陽織、産前休暇(就職編)
GWが明けると、社長は長期休暇に入る。
2人目が産まれるため。
林田は、本物の陽織が見てみたい!
社長があれだけ言う、超可愛い奥さん。
本当なら、実物と会えるチャンスがあるが、その頃陽織は産休らしく、たぶん会えないだろう。
そんなことを考えていたら、入社同期の山岸から電話があった。飲みの誘いだ。
夜、山岸と約束の店に行くと、今山岸が出向している健康食品会社の人も来ていた。
「あ、こっちは秘書課の、千葉くん、ね。」
千葉と呼ばれた、2こ下の後輩は、気軽に話せる良いやつだった。
「え。製薬会社の方の、社長の奥さんですか?」
「うん、なんかそっちの会社にいるって噂なんだけど。」
そう言われて千葉は考える。
「あ、でももうすぐ子どもが生まれるから、辞めちゃったかなー。」
と言う林田の言葉に、アッとなった。
「ああ、いますよ!神代さん!すっごい可愛い子!」
千葉の言葉に、2人は身を乗り出した。
「え?知ってるの?」
千葉は2人の先輩が怖い。
「知ってるも何も、先週までウチにいましたよ。お腹大きいから、色々言われてたけど、すっごく頭良くて、英語とドイツ語、ペラペラで。結局、すごく役に立ってたんで、部長なんて、育休明けもぜひ!ってお願いしていました。無理だと思いますが。最後の日、社長、あ、神代社長も、挨拶に来てましたし。」
と、千葉は笑う。
「え?お腹大きいのに、可愛いの?」
「いや、お腹と顔は別でしょ。だってほぼすっぴんなのに、すげー可愛かったです。ほとんどリップくらい?なのに、みんな振り向いてましたねー。面白い子でしたし。」
「面白い?」
千葉は何か思い出して、アハハと笑う。
「だって、カナダの教授が来てた時、通訳してくれたんですが、そのあと、次の約束の人がくる前に、大きいお腹で、ジャンプした、って噂になってました。ほかにも、会社の玄関をスキップしてたとか。一番びっくりしたのは、自販機の使い方わからなくて、泣いてて。可愛かったですねー。」
「自販機の使い方?」
2人は不思議そうな顔をする。
「秘書課の先輩から、足りないお茶を一本買ってきて、って小銭預かったあと。元気に手を挙げたんですけど。その、使ったことないらしく、複雑すぎてわからないって。」
千葉は笑い出した。
「自販機使ったことないの?」
「お釣り返したあと、手を洗っていて。」
「え?」
「なんか、お金触ったら菌がついてるから、綺麗にしなさいって、親に言われていたみたいで。」
「そんなことを、いい歳して、守ってるの?」
林田はびっくりした。
「結婚してからは、お金触ったことも、ないみたいですよ。社長が触らせてくれないって。」
またもや2人は驚く。
確かに、近年、電子マネーが主流で現金なし生活はできるが。
「超お嬢様だ。」
「あ、そんな感じです。」
と千葉はまた笑った。
もう、本当にあんな子が毎日いたら、飽きないです。
そんな話が出てから、3日が過ぎた。
黎人が急に、慌てだしている。
「どうしたの?黎人さん?」
と、陽織が首を傾げると、
「ウワーッ、会社に忘れてきたー!」
と叫び出した。
黎人は今回、可能な限り、リモートで仕事している。
出社しなければならないことは、全て父に任せて。
そのため、必要なものがないと、できない仕事もある、らしい。
「取ってくるしかない。」
顔が青い。
「いいよ?取ってきて。」
と言ったが、黎人はいきなり陽織に、社員証持って!
と言い出した。
「わたしも?」
「1人で置いておくのは、心配!」
と叫ぶ。
いやいや、それくらい平気だよー。
と言うが、陽織に支度をするように言う。
(なぜに?)
「もし、僕がいない間に産気づいたら困るじゃ無い!」
イヤイヤ、会社でなったら、もっと困るだろう!
そう言われて、陽織は渋々支度をする。
会社の駐車場に着く。
レイリーでも何度か来たし、依頼の打ち合わせでも来たので、少しだけ慣れた。
もう!
と膨れながら、社員証を駐車場のIDにかざして中に入る。
「わたし、産休中なのにまずくないですか?」
と聞いたら、後で消す、と不穏なことを言う。
オイオイ!湊人が階段飛び降りたより、やばいじゃないか!
そのまま、黎人は陽織の手を握ってエレベーターに乗った。
社長室も、何度か入ったことがあるので、少し慣れた。初めて千織と行った時は、ソファーで小さくなっていたが。
4階でエレベーターが止まると、他の社員が乗ってきた。林田だった。
「あれ?社長、どうしたんで、」
と言いかけて、後ろで小さくなっている、女の子に気づく。隠れるように黎人にしがみついているが、可愛い!超絶可愛い!で?
「あっ!あーっ!」
と林田は大声を出す。
慌てて黎人は林田の口を塞いだ。
「うるさい!」
「えと、はじめまして、ぼく林田と、」
と言いかけたら、社長室がある階に着いてしまった。
黎人はさっさと陽織の手を引いて降りていく。
陽織は小さくペコっとお辞儀をした。
アレかー!アレが噂の!
可愛い!確かに可愛い。しかも、なんかスッピンだったような!
彩奈が言う通りだ!他のヤツの話通りだ!
高坂なんて、目じゃない!
化粧なしで、あんな可愛いなんて!
林田は用を済ませると、再度出会いを求めて?
社長室がある階で待ち伏せしてみた。
社長室に入ると綾人がすでに待っていた。
事前に連絡をしていたようだ。
「こちらになります。」
書類とカードのようなものを渡され、ありがとうと言って、サッサと出ようとする。
しかし
「社長、陽織様もお疲れでしょうから、一息つかれたからの方がよろしいのでは。」
と言われたので、陽織がお茶を飲む間だけ、部屋の中で仕事をしている。
陽織が、カップを置くと同時に
「さあ、帰ろう!」
と、立ち上がった。ずいぶん慌ただしい。
「え?もうですか?」
「他の奴らに見つかると面倒だ!」
そう言って、サッサと部屋を出ていく。
「え?陽織おトイレ行きたい!」
と言ったので、廊下のトイレの前で、陽織を待っていた。
ちょうどエレベーターが来たので、また乗ろうとすると、なぜか後ろに林田がいた。
「お前、ふざけるな!ストーカーか?」
「いや、良いじゃないっすかー、俺だけ生陽織様、会ったことなかったんだもん!」
「あんまり、ふざけてると、彩奈さんとの結婚式いかないぞ!」
「彩奈さん?」
「あー、え、と。コイツ彩奈さんの婚約者なんだ。」
「えーえー、それはおめでとうございます!いつですか?」
「あ、6月に。」
6月!
「だから、陽織には後で話すつもりだったのに!」
「ずるい!わたし出られないじゃない!彩奈さんとの結婚式!わたし出たかった!もう、翔太にも、言いたいこと、いっぱいあるのに!アイツ、卒業式だって顔出さないで!ふざけるな!って。翔太のヤツー!」
「仕方ないだろう!陽織のこと言ったら、それじゃじゃっないねーって、言うから僕だけ出席で返事したんだ。」
「え?いつ?わたしそんな話、一度も聞いてない!また、黎人さんの独断!」
急に饒舌になり、さらに喧嘩を始めた2人のそばから、林田はそーっと逃げるようにエレベーターを降りた。




