陽織、色々うざい!(就職編)
軽井沢から帰って、また日常がもどる。
お盆前に黎人は苦手な懇親会。
陽織はレイリーの報告書の作成。
今年の夏休みのバイトは、羽織と日緒理が週2日で、湊人と宏輝が逆に毎日来ていた。
新人も何人か入った。
結界の張り直しは、結局1人が2ヶ所担当することで、なんとか全部直すことができた。
2ヶ所目は、陽織が苦手な階段のない、平坦な場所にある神社にした。
湊人と宏輝は結界だけでも、そこそこのバイトになったので、今回バイトしているのは、お金のことよりも、少しでも羽織と一緒にいたい宏輝と、就職までに会社に顔を覚えてもらうことが目的の湊人だった。
「なあ、宏輝は来年羽織が就職したら、辞めるの?」
と湊人が聞くと、
「いや、それとは別。それに羽織の就職先なら、この近くだし。」
へえー、と湊人が感心する。
以前は翔太に遠慮して、絶対に知られないようにしてたのに。
まあ、ずっと片思いしてたし。
実って良かった、ってことか?
去年のバイトは無事におわった。今年は無事以上に、頑張って評価を出したい!
バイトだけど。
と言うのが、2人の本音。
「湊人、張り切りすぎて、階段から飛び降りるなよ!」
「やらねーよ。最近、陽織も内定もらって落ち着いちゃったし。」
「え?マジで陽織、就職するの?」
2人がいつもの社員食堂で、コソコソと話している。
その日は、グループ会社の社長たちがランチミーティングをしているので、黎人は来ない。
何を話しても、聞かれることはない。
「結婚、こども、就職かー。なんか陽織に先越されすぎて、色々悔しいんだけど!」
「あ、わかる!アイツさー、勉強はできるけど、生活力皆無だと思ってたからなー。すぐ泣くし。」
「会社で、泣かなきゃいいけど。」
宏輝は5号館の実験等に行けなくて、泣いていた陽織を思い出した。
「絶対あるよ!もしかしたら、入社式で泣いたりしてな。配属先の場所わからなくて行けない、とか!」
と湊人が言うと、後ろからガツっと肩を掴まれた。
え?
綾人だった。
「社長はいなくても、わたしは聞いてますよ!」
そう睨まれて、2人はごめんなさい、と謝る。
9月の夏休みも、陽織は論文と中間報告で、大学とレイリーを毎日往復していた。
家では、軽井沢の一件があってから、鷹人がやたらとくっついて来る。
2度と置いてかれまいとしてるのか。
そして、なぜか黎人もやたらとくっついて来る。
国家試験の勉強したいのに!
どんなに陽織が遅くまで勉強していても、一緒に仕事して待っている。
そして必ず一回は抱いてくる、
もう、うざい!
面倒になってとりあえず、相手をすることにした。
後々、グダグダ言われると、勉強にならない!
「黎人さんも、忙しいんだから、早く休まれた方がいいんじゃないですか?」
と聞いたが、「だから早く!」と、急かしてくる。
わけがわからない!
そして、その間にも、黎人が招かれた大使館関係のパーティーに、陽織は出席した。
「もう、サファイアまみれは嫌ですから!」
と言うと、美咲が単衣の訪問着を持って来た。
「やっぱり、外国の方が多い時は、お着物よね!」
といって。
もちろん、新着だった。秋らしくオレンジがかったピンクに赤茶が地の色。そこに鮮やかな黄色と赤のダリヤ(秋薔薇)の花が印象的だった。
うわっ、海外の人が好みそう!
会場では、姿はもちろん、2人が通訳なしで話すのも、印象的だった。
特に陽織は英語以外もアジア系以外なら、ほぼ通訳はいらない。
居合わせた神北や、陽織に内定を出しながら蓮也に阻まれた外資系食品会社の社長が、それを見て悔しがっていた。
そしてようやく、9月が終わり、中間報告の日が来た。
3回目だけど、毎回緊張する。
うー!ドキドキするよー!
しかも、前回からなぜか陽織にも道を開ける。
だからやめてー!
仕方ないので、エレベーターを降りてすぐ、トイレにしばらく隠れて、そのあとはとにかく隅に隠れた。
席は今でも末席なのでホッとする。
今回は、神代グループで賃貸物件を扱う、江南不動産の女性社長神南沙都子。レイリーの上のマンションも扱い、レイリー自体が、こちらからの賃貸だ。
「いつも、お世話になっております。」
陽織は先に挨拶をさせてもらった。
場所を借りているのは、自分たちだ。
「こちらこそ。レイリーの評判はいいですもの。子どもたちが、中庭で遊ぶ、と言う発想は陽織様と聞きます。安全面を考えても素晴らしいですわ。駐車場や車止めも考えられていて、社員だけではなく、入居の希望者がいて、今後、それをどうするかが課題です。レイリーの入園希望と同じ悩みです。」
と褒められ
「ありがとうございます。人気が外の方にも広がる、と言うのは嬉しい反面難しいです。」
と、陽織もこたえた。
特に、賃貸の部屋を空けたまま、遊ばせると言うのは、問題だと。
「確かに。」
午前中にレイリーの報告、質疑応答も終わり、いよいよ問題の昼食、となった時に、秘書課の女性が綾人に何やら話している。
「あー、それなら間違いないです。こちらで受け取ります。」
綾人が何かを受け取り、陽織のまえに持って来た。
子ども用の松花堂弁当。
!は、恥ずかしい!
チラリと黎人の方を向くと、ニヤリと笑われた。
「うー!」
しかし蓋を開けた途端、陽織の目の色が変わる。
さすが一流老舗の和食職人の子ども用!
思わず写メを撮り、一つ口に入れてはメモを取る。
一品一品、写真に保存。
卒論に使えるわ!!!
これ、すごい!
子どもの嫌いな椎茸が全然気にならない。
うわっ、可愛い!
やっぱりプロは違う!
気がつくと食べるよりも、ノートびっしりに、メモが並ぶ。
これはダメだよ!赤色◯号!
着色料じゃん!
陽織のまえに、神橋と黎人が立っていることに気づかない。
へえー、お魚っぽくない上に薄味!
これは子どもだけじゃなく、
お年寄りにも良いかも。
「なるほどー。」
急に頭の上から声がして、陽織はハッと顔を上げた。
神橋だった。
黎人が隣でクスクス笑ってる。
「これは、落ち着いたら、介護食や幼児食の開発部に欲しいですねー。」
え?開発部?
「今度、コシロでは幼稚園に出す給食や、離乳食、高齢者の介護食の開発もやる予定なんだ。」
黎人が隣て答えた。
「でも、陽織、夢中になってるところ悪いけど、そろそろ時間。」
あ、と時計を見ると、あと5分をきっている。
メモに夢中で、ほとんど一口程度しか付けていない。
陽織は慌ててバッグの中から保冷バッグを出して、蓋をしたお弁当を入れる。その中に、手から出した氷も一緒に。ちょっとやりすぎて、部屋の温度を下げ過ぎた。寒い!
「保冷バッグ持って来たの?」
「良いじゃない!フードロス削減です!わたしの夕飯にします!」
か、実験材料?
そう言われて、黎人は笑いながら席に戻った。
午後最後の休憩。
トイレから出た途端、陽織はふらついた。
寝不足?
う、ぐるぐるする。チカチカするー。ふわふわ。
そしてブラックアウト。
貧血?
そのまま廊下に倒れた。
「陽織ちゃん!」
慌てて悠人が支えた。
「誰か、黎人を!」
気づくと革張りソファーの上で横になっていた。
会議!
起き上がると、またクラクラする。
「大丈夫ですか?」
綾人がいた。
「会議!」
「あー、もうそろそろ終わりますね。」
「わたし、リタイア、しちゃったー。」
「大丈夫ですよ。レイリーは午前中に終わっていたし、そろそろ社長も、戻られるかと。」
時計を見ると、もうすぐ5時だった。
(うー、やらかしたー。絶対に神橋社長に、呆れられたー。せっかく、開発部?に、認められそうだったのにー!悔しい!悲しいー!)
陽織は横になったまま、両手で顔を覆った。
そのうちバタバタと足音がして、黎人が息を切らして飛び込んできた。
「あ、気がついた!良かったー。」
先程まで、陽織が倒れたことを知った蓮也から、国家試験の勉強で大変な陽織に、今回の会議は別の人に頼むべきだったのでは、と注意をされたところだった。
「とにかく、今日は、早く、帰ろう。」
ソファーの前に膝まづいて、黎人が陽織の手をどかして顔を覗き込む。
おでこをつけたり、頬を手で触ったり、ぎゅっとしたり、色々うざい!
「大丈夫、です。黎人さんは、仕事、して下さい。」
と、黎人の手をどかす。
そして、そのあと悠人も入って来た、
悠人から、会議の様子はひと通り説明された。
退席せざるを得なかった綾人に対することもある。
どうやら、陽織が倒れたあと、黎人が抱き上げて社長室に運んで、休憩が10分ほど延長されたこと。
ほとんどの会社や役付きの報告はスムーズに進んだこと。質問をしようとすると、なぜか黎人が
「つまらない時間伸ばしの質問は却下!ここにいる優秀な皆さんなら、それくらい聞かなくても、わかりますよね?」
と一刀両断していたこと。
最後の質疑応答、黎人は不機嫌極まりなく、ほとんどの甘い意見は話し合いの時間も与えられず、却下されたこと。
サクサクと会議は終わり、延長したにも関わらず、通常よりもかなり早く終わった。
廊下でダラダラと話していたり、蓮也にご機嫌伺いのような挨拶をする社長や重役たちには、黎人が次々と睨みを利かせて、さっさと退散させた。
「狭い廊下に邪魔です!」
「黎人、社交の場も大切だよ。」
と蓮也が言うと、
「仕事に馴れ合いは不要です!」
と、黎人は答えた。
馴れ合い。
不機嫌。
ヒソヒソ声の年配者と比べ、若くて合理的な考えの社長や重役は、このやり方を賞賛した。
「今日の会議は、早くて良かったな!」
「さっさと帰って、仕事できる!」
「良かった!お客様との約束の時間に間に合う!」
と。
悠人から聞いた綾人は頭を抱え、陽織は乾いた笑いを浮かべる。
それから30分後、外のざわめきが聞こえなくなると、悠人が、ちょっとした報告をして帰って行った。
やっと、祈梨と結婚が決まったらしい。
「わ、おめでとうございます!」
「一応、秋に予定しているんだけと、しばらくは共稼ぎしたいんだって。まあ、良いかなー。とりあえずは、陽織ちゃんに色々教えてもらいに行くと思う。」
何を?
と、陽織は疑問を浮かべる。




