陽織、危機感がない(就職編)
夕方、陽織は家に戻ると着替えて鷹人を迎えに行った。
夕飯の支度をする間、鷹人はリビングで1人絵本を見ている。
じゃがいもとかぼちゃ、ブロッコリーにカリフラワーと、温野菜のサラダを作り、白身魚の香草焼きをオープンに入れた頃、黎人が帰ってきた。
「パッパー、おかえいー。」
と鷹人が玄関に走る。
陽織は後をついて、玄関まで行く。
「ただいま。」
と言った後、なぜか、陽織、と名を呼ばれてぐいっと引っ張られた。
??
いきなりキスをされ、コートを渡される。
いつものようにしろ、ということ?
陽織はコートを受け取り玄関に備え付けのクローゼットの中にかけた。
そのまま、カバンを渡され、2階にも付き合わされる。
スーツを脱ぐと、そのまま陽織に渡してくる。
鷹人はまだ両手を使って階段を上がってる。
スーツを外ハンガーにかけ、ワイシャツを受け取り、陽織が部屋を出る。黎人は陽織の机の上に、今日もらった会社のパンフレットが重ねてあるのを見つけた。
(外資系?)
そのまま普段着に着替えて、下に降りようとすると、やっと上がってきた鷹人が、怒っていた。
たぶん、陽織が駆け降りてランドリーに行ってしまったんだ。
夕飯の席で、陽織は今日の説明会のことは一言も話さない。羽織と出かけた、とだけ口にした。
でも、あんな目立つ5人が一緒にいたら。
おそらく、他の企業でも目をつけていた人はいるだろう。
目立つ5人。先に気づいたのは山崎だった。
パネリストとして、対談の席に案内され、壇上の椅子に座った時。傍聴席に座る100名近い大学生。
自分の教え子でも探していたのだろうか?山崎が隣の東崎に話しかけていた。
「あの一番後ろの右側の5人の子たち、目立つねー。」
「へえー、これは。揃って美人って、何かのモデル集団みたいだ。もしかしたら、今回の撮影ですか?」
東崎が真ん中にいる司会の女性に聞いてきた。
黎人と宗吾もそちらを見た。そしてギョッとした。
「え?」
「あー、これは仕方ない、」
2人は顔に出さないように、自然に会話した。
「来るとは、言ってましたが。」
「黎人くん、これに出るの、言ってあったの?」
「まさか。来ることも話してません。それどころか。」
まさか、喧嘩したとは言えない。
午前の対談が終わった後、午後とパネリストが変わる。お昼が出されて、控え室でいただいていた。
宗吾と並んで。
「まさか、羽織ちゃんたちが来てるなんて。驚いたね。美織ちゃんや千織ちゃんもいたね。もう1人は、初めて見たけど。」
宗吾が笑って話し出した。もちろん、小声で。
「何を考えてるのか。」
黎人が軽くため息を吐くと、
「もしかして、喧嘩したの?」
と、ズバリ聞かれてしまった。
黎人が答えられずにいると、軽く笑った。
「まあ、参加するのは自由だから。いいんじゃない?本格的に始まったら、きっと蓮也さんや、高樹がなんとかするよ。」
と、軽く言う。
そう言えば、この人も父たちと友人だった。
2人が食事をしていると、司会の女性が声をかけてきた。
「本日はお忙しいところ、ありがとうございました。
あの、失礼ですが、一番後ろに座られていた学生の子たち、5人いらした、知ってる方ですか?」
黎人がなぜ聞かれたのかわからずにいると、宗吾が
「知り合いのお嬢さんたちだけど、なにか?」
と聞いてくれた。
「それが、今日の説明会の様子を公式HPに上げる際、写真を使用させていただけないかと。」
それを聞いて、黎人が怖い顔になる。
「いやいや、たぶんダメだよ。あの中には明日のゲストになっている方のお嬢様もいるから。絶対に後でクレームにあがったら大変だよ。」
宗吾はさりげなく美織を例に挙げて反対する。
「だいたい、ちゃんとしたモデルの子も、いたでしょう?そちらを使った方がいいのでは?」
と指摘していた。
「それが、カメラマンがあちらの方の写真ばかり、撮ってしまったようで。」
隣に座っていた東崎も、やらかしたのか、気の毒に。と言う顔になる。
それでも宗吾は
「それに、わたしは初めて見た子もいたけど、たぶんあの子も、たしかどこかの重役のお嬢さんだよ。何かあった時、責任問題になる。」
と、キツく言ってくれた。佳織のことだろう。
司会の女性が去った後、黎人は宗吾に頭を下げた。
「ありがとうございます。僕は、まだこう言うところが、未熟なんですよね。僕が対応したら、怒鳴ってしまった。」
と、恥ずかしくなり俯く。
「まあ、他人の娘と自分の家族じゃ立場が違うよ。わたしだって梢絵だったら、怒ったかもしれない。」
と笑う。
「それに、彼女はこの前、あんなことがあったばかりだ。黎人くんが心配するのは当然だよ。」
夕飯を食べながら、神岡氏に言われたことを思い出す。
なのに、どうして、本人は全く反省の色がないんだ!危機感がないんだ!と、思わず睨んでしまった。
「たっくん、お魚ママと半分ね。」
陽織は、睨まれていることを気づかないふりをしながら、必死で鷹人に話しかけていた。
(なんで、睨むのよ!怒りたいのは、わたしの方なのに!)
ベッドに入っても、陽織はダンマリを決め込む。
こうなると、持久戦になる。
持久戦になったら、絶対に黎人が負ける。
(もう、あれだけ衆人環視の前で、こっちは告白までしてるのに!)
黎人はパーティーで自分が口にした言葉や、今日、学生たちの前で言ったことを思い出す。
(結構、恥ずかしかったのに!)
翌朝、黎人が起きると陽織の姿はなかった。
キッチンからパンの香りがする。
そういえば、バケットが欲しいと美咲に言われてた。
それに気づいた鷹人も起きたのか、廊下で声がする。
「パン!パン!ママ!たっくんも!」
鷹人が階段から降りられず、怒っている。
ゲートの鍵が閉まっているらしい。
(なぜ部屋は開けられて、階段のゲートは開けられないのだろう?)
そんな疑問を持ちながら、着替えて廊下に出ると、鷹人から鍵を開けて欲しいとねだられた。
仕方なく抱き上げて、ゲートを開けた。
「鷹人、おはよう。ママのパン、鷹人も気づいたんだ!すごいね。」
と言うと
「しゅごい!しゅごい!」
と、手をあげる。
2人で下に降りると、案の定、大量のバケットがテーブルの上に並んでいた。
「え?もう、起きちゃったの!?まだ、何も用意してないのに!」
陽織は慌てて、焼き上がったパンを袋に入れ、テーブルを片付ける。
鷹人にパン!とねだられて、手を洗わせると、小さなパンを一つ、鷹人の前に置く。
「たっくん、ちょっと待って切るから!それ、全部食べちゃダメだよ!」
「え?それくらいなら食べちゃうんじゃない?」
と聞くと、
「えーっ、これからサラダとスープ出すのに!」
と慌てている。
「たっくん、全部食べたら、プリンはあとね!」
と言われて、鷹人はパンを放したが、すでにパンは鷹人の涎まみれだ。他の人は食べられない。
仕方なく、陽織は他のパンを切って黎人が座る席の前に並べ、2人分のスープとサラダを並べた。
「陽織は?」
と聞くと、
「これ先に届けてきてから。」
と、紙袋を両手に抱えて、バタバタと出ていった。
たぶん、昨日美咲に言われたのだろう。
陽織は戻るとスープのカップを持って席に着く。
「たっくん、こっちの端っこ、ママにちょうだい。」
と言って、手で小さくちぎった。
「それだけ?」
と聞くと、うっ、と黙る。
思い出してみれば、昨夜も魚をふた口くらい食べただけだ。
お昼にたくさん食べたから、と言っていたけど、ベローチェなら、さほど大量に食べることはないだろう。
ん?と睨んでみると、焦点が合ってない、
「頭とか、痛い?」
「風邪、とかじゃ、ないからね!わたし、風邪、ひかない、し。」
それは知ってる。
「気持ち、悪い、とか?目が回る、とか?」
「だ、大丈夫。」
陽織は散々挙動不審な動きをしていたが、そのままパッタリと倒れて、目だけ、閉じてる。
「だ、だい、じよ、ぶ。ちよ、眠れなかった、だけ、だから。だから、ちょっと、その、パン作ろ、かな?って、昨日頼まれた、から。」
??
陽織が眠れないなんて、珍しい!
陽織はどこでも寝ちゃうし、なかなか起きないので、有名なくらいなのに!
「今は?眠い?」
「眠くは、ない、けど。なんか、目が、まわる?」
「やっぱり、目が回ってるんじゃないか!」
「違、ちょっと、クラクラ、した、くらい。」
「鷹人、ちょっとみぃちゃん呼んでくるから、ママ見てて。」
鷹人に頼んで母屋に急いだ。
式でも良かったけど、ちょっと文句を言いたかった。
美咲は慌てて来て
「やだ、徹夜でパン焼いてくれたの?何やってるの!」
と呆れる、
一緒になぜかついて来た湊人が、脈を取ったり、血圧を測ってる。
「陽織、めちゃくちゃ下がってる。何やったんだ?血圧、上90もないぞ。」
と、呆れて言っている。
「黎兄、たぶん寝不足の貧血だと思うから、寝かせて、ちゃんと食べさせて!」
おー!湊人が医者っぽい!
陽織はそのままベッドに寝かされた。
眠くないけど、とにかくクラクラする。目を閉じているのに、目の前がフラフラする。チカチカする。
鷹人が心配して、ベッドに登って来た。
「ごめん、ね、たっくん、ママ、フラ、フラ。」
なんとかそれだけ話した。
でも、目が開けられない。
それから一時間ほどすると、高樹と神鬼、高嶺が陽織の部屋へ入って来た。
陽織は声を出したいが、疲れていて話せない。
フラフラして目も開けられない。
(なんか、たくさんの足音がする。)
何?
「陽織?まだクラクラする?」
高嶺の声が聞こえたので、コクとうなづいた。
「霊力は大丈夫のようです。」
神鬼の声もした。
黎人が陽織の手をギュッと握る。
「ただの睡眠不足ならいいが。」
高樹の声も!と、驚きのあまり、陽織の目が開く!
が、また、星がチカチカ飛んでる。
うーっ。
「陽織?」
「星、とんで、る。」
と、腕で目を押さえる。
「でも、眠れなかったんだよね?」
「んー、ちょっとだけ。1時ころ、め、さめ、ちゃっ、て。きの、うも。」
3人は顔を見合わせる。
「陽織、最近、何かストレスとかなかった?」
高嶺が聞いた。
ストレス?
黎人と喧嘩したことしか思いつかない。
今までも喧嘩したけど、こんなことなかった。
もっと、眠れなかったこともあったのに。
この前、囮にされた時はほとんど寝なかったのに。
黎人が高嶺に呼ばれて廊下で話している。
(妊娠してないからね!)
「ここのところ、色々あって疲れが溜まってたんじゃないですか?」
神鬼が言うが、受験生の時はこんなもんじゃなかった。全然、その頃と比べたら、疲れてない!と、思う、んだけど。
陽織は自信がない。
あの頃は、勉強は大変だったけど、それ以外のことは何もやってない。
今は、家事やって、鷹人の世話して、大学行って、就活。就活!
そう思った途端、無理してでも起きなくては!
と、陽織は起き上がった。
「だ、大丈夫、ですか?」
神鬼が心配する。
今更だが、なぜ3人も医者がいるの!?
「だ、大丈夫。もう、大丈夫です!ほんと、ちょっと睡眠不足が続いただけ、ですから!」
と、起きて、ベッドから出た。
「わたし、大丈夫なので、就職もできます!」
と思わず、口に出てしまった。
しまった!
と、口を押さえた時には遅かった。
高樹が、陽織を睨んでいる。
「お前は、子育ても満足にできなのに就職するつもりか!」
と、怒鳴られた。
高樹の声が聞こえたのか、廊下にいた高嶺と黎人が慌てて入って来た。
「院長、陽織さんに怒鳴っちゃダメですよ!」
神鬼が慌てて止める。
陽織は、高樹も就職が反対なんだ、と改めて知った。もしかしたら、と言う考えはあった。母が専業主婦だったから。
陽織はベッドの上に座ってる鷹人を膝に抱くと
「父様は、女性が仕事をするのは反対なの?」
と聞いてみた。
陽織は、わざと女性と言ってみた。
よくある、男尊女卑の考え方。
「女性でも責任ある仕事を全うしている人はたくさんいる。東山さんがいい例だ。彼女は家庭を持ち、子育てをしながら、責任ある立場を全うする、代表的な女性だ。」
高樹が自然と答えた。
「陽織は、母上に似てるよね。頑張るけど、抱え込みすぎると、出口がわからなくなっちゃう。頼るのが下手で、結局疲れて、倒れちゃう。」
高嶺が笑う。
「わたし、ママに似てる?ママも、倒れるの?」
「似てる。陽織のことを色々考えすぎて、よく寝込んでた。」
と高樹も言う。
陽織は、初めて知った。
「神口の、その、お祖父様、にも、言われた。ママとわたしは、似てるって。2人ともぽややんだって。」
そう言うと、高嶺と高樹が笑い出した。
「ぽややんって。」
「確かに、そうかもしれん。」
「でも、就職、したい。普通にお仕事、したい。」
鷹人以外の人が、皆、難しい顔をする。
神鬼でさえ。
それどころか
「陽織さん、もし黎人さんや高樹さんが許したとしても、わたしは反対します。今のあなたに、仕事までする体力はないです。あなたが倒れた時、一番迷惑を受けるのは、黎人さんですよ。」
「体力、つけたら、できますか?」
陽織は神鬼に聞き返す。
「その方法は、前から言ってますよね。もっと食べられますか?もっと体力をつけて下さい。とにかく、食べてください。体重増やして下さい。」
陽織は青くなる。
おそらく子どもというより、成長期になった中学生の頃から、体重制限をして、管理された中で食事していた。その頃から、胃が小さくなっていた。
すぐにお腹いっぱいになる。
気持ち悪くなる。
「今朝食べられなかったなら、その分違うもので、ちゃんと栄養をとって下さい。こうして少し疲れたり、睡眠不足で倒れてしまうのは、元々の体力と栄養が足りてないからです。
以前のあなたは、もっと体力ありましたよ。
というよりも、活発だった。
あなたは、そのプロになりたいんですよね。ならば尚更、たくさん食べる努力をして下さい。好き嫌いを失くす努力をして下さい。」




