陽織、他所行きモード(就職編)
陽織のところへ優佳が行って2日後、どうやって知ったのか、黎人が優佳のところに連絡をして来た。
会って話がしたい、と。
優佳が住んでいる場所も知っているらしく、会社の一階にある、カフェで会うことになった。
午後二時頃。
「申し訳ありません。遅くなりました。」
そう言って、スーツ姿の黎人が入って来た。
特に注文もしないのに、二人の前に珈琲と紅茶が運ばれて来た。
優佳の前には紅茶とミルク、砂糖。
そして黎人の前には珈琲が。
「あ、すみません。珈琲の方が良かったでしょうか?」
と聞かれたが、優佳はいえ、と首を横に振った。
陽織から聞いていたのだろうか?
「はじめまして、神代黎人と申します。」
座ったままだが、姿勢を正して挨拶をする黎人は、普通の好青年だった。
「皆月優佳と申します。」
優佳が改めて挨拶をする。
黎人は突然の誘いについて、謝罪し、陽織からは何も聞いていないことを加えた。陽香から、名前を聞いてはいたが、今回は陽織のところにつけている、ボディガードの女性から、聞いたらしい。
「え、と。過保護だと思われたかと。」
と恐縮するが、陽織からの誘拐を聞いて当然だと答えると、ホッとしたような顔になる。
色々うわさでは聞いていた。
若いがやり手で冷酷。
父親以上に、能力が高く仕事に対しては真摯で、目的のためなら努力を惜しまない。
普段は甘い顔一つ見せず、女性に対しても、能力がないものには容赦しない。
愛妻家。
(本当に陽織のことはちゃんと大切にしてるんだ。)
「申し訳ありません。陽織は、自分からスケートのことは一切、何も話さないのです。結婚する前も、先日お見えになったことも。カナダの、ホストファミリーのご夫妻のことも、普通に留学していた、とだけ。」
優佳はそれを聞いて、陽織がどんな気持ちでこの6年間を過ごしたのだろう、と改めて思った。
ただ辞める、だけでなく、忘れようとしていたのだろうか?
「僕たちは、知り合ってすぐに結婚することが前提でお付きあいをしてました。だから、意外とお互いの触れてほしくないところや、言いたくないことを、見ないふりして、聞くこともなく、結婚してしまった、というか。」
優佳は、生まれた時から決まっていた、と言う陽香の言葉を思い出した。
彼も、そうだったのだろうか?
「それが、やっぱり一緒になってから、色々と衝突の
原因になる、と言うか。」
そういえば怒ってる、と言ってた。
「陽香さん、お義母さんが、陽織のことは優佳さんの方がよく知っていると、おっしゃっていたので。」
黎人は噂のような冷酷さや、容赦のなさは、全く感じられなかった。
気の弱い、普通にいる優しい夫。
「あなたが陽織に会いに来た、と聞いて、どうしても一度お話がしたくて、お呼び出し、してしまいました。お忙しいのに、申し訳ありません。」
その後、優佳は陽織の子どもの頃の話。スケートをやっていた時の話を、かいつまんで、聞かれたことだけ話した。
すると
「あの、もしかしたら緊張されてますか?」
と聞かれてしまった。
当然だ。相手は大企業の社長。色々うわさは聞いてる。機嫌を損ねたら、社会的に抹殺される、とも。
「夫から、大変礼儀に厳しい方と伺ったので。」
そう答えると、
あははと、笑われた。
「大丈夫です。今はプライベートだし、こちらの方が教えていただく立場なので。」
「でも、陽織、さんも、すごく話し方や所作が上品で、以前と違っていて。」
と答えたら、ちょっと吹き出した。
「それ、たぶん、他所行きモードです。今でも、普段は変わらないですよ。母からは子どもみたいだから直せ、とよく怒られていますが。」
そうなんだ。
「なんか、すごく変わってしまった、と思ったので。」
時間があれば、また色々お聞きしたい、と、連絡先を交換してカフェを出ようとした時、
「あ、社長、こちらにいらしたんですね!」
と、秘書らしき人が息を切らして飛び込んできた。
「お客様の前だよ。」
と嗜めるが、それどころではないらしい。
「陽織様が、子どもたちの喧嘩に巻き込まれて、怪我をされたようです。階段で頭をぶつけた、と。腕も腫れてると。」
「まだレイリーに?何でまた、階段。」
「はい、奥様は大丈夫だと、おっしゃっているようですが。」
「全く!何で子どもの喧嘩に巻き込まれるかなー。」
と、呆れた顔をしている。
黎人に、それではと言われ、お支払い、と聞いたところ、大丈夫と言われた。
頭を下げて、優佳はビルを出た。
レイリーって、確か保育園って。
頭ぶつけたって、大丈夫?




