陽織、プランB (子育て編)
陽織はそのままマンションの一室のようなところに放り込まれた。
「明後日お迎えにあがります。それまで、どうぞお寛ぎを。」
そう言われて、拘束とガムテープは解かれた。
部屋の中には、ベッドが一つある。
お寛ぎを、と言われても、嫌な予感しかしない。
神次が出て行くと、陽織はすぐに部屋の鍵を氷漬けにした。
誰も入れないように。開かないように!
ただ、これがいつまでもつかわからない。
明後日、って、たぶんパーティの日だ。
しかし、30分もすると部屋のドアノブがガチャガチャと音がする。
陽織は後ずさる。
そのあと、女性の声が聞こえた。
「部屋が開きません。鍵を閉められたのでは?」
という声。
そして
「しかたないですね。ドレスの試着だけして欲しかったのですが。」
という神次の声がする。
しかし、彼は無理矢理開けようとしない。
開けようとすれば、彼の炎で溶かすだけなのに。
??
その日、陽織は眠れなかった。食事を持って来たようだが、何か入っていても嫌だ!
食事も取らず、自分から出す氷を舐めて、水分だけは摂った。
次の日も、同じ。
黎人は仕事が終わるとすぐに、神嶋が本部にしている警察の一室に向かった。
そこには蓮也と高樹がすでにいる。
高樹の元には、陽香から何度か電話が入っていた。
陽織に仕掛けた盗聴器とカメラだけが動いている。
陽織自身そのことを知らない。
知らない方が不自然な動きにならないから、安全なので。
陽織のイヤリングにつけられたカメラには、部屋の壁と、ベットのようなものが映っている。
扉は全く開かない。
よく見ると、氷でドア全体を覆っていた。
ベッドとは反対側の部屋の隅に、陽織は膝を抱えて座っているようだ。
時折、陽織が手のひらに氷を出して、それを口にしていた。そして、時々陽織の泣き声がする。
黎人は自分が立てた計画なのに、それが予想以上に辛くて、目を背けたくなる。
(もう一日あとだったら。)
陽織が連れ去られる予感はしていた。
せめて、もう1日あとだったら。
陽織が連れ去られて2日目。
パーティ前日。
動きがあれば知らせる。
そう言われて、黎人と高樹は仕事に行った。
昼間、陽織はずっと膝を抱えたまま、うつらうつらしているようだ。
時々映像が揺れている。
何も食べていない。
トイレにも行っていない。
まともに寝ていない。
夜、黎人がやって来て、映像の続きを見ていると、陽織が張った氷が溶け出している。
陽織も、それに気づいたのか、立ち上がったようだ。
カメラの映像の高さが変わった。
扉を開けて入って来たのは、神次だった。
ドレスを持っている。
「やあ、花嫁。お前は神代家の花嫁って呼ばれてるんだよな?」
そう言いながら、陽織に近づく。
陽織をどんどん壁に追い詰め、薄気味悪い顔で、ニヤリと笑う。
陽織の顔は、引き攣っているのだろうか。
それとも、泣いているのだろうか。
(助けて!ハク!)
その時、陽織がハクを発動した気配が伝わった。
ハクは陽織を守るために、目が眩むような光を放った。
「うわっ、なんだ、コレ!」
しかし、神次は大して動じていない。
「へえー、面白いな。身体が光るのか?」
そして陽織の手を掴んで、引き寄せようとする。
その時、黎人が仕掛けたスタンガンが、神次の手に電流を流す。
「っつ!お前、ほんっと面白い。この前も、電流、流れたよな。どういう仕組みなんだ?」
神次は、全く懲りることなく、陽織を追い詰めて行く。
「神嶋さん!連れ戻します!」
我慢できなくなった黎人が叫ぶ。が、神嶋が止める。
「ハクが発動した、ということは、陽織さんの意志であなたのところに戻れます!もう少し、我慢してください!」
「場所がわかっていなかったら?ハクの力があっても、距離に限界があることを、陽織は知っています!もし、自分が遠くに連れ去られていると思っていたら、無理にハクを使うのは、自分の命を危険に晒すと、身をもって知ってます!だから、僕の力で、戻します。」
そのうち、陽織が後ろに転んだ。その瞬間、神次の手が陽織の足を掴む映像が見えた。
陽織は去年の誘拐された時のことを思い出した。
「やだ!やだ!助けて!黎人さん!」
足を思い切り動かして、神次の手を蹴っている。
もう限界だ!
「ハク!」
黎人が白桃を呼ぶ。
神次の目の前から、陽織が消えた。
陽織は、黎人の腕の中にいた。
「う、うわーっ!ふうえーん!」
と、陽織が泣いて黎人に縋る。
「ごめん。陽織を、囮に、した。ごめんね。」
黎人が陽織を抱きしめながら、謝る。
「まあ、ここまで取れれば、岡元修也を女性の監禁ならびに暴行未遂で逮捕状は取れるでしょう。でも、これじゃプランBは失敗ですねー。」
神嶋の声が聞こえた。
逮捕状?
プランB?
囮?
陽織の目から涙が引っ込んだかと思うと、驚いた顔で、黎人と神嶋を見比べる。
2回の対策会議。
陽織は蚊帳の外だった。
高嶺の家の結界を貼る時は連れて行ってもらった。
梓沙が狙われていると聴いた。
だから、陽織も協力した。
「狙われていたのはわたし?」
陽織が黎人の顔を見る。
「たぶん、梓沙さんの方が、思ったよりもガードが固くなって、変更したのかもしれない。
先日、神次が陽織に接触した時から、狙いを変更していたのかもしれない。僕はどちらの可能性も考えて、対策をしていた。でも、今ははっきり言える。ヤツの狙いは陽織だ。」
それを聞いた陽織は、スッと目を閉じた。そして
「わたし、囮、続けます。なにされても、我慢します。」
と言う。
「いや、ちょっと待って!違うから!そんなことになったら、僕が我慢できない!そんなケダモノのようなヤツに、陽織が好き勝手されて、僕が平気な顔できるような、そんな男だと思ってる?」
黎人は陽織の顔を覗き込む。
「絶対ダメだ!ほんとはこれだって、一番最悪な事態を予想して立てたプランだ!もう陽織を他のやつに触らせるなんて、絶対、考えたくない!とにかく、おとなしくしていて!今、陽織はたくさんの人に心配かけているんだから!」
黎人に言われて、大学も大騒ぎになっていることを知った。
陽織がいなくなった日、大学は急遽、緊急閉鎖された。学生も、全員帰らされて、立ち入り禁止になり、母方の祖父が、大学を隅々まで調べ尽くしたことを知った。
その上で、理系キャンパスも結界の綻びを見つけたそうだ。
陽織が黎人の元に戻った、と言う知らせを受けた、伯父の明孝、高樹、蓮也はとにかく黎人に事情を聞きたがる。
しかし、高嶺や蓮也はともかく、陽織の祖父、清孝まで知らせることはできなかった。
(なんだか、どんどん怒られる人を増やして行ってるような気がする。)
黎人は陽織を抱きしめながら遠い目をした。
神口清孝は、孫娘の陽織のことをよく知らない。
娘の陽香に女の子が生まれた、と知って喜んだのに、なぜか神月の家が陽織を隠したがっていた。
はじめは、能力がない、一族の恥、と呼ばれていたから隠したかったのか、と思っていた。
しかし、高校生になって、陽織はその力を神月が封印していたことがわかった。
理由は、陽織が神様の花嫁として生まれていたからだ。
神月は陽織を花嫁にしたくない、それだけで、隠したかった。
神口は、さほど高位の家ではないので、どちらでも気にしないと言うのに。
そのうち、陽織が神代家の長男と婚約した。まだ高校生の陽織が婚約なんて、と高樹は口うるさく反対していたのに、陽香はのほほんとしていた。
高校生で婚約!?と、正直驚いた。
(全く、うちの娘は自分の子どものことをどう育てているんだ!)
陽香は相変わらずのんびりしている。
そして、一番意味がわからなかったのは、医学部に受かった陽織が、すぐに辞退したことだ。
神月家はほぼ全員と言っても良いほど、医師の家系だ。医学部を受けるのも、合格したのもうなづけた。
さすがは我が孫娘、と、陽織のことも陽香のことも、少し見直した。のに、そのわずか数時間後に、辞退の連絡が入った。
当時医学部副部長だった息子、陽香の兄明孝は医学部長から、お宅の妹はどういう親なのだ、姪はどういう娘なのだ、と聞かれたらしい。
それはそうだ。医学部に受かって、他の学部を辞退するはよくある。しかし、医学部が受かったのに、医学部を辞退するというのは、本学始まって以来の珍事だった。
そしてその理由がわかったのが、その年度末、3月に陽織が神代の息子と結婚したこと、すでに妊娠している、ということだった。
大学生ならまだしも、陽織は高校生だ。卒業式の2日後に式を挙げたが、子どもがいた、ということは、一体どういうことだ!
結婚式の後、陽香を呼び出して、説明を求めたが、相変わらずのほほんとしていた。
そんなことだから、娘が!と、言いたかったが、それは陽香の夫、高樹も同じ気持ちだったらしい。
そして、そのまま陽織は農学部の管理栄養士学科に入学した。が、半年後子どもが生まれたので、休学した。
(正直、恥ずかしくて孫娘だとは言えなかった。)
入学してすぐなんて。
その陽織が大学2年の時、4年の先輩に誘拐された。
すぐに神代の息子が、陽織を助けて、事なきを得たが、実際には色々大変だったようだ。
そしてまた、陽織が実験科目の履修中、忽然と消えてしまった。理系科目は長時間の実験があるため、トイレ休憩は各自の判断で取ることになっている。
その時の出来事だった。
そういえば、小学生の時も、中学生の時も、誘拐された、と聞いている。一体、どれだけ危機感のない、のほほんというか、ぽややんとした娘なんだ!
だから、金持ちで見目の良い、神代の息子なんかに、騙されるんだ!!
今回こそは、一度母娘を両方呼び出して説教しなくては!と神口清孝学長は、学長室で頭を抱えていた。




