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陽織、会社生活開始(就職編)

4月になった。

健康生活コシロの入社式の日、陽織は黒のジャンパースカートの上に、黒のジャケットを羽織った。

   これなら、あまり目立たない。


   くそー、黎人さんめー!

予定日は5月末、産前休暇は4月18日からになる。

『2週間しか仕事できないなら、やっぱり就職諦めた方が。』

2人目ができたとき、色々な人にそう言われた。

   本当、おかしいと思ったんだ!


やたらと、夏休みに入った途端、嬉々として。

   

蓮也と美咲の思惑通りには絶対行くもんか!と、黎人に頼み込み陽織はとにかく、労基法とすぐに会社の規律を調べ、たとえ採用されてすぐでも、産前産後休暇の届けを出した。

黎人は社長だった当時、働く女性の権利に関する規律を徹底的に見直し、きちんと法律に則したものに変えていた。

しかし、それをまさか、陽織が逆手に取るとは、思わなかったのだろう。

た、いうことで、陽織はギリギリ10日間働く!


どうせ社交の場には、『卒業後、二人目が生まれる』と、3月のうちに挨拶してあるから、ほとんど参加できないことは伝えてある。

陽織の根性に負けた蓮也と美咲は、まずは傍観することに、決めたようだ。


入社式のあと、同期の人が互いに挨拶をする。陽織の同期は全部で33名。一般職のほとんどは、まだ採用される部署が決まってないものばかりで、陽織のようにあらかじめ決まっているのは、何か特別な資格を持つものや、コネクションだ。

おそらく、3名がコネだ。


「わたしは、お客様相談窓口に決まっているの。」

そう声をかけてきたのは、心理学部出身で、臨床心理士の資格を持つ、河南友香だった。

「わたしは秘書課です。」

と、管理栄養士の資格を持つのに、秘書課に採用された陽織は、あからさまに、コネクションと言ってるようなものだった。

他にも、広報に決まっている、柴咲美幸という女性も、コネクションだった。もう一人は大学の教授のゴリ押し?で決まったらしい相澤という青年。


他の一般職、14名は明日から一週間ずつローテーションで様々な課を経験する。

(いいなー、わたしも本当なら。)

しっかり、きちんと、就活してたのに!


その時、

「あれ?神代さん、専門じゃないの?」

と声をかけてきた人がいた。採用面接で何度か一緒になった、同じ明王の坂牧だ。卒業式でも挨拶した。

「神代さん、優秀だからてっきり一緒に仕事できるかと思ったのに。?あれ?でも、ちょっと太った?」

(言わないで、言わないで、言わないで!)

陽織は坂牧の口を塞ぐ。

「え?もしかして、おめでた?」

坂牧が小声で囁く。

陽織はコクコクとうなづく。

明王の理系同期の中には、陽織のことを結構知っている人もいて、坂牧もその一人だ。


「と、とにかく、わたしのことは、え、と、その、ご内密に。」

すると、坂牧はぷっと吹き出し、了解、と去ってくれた。

たぶん、坂牧は黎人のことも知っている。

何度か陽織を迎えに来ているのを見た、というのも言っていたから。

(う、良い人だ!)


入社式の後も、今日からは5時半まで就業時間、ということで、会社の規律や個人情報についてのオリエンテーション、各部署挨拶があり、お昼。

お昼は会議室で、社長の神橋がいた。

陽織はなるべく顔を合わせないように、さりげなく端の席で小さくなっていた。しかし

「陽織様、ご無理なさらず、本日はこれでが退席なされた方が。」

と声をかけてきた。

「よ、余計な心配は、結構です。」

と、返してしまった。

   え?これでいいんだっけ?

   言葉遣い、間違ってない?

よく見たら、会長の蓮也までいる。

   なんで、お義父様まで!


近くの席にいた柴咲が

「様?」

と小声で言った。

柴咲は取引先の副社長の娘らしい。


午後2時、初めて秘書課に行って挨拶をした。

明日からここが陽織の職場。本当、わずかだけど。

でも、頑張る!


陽織の席はもちろん末席で、その隣は入社3年目の、芦川という先輩だった。

彼女は絵梨花をすごく尊敬していて、しっかりと頼まれたらしい。

はじめは、郵便の仕分けや、簡単な文書の清書といったものだ、と説明される。

そんな陽織が、意外にも重宝されるのが、その3日後のことだった。


「誰か、ドイツ語わかる人いる?」

どうやら、ドイツの取引先からの電話らしかった。

「えー、今矢崎さん外に行ってます。」

と、ドイツ語が堪能な人の不在を誰かが言った。

その時、陽織は恐る恐る手を上げた。

「あの、ドイツ語なら、その。」

電話を変わると、陽織が流暢ないドイツ語で対応している様子に、先輩たちの見る目がちょっとだけ変わった。


さらに、それから2日後の日曜日。

陽織のスマホにカナダのマギーから、ジェフが仕事で日本に行ったという連絡が入った。

ジェフはカナダの大学で、有名な薬学の教授になっていた。

そして、その第一日目は、なんとコシロの社長、研究室長との対談だったが、それを陽織は知らされていなかった。


ところが、ジェフのために用意していた通訳が、なんとインフルエンザになってしまったという。

急なことで、秘書課や研究室がバタバタしている。

出勤してすぐな陽織は、理由がわからず廊下に出たところで、ジェフとバッタリ会った。


「ジェフ?」

「ひおり!サブラーイズ!」

サプライズじゃない!

ジェフが社長室に続く廊下で、陽織を抱き上げ、ハグして、キスもする。

「ちよ、ちよ、待って?ウェイト!」

そこに、秘書課で通訳を探していた人が、知り合いなのか、と聞いてきた。

陽織が自分のホストファミリーだと説明すると、通訳の代理に引っ張って行かれてしまった。


対談は無事終了し、ジェフの次の仕事の相手が迎えに来るまで、会社の玄関の椅子に座って待つことになった。


ジェフは、来週帰国する前に、神代の家に来てくれるという。すごく嬉しい!

さらに、ジェフはタブレットを出すと、エリサのスケートの画像を見せてくれた。エリサがどうしても、フリップジャンプを失敗してしまうという。


フリップジャンプはフィギュアスケートのジャンプでも、高難度に入るジャンプだ。実は陽織も、4回では成功したことが少ない。

今回エリサが挑戦しているのはトリプル。まだ4回だめだったかー。と、陽織は難しい顔をする。

4回も簡単なものは一つできるようになった、とジェフが説明した。

んー、と何回か見ながら、もしかしたら?

「フリップは左足のインサイドエッジで踏切ますよね。エリサは比較的、ルッツの方が得意なようです。この2つは踏切を間違うと、エラー判定が出るので、飛ぶ時も、神経を使います。わたしも、フリップよりはルッツの方が飛びやすかったので、そういう場合は。」

と陽織が説明を始めた。

しかし、言葉ではうまく説明ができない。

そこで、陽織は立ち上がると、靴を脱いで、左足の内側に体重をかけて、右の爪先で踏み切るとジャンプをした。が、

   しまった!

夢中になりすぎて、自分の身体のことをすっかり忘れていた。

お腹が大きくてバランスが取れない!

と、一回転した瞬間、

「ひお!?」

「陽織!」

倒れ込みそうな陽織を誰かが受け止めてくれた。


「れ、黎人、さん?」

ちょうど、次の仕事の相手が迎えに来てくれたところだった。

「はあ、びっくり、した。」

受け止めた黎人の方が、真っ青になってる。

「何やってんの!」


「あ、ということで、たぶんエリサは体がどうしても傾いています。もう少し意識して体を開くと、きれいに着地できると、思います。わたしは、失敗してしまいましたが。」

と、なぜか冷静に説明していた。

聞いてるジェフの方が真っ青だ。


「あ、ごめんなさい。黎人さん。もしかしたら、次のお仕事って。」

と、淡々と陽織が話すのに、黎人はちょっとお怒りモードだ。

「ごめんじゃない!そんなことやってるなら、解雇してもらうからね!」

と、腕を掴んだまま小さな声で、怒鳴られた。


仕事が終わると、陽織は笹神の車ですぐ近くの保育ガーデンレイリーに行く。鷹人のお迎えだ。

レイリーは、黎人のレイと、陽織のリという意味が一つ。もひとつはノーベル物理学賞のレイリー卿からつけられた、光の強さの単位。

子どもたちの未来を光輝くものにしたい、と言う意味、と、黎人が笑って説明してくれた。

鷹人はこの春、レイリーの幼稚部、つまり幼稚園生ななった。しっかりしてきた。


陽織が顔を見せると、先生の一人が

「鷹人くん。ママがお迎えです。」

と、声をかけてくれた。

今日の連絡ノートと、鷹人専用のタブレットを受け取る。鷹人と手を繋ぐと、また笹神の車に戻った。

チャイルドシートをして、家に帰る。


3歳半になった鷹人は、園であったことのおしゃべりをしたり、最近始めたサッカーや、大好きな怪獣の話をする。その他にも、黎人が合気道を習わせたいと言っている。

「ママ、今日も赤ちゃん、元気?」

と、陽織のお腹を触るのも、最近の日課だ。

「たっくんがお腹にいた時も、パパがそうやって、楽しみにしてたよ。」

と笑うと、鷹人も笑った。

「今日ね、ぼく、シチューがいいの。ママのシチュー!食べたい!」

と上手に自分の気持ちも伝える。

中学生まで、一人称が名前呼びだった陽織よりも、しっかりしている。さすが、美咲ママの教育だ!


家に着いたのです、鷹人を抱いて降ろそうとすると、笹神が手伝ってくれた。

「ありがとうございました。」

と、陽織が礼を言って降りると、鷹人も

「あいがと、ござました。」

と、真似する。

そして家の中に入った。


夜、黎人が帰宅して、夕飯とお風呂を済ませて、鷹人の部屋で、いつものように本を、と思っていたら。

なぜか、黎人が怒だ。

「パパ、ママがめ?」

と鷹人が聞く。

「そう、ママね、メ!なことしたんだよ。」

と、お風呂で話していた。

そして、先にお風呂を出た鷹人に、陽織はパシッと、頭を叩かれた。

「痛ーい!たっくん、何するの?」

と聞くと、

「パパが、ママ、メ!って。」

黎人さん、息子に何を教えてるんだ!











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