陽織、たまたまだよ(就職編)
カレンダーを見た。
病院、点滴、大学、卒論、試験勉強、点滴…。
2週間、繰り返した。
鷹人の時は、ほぼ1ヶ月。
あと、2週間我慢すれば。
そう思いながら、朝起き上がる。
土曜日に病院に行って、日曜日に高樹と高嶺がやって来て。
2日続けて点滴をしたから、体力は少し戻ってる。
今朝は気分も良い。
大丈夫。
そう思って起き上がり、支度をして下に降りた。
キッチンに立って朝食を用意する。
味噌汁が作れないので、最近手抜きになっている。
お弁当も作れない。
せっかく、みんなの前で、黎人が妻のお弁当って自慢してくれたのに。
何もできない自分が情けない。
鷹人の時は気にならなかったことが、急に気になる。
温野菜のサラダに、ベーコンを焼いた。
ご飯と、青菜のお浸し。
テーブルに並べると、立ってられなくなった。
どうしよう。
休みたくない。
でも、行って迷惑もかけたくない。
うずくまっていると、起きて来た黎人と鷹人が駆け寄って来た。
もう、嫌だ!
なんか、恥ずかしい。
『恥じることはない』
そう、神薙は言ってくれたけど、卒業まで頑張るって自分で言ったのに。
「ママ、良い子良い子。」
鷹人が頭を撫でてる。
泣いていたみたいだ。
「陽織、今日は休もう。ね。」
そう言われて、やっと立ち上がって、またしゃがみ込むと、黎人に抱えられて2階に連れて行かれた。
もう階段を降りる気力もなかった。
「欠席の連絡、しておこうか?」
大丈夫、と小声で答えた。
朝、陽織から欠席の連絡が来た。
羽織と佳織、日緒理の3人宛に。
羽織は陽織が入学前に入院までして、大学を早々に1ヶ月休んだ時のことを知っている。
スマホを見た途端、やっぱり、と言っている。
今朝は朝イチに試験のための講座なので、午前中はみんな一緒にいた。
「2週間、よく頑張ったと思うよ。」
と羽織が呟く。
「そんなにひどいの?なんか、自分がそうなった時のこと考えると、怖い。」
佳織が青くなる。
「まあ、1ヶ月くらいで、あとはケロッとしてるんだけどね。このひと月が大変みたい。前はほとんど食べられない、飲めない、食べても飲んでも、全部戻しちゃう、って言ってた。」
日緒理がこの2週間を思い出して、
「うーん、たしかにそんな感じだったかも。お昼食べることはできたけど、やっと、って感じだったし。」
「でも、勉強とかに夢中になってると、忘れてるんでしょ。」
と、羽織が苦笑いすると、そうそう、と日緒理が答えた。
「先週、社長、あ、黎人さんも来て、神薙先生に挨拶していた。迷惑かけてるって。でも、知り合いみたいだった。陽織のことも、様って言ってたし。」
神薙と聞いて、羽織は、あー、と気づく。
「神薙先生、神家の人だから、陽織のことは色々理解あると思う。」
「神家?」
「前に話した、十神家に仕えている家、ってことかなー。神代はたくさんいるから、その一人なのかもしれない。」
とは言っても。
と、羽織は考え込んでいる。
たぶん泣いてるなー。
今頃。
なんか訳わからず自分を責めて。
「しばらく来られないようなら、一度行ってみるかなー。様子を見に。」
「大丈夫なの?」
「うん、行った方が陽織、元気出ると思うから。」
さすが、長い付き合い、と2人は感心した。
「とりあえず、今日の講座は全部録音しておいてあげよう。」
お昼頃、美咲がお粥を持って来てくれた。
ふた口くらい食べて吐いた。
黎人が置いて行ったスポーツドリンクも飲んだ。
それも、飲むたびに、吐いている。
最後は吐くものがなくて、胃液になる。
胃の中が空っぽになっても気持ち悪い。
吐くものはないから、ただ横になっている。
夕方、羽織から動画が送られて来た。
今日の試験対策講座の様子。
(撮ってくれたんだ。)
ベッドの中で、スマホを見ながら、自分が情けなくて涙が出る。
神橋に知られたくない。
もし知られたら、やっぱり就職ダメになっちゃう。
これから、何回繰り返さなくちゃいけないんだろう。
美咲が以前、男の子は最低3人って言ってた。
もし、その間に女の子ばかりだったら。
『いくら男女平等と言っても。』
以前、パーティーで、梓沙や紗香のことを話している人たちの言葉を思い出す。
嫌だ!
その時、スマホが鳴った。
湊人?
「お、陽織、俺これから帰るけど、なんか欲しいもんあるかー?」
湊人の声を聞いたら、急に笑ってしまった。
「あはは、ん、じゃあ、スポドリ。」
と答えた。
「ん?少し元気出た?了解!」
そう言って湊人が電話を切った。
なんでだろう。
千織が、羨ましい。
「湊人、助けて。」
思わず、声に出てしまった。
そのまま膝を抱えて泣いていたら、玄関が開く音がした。
「ただいまー。」
と言う声が聞こえる。
本当は下に降りて、おかえりなさいを言いたいのに、立ち上がれない。
そのまま、バタバタと2人分の足音がする。
鷹人にしてはうるさい。
「よ!」
と入って来たのは湊人だった。
そして黎人に頭を叩かれている。
「なんで、他人の寝室を黙って開ける!」
2人の様子を見て、思わず吹き出してしまった。
「どう?スポーツドリンク欲しいなら、僕に連絡してくれれば良いのに。」
黎人が拗ねている。
「たまたまだよ。」
笑いながら答えられた。
泣いてたところ、見られなくてよかった。
2人は同時に同じスポーツドリンクを、陽織の枕元に置いた。
「そろそろ、たっくんお迎えに行かないと。」
陽織が立ち上がろうとすると、黎人がすぐに支える。
そのまま黎人は陽織に口付けをした。
それを見て、湊人は目を背けた。
「じゃあ、俺、戻って伝えてくる。」
「少し楽になった?」
「うん、ありがとう。ほんと、わたし黎人さんいないと、生きていけない。」
陽織がそう言って、両手を黎人の背中に回して抱きついた。
気づくと、陽織は着替えていた。
「あれ?着替えられたの?」
朝は大学に行く支度をしたまま、横になっていた。
「お母様が、お昼に。」
「そうか。」
陽織を抱きかかえて下に降りると、ちょうど美咲が鷹人と一緒にやって来た。
「ママ、パパ、おかえりー。」
鷹人が抱きついて来た。
「たっくん、今日は保育園楽しかった?」
陽織が笑って聞くと、鷹人は少し安心する。
鷹人には今朝心配させてしまったから。
「ママ、だい、じよーぶ?」
と聞いてくる。
「大丈夫。」
と返事すると、鷹人はえへへと笑った。
そのあと、3人はテーブルで夕飯を食べるが、陽織はやっぱり食べられない。
一瞬でも、と座ってご飯を三口ほど運んで、そのまま洗面室に駆け込む。
美咲が立って、黎人たちにはそのまま座っているように告げた。
「どう、少し落ち着いた?」
「はい、また全部出ちゃったー。もう、空っぽ。」
なくなると、少し落ち着く。
でも、洗面台の下にしゃがみ込む。
「陽織ちゃん、1週間くらい、落ち着くまで、病院に入る?ずっと、点滴して貰えば、体力戻るし。」
1週間。
「前は1ヶ月だったけど、最後の10日くらいは、かなり楽になってたじゃない。だから、1週間くらい毎日点滴して貰えば、全然楽になるよ。」
美咲が話していると、食事を終えた黎人もやって来た。
「でも、わたし、霊力もなくなっちゃうから。」
「1週間なら、黎人か鷹人が病院に行ければ良いんだから。黎人が忙しいなら、わたしが鷹人を連れて行くわよ。ね。」
と、美咲は後ろに立っていた黎人と、鷹人に言う。
「たっくん、ママのとこ、行く。」
「鷹人、大丈夫だよ。パパが毎日行くから。」
なんか、ちょっとだけ黎人が怖い。
翌日、午前だけ休みを取った黎人に連れられて、明王大学病院に行く。
陽織はそのまま病室に連れて行かれ、点滴を繋がれた。その途端に、楽になる。
このまま帰れそうな気持ちになる。が、
「良かったわ、来てくれて。このままじゃ、栄養不足で、赤ちゃん死んじゃうところよ。とりあえず、1週間、様子を見ましょう。」
東山にはそう言われた。
その朝、羽織たちには、黎人から陽織が入院した、と言う連絡が入った。神薙にも。
「土曜日あたり、わたし陽織の様子見てくるね。」




