陽織、もっと甘えたい(就職編)
入院して2日め。
昼食の食事に出たゼリーが食べられた。
ゼリー?と見ていたら、臨地実習の時にお世話になった市原が顔を出した。
「神代さん!お久しぶり。」
陽織は、その声に顔をあげた。
「市原さん。」
陽織は、嬉しくてベッドから出ようとした。
しかし、それを制されて、またベットの上に戻る。
「神代さんが入院したって聞いて。ゼリーの話していたことを思い出したの。」
それを聞いて嬉しくなった。
「ありがとう、ございます。」
市原は、陽織の姿をよくよく見て、強張った顔になる。
「前より、かなり痩せちゃったね。あの時も、最後、流産、あ、ごめんなさい。」
そうだ、前回ここにいた時、陽織は臨地実習の最終日に、流産して運ばれた。
「そうなんです。上の子の時も、5キロくらい体重落ちたんですけど、今回も、35キロまで落ちてるって言われて。今日、久しぶりに、まともに食べられました。ゼリーだけですけど。」
陽織は、他のほとんど手付かずの食事を見て、申し訳なくなる。
「仕方ないわ。好きなものが、1つでも食べられれば、と言うのが私たちの、目標の一つ。」
「そうですね。わたしは子どもの頃から、ゼリー好きですけど、人によっては、この時期、味覚が変わる人もいるから。」
「そうなのよね。だから事前に好きな食べ物、と聞いても、それが絶対に悪阻の時も、変わらないとは限らない。だから献立を立てにくい。と言うことかな。」
そこまで言うと、市原はしまった、と言う顔をした。
その時、彼女は枕元にある、国家試験の問題集を見つけて、懐かしい、と呟く。
「偉いなー。こんな時でも、勉強しているんだ。わたしも頑張らなくちゃ。」
そう言って、部屋を出て行った。
頑張る。
もう少しで赤ちゃん死ぬところだった。
そう言われた言葉を思い出して、怖くなった。
お夕飯、頑張って食べよう。
夕方になると、美咲が鷹人を連れてやって来た。
鷹人は陽織のべっとの上にちょこんとか仕掛けて、保育園の話しをする。
「くいすます、の、え、かいた。サンタさん、ほしーもの。」
「サンタさんに、欲しいもの?」
そう聞くと、鷹人は陽織にギュッと抱きつく。
「え、とね。たっくん、パパと、ママと、赤ちゃん、と、怪獣ー。」
それを聞いて、陽織はあははと笑う。
「ママと怪獣は同じなんだー。」
と返すと、違う、と怒る。
そして陽織のほっぺにチュッとする。
「ママ、いちばん!」
そう聞くと、嬉しくて涙が出た。
「ママ、一番なの?パパは?」
「パパ、いつも、いる、から。」
あ、と、陽織は思った。
考えてみれば、鷹人が生まれて、何回も入院している。
「ごめんね。ママ、いつも、ここに来ちゃって。」
泣きながら鷹人をギュッとすると、
「ママ良い子、たっくん、がまん。」
と言ってくれた。
毎晩、黎人は霊力不足になる陽織に、補給に来る。
お仕事、忙しいのに。
それをわかっているから、ついごめんなさい、と言ってしまう。でも、以前ごめんなさい、禁止、と言われたことがあった。だから
「ありがとう、黎人さん。」
そう言うと、なんで?と返された。
「だって、僕が欲しくて、陽織に産んでもらうんだよ。僕の方がありがとうだよ。頑張ってくれて、ありがとう。」
そう言われて、陽織は嬉しくなる。
良い夫だ。
何度もキスされても、嬉しくなる。
本当はもっと甘えたい、そう思うけど、今は無理だ。
それは黎人も同じらしく、
「早くて、大丈夫な日にならないかなー。」
と呟いていた。
金曜日、林田は社長室に呼び出されて、黎人にこれでもかと厭味ったらしい注意を受けた。
きちんと知財との連携をするように。
それでも大学院を出ているのか。
法学部なら法律の専門なのではないのか。
など。
(いえいえ、三年で司法試験受かるような天才に言われるほど、優秀ではありませんので。)
と、口から出そうになるくらい。
広報室に戻った林田は、先輩や同僚にいろいろと慰められて、知財に行った。
知財へ行く途中、総務部の女性社員が給湯室で泣いている姿が見えた。
「元気だしなよ。失敗は誰にでもあるんだから。」
「でも、社長にあんなに怒られるなんて思わなかった。」
と言っていた。
昼休み、社員食堂の隅でも、営業の先輩がかなり厳しく失敗を指摘されたと、へこんでいた。
それを聞いて、神柴綾人はまずい、と思って慌てて社長室に向かう。
社長室では、黎人が昼休憩も取らずに仕事をしている。
「社長、もうお昼ですが。」
そう声をかけると、忙しいと言うだけで、顔も上げない。
確かに先週から、同じような処方薬の権利をめぐって、他社ともめ始めているのは知っている。
今回も注意を受けた社員は、すべてその薬にかかわっている者ばかりだ。
それでも今までは、こういったことも余裕で勝ち取っているのが黎人だった。
なぜ今回はこれほど余裕がない顔をしているのだろう?
「少しは休憩をとったほうがいいですよ。」
そう声をかけた。
少しだけ顔を上げたが、すぐに書類に目を戻す。
「何か召し上がるだけでも。そんなに余裕がないご様子だと、失敗しなくていいものも、失敗しますよ。」
そう注意したら、やっと、何か買ってきてほしいと答えた。
「あ、それと次いでに、知財の部長と神岡に、新しい資料を作るように伝えてくれ。」
「それから、弁護士の笹神先生に、この件で知財ともう一回話をしたいと、時間の調整を。」
ようやく、いつもの黎人に戻ったように見えたが、一体何があったのだろう?
陽織が火曜日から入院していることは知っている。
水曜日は普通だった。木曜日の昨日も、普通に病院に寄ってから帰ると言って、退社している。
何かあったとしたら、そのあとになる。




