理解できるのだろうか?
黎人は2年前、天神を追い詰めるために父から借りた手帳の中身を見てびっくりした。当時の使役獣を持つ術者たちがみんな持っていた黒い手帳には、出納帳のようなものが書いてあった。
天神大地は、残していく凪沙と梓沙への日記のようなものだった。
蓮也の手帳は、美咲が日々使う和服代やら、夫人仲間とのランチ、お茶、習い事、観劇やら趣味その他大量の出費が記されていた。
陽織を姫と言う人がいるが、それを言うなら、美咲は女王様だ!
陽織は時々万単位の出費をすることがあるが、それをきちんと黎人に断る。しかし、美咲は平気で何百万の出費をしていた。
恐るべき母上!




