陽織、21歳(就職編)
日本に帰った翌日、黎人が陽織に大切な話がある。
と言って来た。
「陽織、大神節子さん、って知ってる?」
陽織は、何で黎人が知っているのか?と、逆に聴きたくなった。
しかし、ここでふと大神、と言う姓に気づいた。
「節子おば、節子さんのこと?もしかして大神先生と、親戚?」
「うん、大神先生のお祖母様。」
そう言われて、やっと納得した。
大神が医学部ではなく、陽織が管理栄養士になりたい、と言っても、一度も反対しなかったこと。
「そっかー。陽織の栄養士の先生って、大神先生のお祖母様だったんだー。」
陽織は、呑気にそんなことを考えていたが、そのあと、黎人が悲しい言葉を続けた。
「その、節子さんの、一周忌だったんだ、3日前。」
え?
一周忌?
亡くなったの?
いつ、あ、去年?
「なんで、教えて。」
そう言って陽織は思い出した。
去年の今、陽織は退院したばかりだった。
流産してから。
「ちょうど陽織に話せるようなとき、じゃないから、って僕と陽香さんで、お通夜に。」
黎人が話す。
「言わなくちゃ、と思ってる間に、神次のこととかで、バタバタしちゃって。それでその、今日、お線香、あげに行く?お墓とかなら大丈夫だろうから。」
黎人は今日まで、休みをとっている。
陽織はこくっとうなづいた。
結婚して初めて、陽織は黒いワンピースを着た。
黎人も黒いスーツを着る。
ただのお墓参りなら、普段着でもいいのかもしれない。でも、気持ち的に、一年も遅れてしまったことを、謝りたかったから。
墓地は大神先生が住む、両国にあった。
車を止めて、鷹人の手を引き、花と水桶を持って墓地を歩く。引きずられないように、黎人が陽織の周りを警戒する。
「大神家」と書かれた墓石の周りには、たくさんの花があった。
陽織は節子本人は知っていたが、彼女が十神家の者だと、初めて知った。しかも、神月の祖父母とも親しかったと言う。
節子は15年前、若くして夫を亡くし、74歳の時、高樹に頼まれて陽織の専属の栄養士になってくれた。
陽織が海外で生活する時、必ずついて来てくれた。
陽織は7年もお世話になったのに、コーチと同じ、自分がスケートを辞めると同時に、なかったことのように、節子のことも忘れた。
陽織はまるで自分の祖母のように、節子おばあちゃん、と呼んでいたのに。
カナダでも、ドイツでも、大会の時も。
なのに、先日優佳に会うまで、頭の片隅から消えてしまったように忘れていた。
墓石の前に行くと、大神先生が来ていた。
「あれ?黎人と陽織じゃん!」
大神は軽く声をかけて来た。
2人は軽く頭を下げると、墓の前で手を合わせてお線香を上げた。
「そっかー、陽織知っちゃったんだー。」
大神はちょっとガッカリしたように言った。
「とうして、ですか?」
陽織が聞き返すと
「んー、祖母さんさー、陽織には知られたくないから、黙ってろって言って、亡くなったんだよ。」
「どうして‥。」
「なんかさー、俺たち孫よりも、可愛いがってたんだよねー。祖父さんが死んだあと、生き甲斐をもらったって。だから、陽織と一緒にいろんな国に行くの、楽しかったって。」
陽織は少しホッとした。
「だって、70すぎた祖母さんを外国に連れ回すなんて考えるの陽織くらいだもん!最後にカナダ行った時なんて、80すぎてたんだぜ。
最後、ちょっとボケて弱ってきた時に、陽織には見せたくないって、ずっと言ってたらしい。
陽織には、いつまでも、尊敬できるおばあちゃんでいたいって。
陽織も、よく言ってたじゃん。スケートやってる時、色々教えてくれた栄養士の先生みたいになりたいッて。
だから、陽織が管理栄養士を目指してること、話したとき、スッゲー喜んでたんだよね。たぶん、陽織が管理栄養士学科入って、一番喜んだの、うちの祖母さんだよ。」
大神にそう言われて、初めて、陽織は自分が管理栄養士を目指して良かった、と心から思った。
3月3日、陽織は21歳になった。
夜、黎人が予約していたお店で、家族3人でお祝いする。
出会って初めての、5年前の誕生日に陽織は黎人からプロポーズされた。今でもずっと離さない、左手の薬指のアクアマリンの指輪をもらった。
4年前の誕生日に、婚約指輪をもらった。
3年前の誕生日に、結婚指輪をもらった。
「お誕生日おめでとう。」
黎人が言うと
「おめ、とー。」
と鷹人も真似して言う。
「ありがとう。」
2人にお祝いされて、幸せで。
初めての頃は、どうしても一緒にいたくて、でも、父に知られるのが怖くて、色々と画策していた。
懐かしい。
陽織が、クスクス笑うと、2人がどうしたの?
と言う顔をする。
「ううん、初めての頃は、父様をどうやって誤魔化して、お誕生日の日を黎人さんと過ごすか、ずっと考えていたなーって。」
陽織の話を聞くと、黎人がギョッとする。
「え?そうだったの?陽香さんにも?うわっ、僕嫌われていたわけだー。」
「嫌われていたって、そんなことないと思うけど。」
「いや、一度マジで殴られそうになって、陽香さんが止めてくれた。」
そんなこと、あったの?
と、陽織が驚く。
デザートのケーキが来ると、黎人が大きな包みを出しできた。
「はい、お誕生日プレゼント。開けてみて。」
ニコニコしながら陽織に手渡す。
受け取ると、ずっしり重い。
バッグとかなら、嫌だなーと思いながら、包みを開くと、中には、真新しいスケート靴が入っていた。
「え?え、と、これ。」
しかも、陽織が現役の時に作ってもらっていた、特注品と同じ物。
「頑張ったんだよー。」
陽織は、嬉しすぎて言葉が出ない。
「気難しいお爺さんでー。」
コクコクうなづく。陽織も何度か喧嘩した。
「高道さんのことを知った時、これを贈ったら喜ぶかなー、って。でも最初綾人が行ったらすっごく怒られて。」
わかるわかると、陽織が笑う。
「で、ぼくもすごく怒られた。皆んなから陽織を奪ったのはお前か?って。」
うわー。
陽織には、その光景が目に浮かぶ。
「節子さんは、十神家の人だから、陽織の事情を察して何も言わなかったけど。それ以外の人は、色々怒ったり、悲しんだりしていたみたい。」
陽織はあの頃、自分だけが悲しくて、他の人のことなんか全然考えていなかった。
(本当に、わたし、めちゃくちゃ自分勝手だったんだなー。)
「でも、よく間に合ったね。」
陽織が靴をなん度も眺めながら言うと
「うん。6年前に注文された物だって言われた。ずっと綺麗に保管してくれて、ダメになったところを直して、新しくしたって聞いた。」
6年前?
6年前、15歳の誕生日。
あ、と陽織は思い出す。
『あのね、これがいいの!絶対にコレを買ってもらう!』
小学生の頃に欲しかった靴と同じ物。
靴職人の中田敏夫は、重くて陽織には無理だ、とずっと言っていた。
『陽織はこれが欲しいの!絶対にこれが欲しいの!』
でも、中学生最後の誕生日に、シニアに進む陽織は、夢だった靴を、誕生日に高樹に買ってもらう!
そう言って、帰って行った。
敏夫は陽織の誕生日に合わせて、靴を作っていた。
しかし、それきり陽織はこなくなった。
そのあと敏夫が知ったのは、陽織がスケートを辞めて、金持ちの坊ちゃんと結婚したこと。
「うわー、敏夫おじさん、怒ってたよねー。」
陽織が遠い目になる。
「うん。めちゃくちゃ怒られて、4日通ってやっと話しを聞いてもらえた。」
想像できてめちゃくちゃ申し訳ない。
そのあとも、根ほり葉ほり聞かれ、いろいろと説明して、やっと五分の一くらい納得してもらって、承諾してもらったという。
「ごめんなさい。本当、黎人さん大変だったでしょう。」
「大丈夫、陽織のその顔が見られたから。」
陽織はずっと、ニマニマしていたらしい。
嬉しい!ずっとほしかったスケート靴!
もう大会で履くことはできないけれど、でもやっぱり嬉しい!
陽織が何よりも大切そうに、靴を抱きしめる。
「これ、本当に黎人さんに何を返したらいいかわからないくらい嬉しい!」
と言ったら、
「じゃあ、就職するのやめて!」
と言われた。
「それは無理!」




