陽織、うまい話(就職編)
不本意ではあるが、陽織はコシロの内定を受けることにした。
頑張って仕事していれば、もしかしたら研究職に行けるかもしれない。そう信じて。
7月末、試験が終わっても、卒業論文が残ってる陽織は、結構忙しかった。
一方、仕事も順調な黎人は、お盆前まで意外と時間に余裕がある。
もうすぐ3歳になる鷹人も、楽になってきた。
「ねえ、そろそろ2人目。」
と言う美咲の言葉に乗ったら最後、絶対に就職に影響が出る!
「もう、黎人さんだって、まだ大変ですよね?」
と陽織は言うが、黎人は万年どこ吹く風だ。
実を言うと、黎人的にはあの事件後、早めに2人目が欲しかった。しかし、いざ欲しいとなると、意外とできないものなのだろうか?
できるだけ、陽織を外に出さないと言う状況と口実が、黎人は欲しい。
今回も、就職に反対しているわけではない、わけではないが、できれば家にいて欲しい。
しかも、陽織が望んでいた管理栄養士の仕事ではなく、かなりかけ離れた仕事だ。
もしかして、子どもでもできれば、気が変わるかもしれない。
両親の話から考えて、今がチャンスだと、思ってる。(陽織だってお腹が大きいのに、無理に仕事したいとは思わないよね。)
と考えて、以前にも増して、積極的に取り組んでいる。が、全く気づいていない、鈍感さが、やっぱり可愛い。
そう、黎人は密かに画策してはいた。
「本当は、今年の夏休み頃に2人目生まれるといいなーって思ってたんですよねー。」
黎人が高嶺に話している。
「なんで夏?」
「ほら、いくら理系でも4年はそれほど忙しくないし、陽織なら国試も大丈夫だろうから。だったら前期試験終わってすぐ、8月頭くらいに生まれればって。そしたら、陽織、ガッツリ就活始めちゃって。」
高嶺はそれを聞いて笑い出す。
「黎人はさー、陽織に就職してほしくないんでしょ?結局のところ。だったら、人選ミスだよ。」
「人選?」
「梓沙は専業主婦だよ。梓沙と仲良くなれば、専業主婦も良いかなー?って思ったかもしれないよ?」
それを聞いて、黎人はしまった!と気づいた。
そうだ!陽織は、がっつり就職した祈梨と話して、祈梨に憧れている!今も共稼ぎの絵梨花と仲が良い。
「もう、遅いです。」
黎人はガックリと肩を落とす。
天神の事件から後、黎人は子どもの頃のように、何かと高嶺に相談することが多くなった。
「だったら、陽織が望む通り、卒業したらすぐに生まれる、くらいを狙えばいいじゃない!」
「でも、それ絶対に怒りますよね!せっかく就職したのに!って。」
高嶺がふむふむと考える。高嶺にとっても陽織は可愛い妹だ。変なセクハラ親父がいそうな会社勤めなんかに行かせたくない。
できれば、女性の多いレイリーのようなところで、のんびりと仕事して欲しい、と、ほぼ黎人と同じような考えを持っている。
陽織はぽややんだし。
「今度の土曜日、3人でうちに遊びに来なよ。梓沙も楽しみにしているし。」
高嶺が、突然そう提案した。
土曜日、黎人が陽織と鷹人を連れて高嶺の家に行くと、陽織は病院の方へ案内された。
午前中は診療しているらしく、患者さんがいる。
そのまま、院長室というところへ案内されると、中には祖父の神月高志がいた。
「おじいちゃま?」
陽織が驚きながら入ると、事務の人がお茶を出してくれた。
「おー、よく来たなー。」
祖父は陽織を院長室のソファーに腰掛けさせると、急に書類らしきものを取り出してきた。
「陽織、神月総合病院の管理栄養士にならないか?」
と、突然言ってくる。
「?なんで?」
「いや、前々からここに来る年寄りたちの栄養指導をしてもらえる人材を探していたんだ。」
陽織はあまりにもうますぎる話しに、警戒をした。
「それって、誰の考え?」
陽織がそう言うと、高志は怪訝な顔になる。
「高嶺から聞いてなかったか?陽織が卒業したら、声かけるって。」
陽織は初耳だ。どうしても、信用できない。しかし
「おかしいなー。」
本心から高志は首を傾げている。
「わたし、今初めて聞いたよ?それに、仕事するなら、もう少し先輩がいて、まずは教えてもらえるところが良い。」
陽織がそう言うと、なるほど、と高志はうなづく。
「確かに、色々な経験をした方が陽織にも良いだろう。わかった!わたしの知り合いの、大きな病院を紹介してやろう!」
「本当?」
と、高志と陽織が話をしていると、突然高嶺が入ってきた。
「院長先生!それじゃ話しが違うじゃないですか!」
しかも、後ろには黎人がいる。
あーやっぱり!
「陽織、こんなに良い話はないと思うよ!高嶺さんの病院なら結界もしっかりしているし、安心だ!」
どうやら、陽織を神月総合病院で、と言うのは2人の考えだったようだ。
陽織はそれを知って、なぜ2人が連んで陽織の就職について口を出すのか、と言いたくなった。
その後も、お昼で終わる病院を閉めると、高嶺は梓沙が待つ自宅の方へ、陽織たちを連れて戻った。
「陽織ちゃん、鷹人くんや黎人さんも、いらっしゃい。」
梓沙は、鷹人と同じ歳の大地と、もうすぐ一歳になる剛樹をチャイルドサークルの中で遊ばせながら、お昼の用意をしていた。
専業主婦でも、子どもが2人もいると大変そうだ。
陽織はそう思う。
わたしには無理!
「大くん!」
鷹人は従兄弟の姿を見つけると、すぐに手を伸ばしてそばに近寄る。
少しだけ片言が話せるようになった剛樹も、2人の方に手を伸ばす。一緒に遊んで欲しいみたいだ。
梓沙が鷹人をチャイルドサークルの中へ入れてくれた。そのとき、剛樹が
「うーうー」と大地に手を伸ばしてハイハイする。
大地がそれを抱き止めているのを見て、鷹人は羨ましそうな顔をしていたのを、黎人は見ていた。
(そういえば、僕は最初から悠人がいたから、寂しくなかったんだなー。)
お昼を食べながらも、鷹人は大地が剛樹の面倒を見ている様子を時折見る。陽織は気づかないふりをしていた。無理なのだから。
「鷹人も、弟欲しい?」
鷹人を膝の上に乗せた黎人が聞くと、鷹人は
「うん!」
と大きくうなづく。
(やめて、黎人さん!たっくんを煽らないで!)
陽織はいたたまれない。
「僕も、大地くらいの時に、和嶺がいたしね。黎人なんか初めから悠人がいて、寂しくなかったでしょ。」
高嶺は悪気がないのはわかる。わかるが陽織の胸にはグサグサくる。
(なんなんだ!この2人は!確信犯か!)
「そ、その、ごめんなさい。わたしが流産なんか、しちゃったから。」
と、わざと陽織がしおらしく言ったのに
「そうだよねー。陽織、妊娠してるのも気がつかないで、階段の上から飛び降りる、おバカだもんねー。」
と、黎人はわざとらしくため息をついた。
(う、下手に出たのに!)
(なんなの、この夫婦は?)
梓沙は2人の嫌味のような応酬に呆れた。
「でも、陽織ちゃん、流産って一度するとクセになるんだからね!これからはいつでも気をつけないと!それに、親が子どもに悪い見本を見せちゃダメよ。」
うわー、一番ぐさっとくる!
「イヤイヤ、階段から飛び降りるなんて、陽織くらいだよ。真似するやつなんかいないって。」
高嶺が笑うと
「いえ、湊人が真似して会社でやって、セキュリティで引っ掛かりました。不審者で。」
と黎人が思い出すように言う。それを聞いた陽織が
「湊人がおバカなんだよ。」
と、ボソッと言った。しかし、いきなり
「おバカはお前だ!」
「どっちがおバカだ!」
と、高嶺と黎人の2人から怒られた。なぜだー!?
その様子を見ていた祖父が
「陽織、あまり危ないことをすると、おじいちゃんの心臓が止まっちゃうから、やめてくれ。」
と言われて、流石に、ごめんなさい。と心から反省する。




