陽織、人が良い(就職編)
前期試験の勉強、国家試験の勉強、卒論、そしてレイリーの中間決算。
文字通り、寝る間もなく一日がすぎる。
流石に気の毒になったのか、黎人が公認会計士の先生を最初からつけてくれた。
夕飯の支度も、クリアとスピカに任せる。
お弁当作りも諦めた。
前期試験の科目は4つしか残っていないが、手を抜いて悪い成績を取りたくない。
羽織と日緒理も今年のバイトは週2に減らしている。
神嶋の仕事なんて論外だ。
学食でうどんをトロトロだべている陽織に、2人に一応就職が決まった話をした。
「え、コシロに行くの?確か理学部の生命にも1人いたよね。」
「うん。あっちは研究職。わたしはダメだって言われて、一般になった。」
「ダメって?」
日緒理が不安そうに聞く。
「女性だから?」
と。それに対して、陽織は首を横に振った。
「お義父様とお義母様が出てきて、研究職なんて残業が多いところ、家庭崩壊するからダメだ、って。これから2人目も作らなくちゃならないのに!って、ひどくない?わたし、それ、強制なの?」
陽織の話を聞くと、2人はあー、と納得する。
ところが、その一番論外にしていた神嶋が、黎人のところに泣きついてきた。珍しい。
どうやら大規模な結界が壊されて、周辺地域に災害が起こってしまったと言うことだった。
場所は北関東。
別荘などもある有名な温泉地にある神社だ。
神社は神威なので基本大事にしてくれる地元の人がいれば、きちんと存続する。
しかし、およそ一年ほど前、あの周辺におかしな宗教団体が移転して来たと言う。
その団体は、直後に解散となり事なきを得た、かのように見えた。
しかし、その団体を率いてたのが、神次修也だった。
神嶋が神次から聞き取った話では、そこを拠点にするには地元の神社が邪魔だった。そこで、神社の結界を壊した、と言う事だ。
そして、7月初めの大雨で、その周辺で土砂崩れが起き、周辺住人に死傷者が出てしまった。
どうやら、神次が岡元と連んでいる間、もしくは潜伏している間に、あちらこちらで、同様のことをやっていたことがわかった。
「で?そのすべての結界を、僕が全部貼り直すんですか!?」
電話で話す黎人の声が怖い。
しかも、ここは会社の中の社長室。
「いくら僕でも、そんな大掛かりな物、簡単にすべて修復なんかできません!だいたい、全部で何ヶ所あるんですか!?」
「さすが、黎人さん。なんだかんだ言って、やっていただけるんですね?全国で17ヶ所になります。」
神嶋がそう言った途端、黎人は受話器を投げつけるように切った。
「ふざけるな!」
それから数分おきに、神嶋から電話がかかるが、黎人は無視して出ない。逆に大事な電話にも出ない、と言う状態になってしまい、綾人は取り次に大変だった。
「神柴、陽織にも神嶋からの電話には絶対に出るな、と伝えてくれ!ちょっと会長室に行ってくる!」
と言ったが、すでに遅かった。
陽織は前期試験が終わり、大学で卒論を書いていた。その時、神嶋から電話があった。
なんでも、長雨のせいで町にあった貯水池の一部が崩壊し、地元の幼稚園や小学校が浸水で機能していない。神社の結界が壊れたせいなので、貼り直しをお願いしたい、と。
「え?幼稚園が、ですか?それは大変ですね。で、場所は?」
と、神島は陽織が食いつくポイントを巧みに利用して、陽織の承諾を先に得てしまった。
詐欺師だ!
昼休み、陽織から電話をもらった黎人は、「やられた!」と、神嶋の姑息な手に騙された陽織の人の良さを恨んだ。
「でも、陽織は今忙しいんだよ!そんなことに関わっている暇はないでしょう?」
「うん、でも卒論はまだまだ時間あるし、レイリーの方もなんとかなりそうだし、試験も終わったから、わたし大丈夫だよ?だって、小さい子が、幼稚園に行けないなんて、可愛そうだよ。」
陽織の言葉を聞いて、黎人は神嶋のヤロー!と、罵声を浴びさせたくなった。
「陽織、それ騙されているとは、思わないの?」
「え?でもちゃんと、そのニュースなら、陽織も知ってるよ?原因は知らなかったけど。本当に、神次って人、ロクなことしないよね!」
そう言われてしまうと、確かにこの件で憎むのは、神嶋ではなく、神次だ。しかし、なんとなく、理解したくない。結局、陽織の正論に負けて、黎人は神嶋からの電話を受けた。
その後、蓮也との会話で、17にも渡る結界修復は簡単にはできない、とすぐに話し合いの場を決めた。夏の会合を前倒しにする。
詳細は神嶋に、そして配置と人員分けも任せた。
「陽織さんも、人が良いなー。」
蓮也は呆れて笑った。
「本当です。これから子作りしようと思っていた矢先に!」
「陽織さんは承知しているのか?」
「まだですが、卒業したら、と言うことは何度も言ってます。それに、あんな、寂しそうな鷹人を見て、何も思わないわけがない。」
黎人の言葉に一抹の不安を感じないわけではないが、蓮也はとりあえず息子を信用することにした。
「しかし、そうなると就職の方はどうするんだ?」
「またこれからですから、その時になったらきちんと説得します。別にレイリーだって、高嶺さんのところだって、仕事がないわけじゃないんだ。陽織は贅沢なんですよ。」
黎人は自分が選んだつもりでも、他に選択肢を持たずにココにいることを考えると、陽織のことが正直わがままに思えてならない。
「もちろん、絶対はありません。でも、そろそろ本当に考えないと。」
神様の子、神代の跡取り、鷹人1人ではあまりにも可哀想すぎる。荷が重すぎる。
黎人にとっての悠人のような存在。
「ちゃんと、話さないと。」
神嶋からの依頼は、全国に広がる。とは言っても、流石に九州や沖縄、四国の被害はなさそうだ。
そこで、関西は紗香に連絡をして京都の神月家が中心になり、5ヶ所を受け持ってくれた。
残り12ヶ所。
大神と2人、現役高校生を含めた若手メンバーを12のグループに分ける。
現役高校生には、美織の弟妹や黎人の従弟、神明家の息子がいる。他にも、神林の娘や高嶺たち神月家の従弟妹もいた。
翌日、神嶋から暫定の組分けが来た。
「神嶋さん、うちは僕たち3人と巫女、あと陽織だけで大丈夫です。陽織は戦力になるから。それより、高嶺さんのところは葉鳥と幸穂に入ってもらいましょう。葉鳥の巫女は幸穂だから。それで、ここは高嶺さん、和嶺、葉鳥、宏輝でできる。問題は翔太と克哉のところですね。ちょっと待ってください。」
黎人が綾人に連絡をとっている。綾人と真凛も加わるらしい。
何せ12ヶ所だ。全部で48人の術者と巫女がいることが理想になる。しかし、実際に巫女はそんなに多くない。陽織の学年でも、美織たち3人しかいない。
「巫女なしの術者は2人一組で組んでもらうとして。」
黎人は夕飯が終わると、神嶋からのデータを元に、組分けの編集をやっていた。
「ごめんなさい。わたしが安請け合いをしたから。」
陽織が、申し訳なさそうに謝る。
その通りだ、と言いたいが、放置して、後々問題が大きくなる方が厄介だ。
「陽織の言ってることは間違ってない。ただ、とにかく人が足りない。」
今回、黎人は全てを若手でし切っている。親たち世代を1人も入れてない。その理由を聞いたら、ただ一言「新旧交替」と言われた。どう言う意味だろう?
7月末。黎人、悠人、湊人は陽織とそれぞれの巫女を連れて、すでに災害が起きてしまった温泉街に来た。
「夏に温泉って、暑くね?」
湊人が着く早々、バンダイファンを使ってる。
「陽織ちゃん、熱中症にならないでね!」
暑さに弱い陽織は、車を降りてから、ずっと体が揺れている。
「夏だからとか、温泉地っから、と言う暑さかなー。なんか、普通以上に暑いような。」
「もうすぐで、神社だ。そこに行けば木陰があるだろう。」
そう、災害で町の大きな道路が陥没してしまったため、近くまで車で来ることができなかった。
「たっくん、置いて来て、正解、だったね。」
陽織はすでに息が上がっている。
「陽織1人なら背負えるから、言って。」
黎人に言われたけど、
「だ、大丈夫!わたしがうっかり、引き受けちゅったんだから。」
と、頑張った。
神社までの参道は、上り坂の階段。
暑さに加えて、それも辛かった。
やっと上り詰めて拝殿が見えてくる頃には、陽織はすでに体力がなくなっていた。
や、やばい!
結界、どころじゃ、ない!
な、なんで、みんな、平気、なの?
黎人と悠人、湊人が神社全体を歩いて回る。
その間、陽織は神社の入り口にある、社務所で休ませてもらう。
座ってる、と、寝ちゃい、そう。
そんなことを考えながら。
千織が隣に座って心配そうに覗いている。
祈梨は悠人に着いて行った。
「陽織ちゃん、大丈夫?顔色悪いよ。」
千織がハンディファンの風を陽織に送っている。
2人は神社の人から水をいただき、飲むとかなり楽になった。
一応、拝殿は山の上にあったので、下よりはずっと涼しい。それでも、陽織は汗だくだった。
なんか、揺れる〜。
4人が結界の綻びを見つけて戻って来た。
「それじゃ、綻びを直して結界を張り直そう。
悠人に言われて千織と陽織が立ち上がる。
「大丈夫?」
祈梨にも心配されて、陽織は少し情けない。
一番若いはずなのに?
祈梨と千織を社務所に残して、黎人と陽織が綻びの前に立った。綻びの向こうから、今にも巨大な蛇の頭が出ようとしていた。
「蛇?大蛇?」
「んー、大蛇かなー?そんなに強そうには見えないけど。」
「でも、出てくると面倒だよね。」
そう陽織に言われて、黎人は綻びに向けて刀印を放ち、さらに柏手を打って、綻びを閉じた。
「さて、それじゃ結界を張り直そう。」
そう言って、離れたところに立つ悠人に合図を送る、陽織も反対側に移動した。陽織が立ち位置に着くと、湊人がそれに合わせて動き出す。
一斉に、二匹の龍と小龍、白兎様が現れて、結界の形を取り始めた。
4匹が空に舞い上がり、光を放つ。
それに合わせて、大きな柏手が木々の中に響き渡る。瞬間、神社全体を覆う結界が姿を見せる。
キラキラと眩い光を放ちながら、神社全体を包み込んだ。
そして、その光は、周辺の町にも広がる。
今まで浸水していた場所から、徐々に水が引いていく。
倒れた木々が、道路から姿を消して、泥に塗れていた公園や、学校、幼稚園の遊具を洗い流した。
災害で失われた命はまた破らない。
しかし町全体が、災害時と同じような姿を見せた。
その奇跡のような光景に、町の人が久しぶりの笑顔を見せる。子どもたちが、家の外に出て来た。
黎人に背負われて神社を降りて、地元の子どもたちが、公園で遊ぶ姿を見ると、陽織はそのまま寝てしまった。
今回、黎人、悠人、湊人はそれぞれ別の車で来たので、帰りも別々だ。
黎人は助手席に眠ってしまった陽織を座らせると、車を発進した。




