陽織、不本意な内定(就職編)
陽織は、なんとか就活を続けて、健康食品コシロの最終面接までこぎつけた。
黎人には相談してあるが、蓮也と美咲は知らない。
一次面接は本社外の研究施設。陽織の顔を知る人はいなかった。さすが研究畑の人だけあり、つまらない政治工作には興味がないらしい。
二次面接も集団だったので、普段かけないメガネをかけていたためか、ハキハキしたちょっと可愛いメガネっ娘くらいだったのだろう。
ただ、問題は6月に控えた最終面接だった。
こちらは、日本橋にある健康食品会社の本社。
絵梨花が秘書課にいる。
社長クラスも顔見知りだ。
しかも、グループ会長の義父も、いることを知り青くなった。
バレる、バレる、バレる!
それを黎人に言ったら
「別にいいんじゃない?むしろ、他のライバル会社なんかに行かれるよりは。」
と、言われたが、美咲からは卒業したら、主婦業専念!と厳命されていた。
立場をわきまえろ!と。
そして二週間後。最終面接には、一般と陽織のような専門、そして総合職の三部で、計90名はいた。陽織のように、専門職の採用は5名以下の狭き門だ。薬学部、農学部、院卒ももちろんいる。
みんな、揃って黒のスーツ。陽織も黒スーツに淡いピンクのシャツを中に着て、ポケットには黎人のお守りが入っていた。
慣れない黒のパンプスが辛い。バッグも一般的な黒の就活バッグ。とは言え、黎人が買ったので、その辺の安物ではない。
髪は後ろで、黒のゴムで一括りにする。
(これなら、目立たないよね?普通、普通!)
と、サクサク他の受験者に混ざって、面接会場の10階に向かう、エレベーターに乗った。
エレベーターの中には、もちろん社員もいるが、一般社員に陽織は身バレしていない。
黎人が徹底的に、陽織の顔写真が外に出ないようにしてくれていた。
あったとしても、100周年の時くらいで、あの時は着物だったし、髪もアップにしていた。鷹人も抱いていたので、たぶん大丈夫。
面接のの部屋は、部門別に別れていて、陽織は専門職の部屋の前で、他の受験者と一緒に、椅子に座った。
と、その時、廊下を通った絵梨花と目があった。
やばい!
絵梨花は、陽織の顔を見て、あんぐりと口を開けていた。
なんでー!?
陽織は、サッと下を向き、持ってきた本を読むふりをする。
数分後、前のグループが終わり、陽織たちのグループが呼ばれた。
3人同時面接。
入った途端、中の面接官3人のうち1人が口をあんぐり開けたのがわかった。あ、バレた。
でも、何も触れず、何も言わずに、普通の大学生として扱ってくれた。
ホッとした。
面接が終われば、このまま帰れる、と陽織が廊下をエレベーターに向かって歩いていたら、突然絵梨花に、腕を引っ張られた。
連れ込まれたのは、給湯室のようだ。
「なんであなたが、こんなところにいるんですか?」
小声で叫んでいる。なんか面白い。
陽織が苦笑すると、絵梨花は頭を抱えて、ため息をついた。
「え、と、終活の最終面、せつ?」
とこたえると、見ればわかると、返された。
すると、そこに面接を終えた、今の社長、神橋も入ってきた。口をあんぐり開けた面接官の1人だ。
「なんであなたが、こんなところにいるんですか?」
と同じことを聞く。
「最終面接に、残ったから。」
と違う答えをしたのに、また見ればわかる、と返された。陽織はブーと膨れる。
「もう、不採用でも、恨まないでくださいね!」
と不穏なことを言うので、
「それって、脅しですか?」
と答えた。
「まあ、他からも、内定もらってるし。」
とそっぽを向いて。
「他って、他社ですか。」
神橋が青くなる。別に脅そうとは、思ってないけど。
「別に、いいじゃないですか。それこそ、プライバシーの侵害です。」
と答えた。
「と言うか、あなたは働く必要ないでしょう。」
と、一番言われたくないことを言われた。
「わたしだって仕事、したいです。アルバイトも、させてもらえなかったし。」
と答えたら
「当然です!」
「当たり前です!」
と2人から、言われた。
「あなたは、他にやるべきことがあるでしょう。だいたい、レイリーの代表なんだし。」
と神橋に言われ、陽織はカチンとした。
(他にやるべきこと、って何?)
散々、色々な人から言われたこと。
「わたしだって、普通に仕事して、その、同僚?とかとご飯食べて、飲み会、とか参加して、お給料もらって、普通に、OLしたいです。」
あなたがやることは、神様の子を産むこと。
黎人をささえること。
黎人の子を立派に育てること。
神代の家をしっかり支えること。
「お姉様、絵梨花さんだって仕事しながら、子育て、してるじゃないですか。」
絵梨花は、一瞬黙ってしまったが、
「でも、陽織様、仕事と子育ての両立は、大変ですよ。夫の支えあってのことです。あなただって、学業と子育て、大変でしたでしょう?それが、もっと大変になるのですよ。」
と、いつものように、優しく諭してくれる。
(わかっている。わかっている。わかって、でも、それでもわたしは、普通に、生きたい。せめてほんの少しでも。)
陽織が黙って俯いていると、そこに追い討ちをかけるような言葉を絵梨花が。
「陽織様が無理をすれば、社長が、黎人様がその分無理をなさいます。それをご理解いただいてますか?あなたの仕事が増えれば、その分、黎人社長の負担も増えるのですよ!」
陽織にとって、一番知りたくない言葉。
それから二週間後。
陽織の元に採用通知が届いた。
しかし、採用内容は「一般織」?
専門職では、ない?
しかも、そこに一枚手紙が入っていた。
神橋社長からのものだった。
『専門職の採用は誠に残念ながら、不採用となりました。しかし大変優秀な貴殿に、ぜひ弊社へお迎え致したく存じます。そこで、秘書課の‥‥。」
と言った内容だった。
秘書課?!
言葉は大変丁寧で、ぜひ入社してほしい、と言ったものだが、よくよく読むと、普通の採用ではない、コネ採用ですよ。と言ったもので、とにかくお飾りとして、仕事の真似をしてくれれば良い、と言ったものだった。
しかも、秘書課ということは、絵梨花にお守りしてもらうってこと!?
陽織は納得できず、他の内定先に入社しよう、と決意する。しかし、数日後、内定が決まっていた病院や会社から、ことごとく内定取り消しの連絡が入る。
もちろん味覚堂製菓も。
これが、神代の、チカラ。
その晩、黎人が帰宅すると、陽織が泣いていた。
「陽織?」
黎人は、着替えながら、ベッドにうつ伏せて泣いている陽織に声をかけた。
すると、
「これって、黎人さん?」
と、陽織が神橋からの手紙を見せる。
「管理栄養士の仕事、じゃない?」
黎人も驚く。
「黎人さんも、知らなかったの?」
「うん。だいたい、なんの相談も受けてない。」
「他の会社とかから、全部内定取り消しも、来た。」
と陽織が答えると、黎人はその手紙を受け取り、着替えて夕飯もそこそこに、母屋に向かった。
陽織の採用について、色々と口出ししたのは蓮也だった。不採用にして、どこかとんでもないところに行かれても困る。
かと言って、夜も仕事の研究室なんかに就職されたら、家庭崩壊の危機だ、と思ったらしい。
そして、陽織が受かっていた職場は、蓮也的にはとんでもない職場、だったらしい。




