陽織、攫われる(子育て編)
パーティまで、残り3日になった。
神鬼が来たのには、流石の陽織も驚いた。
しかも、今日は絵梨花と一緒。
(あれ?学生じゃない。)
「今日はみなさん、忙しいようで。」
と、神鬼が説明してくれた。
「もう少し早く、ご相談いただければ、もっと私が積極的にが協力しましたのに。」
と言う。
「神鬼先生ご自身がメンタル操作、得意ですものね。」
絵梨花が笑うが、なんとなく2人が並ぶと怖い。
「え、と、お姉様、攻撃はお得意ではないと。」
「はい。でも私、察知能力は高めですのよ。」
おほほと上品に笑われて、羽織、佳織、日緒理はどん引く。
(黎人さん!どう言う人選なんだ!)
2人は学生ではないので、一日中陽織たちに張り付いていた。
「学生食堂ですかー。私の頃はありませんでしたねー。何せ、戦前でしたから。」
神鬼の言葉に、4人はあんぐりと口を開ける。
戦前?戦前っていつ?
その頃、大学あったの?
この人、一体何歳?
その時、歴史が超苦手な陽織がマヌケとも思える質問をする。
「神鬼先生、戦前って?幕末とか、ですか?」
陽織の言葉は、周囲の学生にも聞こえたらしく、
え?
はあ?
と言った声が漏れていた。
「陽織、黙って!もう、ホント、あんた日本史赤点なんだから!」
羽織が慌てて陽織の口を塞ぐ。
「ひどい、羽織ちゃん!わたし最後はちゃんと点数取ってたよ?」
「それは、美織たちに、ガンガン暗記させられたからでしよ!絶対、それってもう抜けてるよね!受験科目じゃなかったから!」
う、医学部は日本史なかったんだもん。
「陽織、様?その、歴史って苦手ですか?」
「歴史だけじゃないんです!もう、入学して早々、古文も赤点で!」
羽織が次々と陽織の恥ずかしい過去を暴露した。
「こ、古文は、頑張った、んだから!漢文は、無理、だったけど。いいじゃない!日本史できなくても、医学部関係なかったんだから!」
2人がギャーギャー騒ぐうちに、昼休みも終わった。
(絵梨花お姉様に、恥ずかしいところ見られた!)
神鬼はその様子に、ハハハと、乾いた笑いをする。
(幕末ですかー。)
その日、黎人が帰宅すると、着替えをしながら
「陽織、もう一度、歴史の勉強をしなおそうか。」
と言われた。
なんでー?
「うん、第二次世界大戦と幕末の区別がついてないと、流石に恥ずかしいからね。」
「ひ、必要ないもん!知らなくたって生きて、行けるし!」
「でも、入社試験に一般教養出るところ、あるよ?」
なんですってー?!
そして、あと2日、となった木曜日。
異変は起こった。
その日は午前中湊人と三神がついていた。
午前中は実験で、半日かかる。
湊人は一日中通しの実験なので、午前中は翔太に任せて来たらしい。
半日休憩なしは辛いので、みんな途中交代でトイレに行く。
ひたすら試薬が数分に一滴垂れる様子を観察していた。
「じゃあ、わたしトイレ行ってくる!」
最初に佳織が席を立った。
その間も、みんな小声でおしゃべりしながら、ひたすら食品の変化を観察している。
次に日緒理、そして羽織、最後に陽織がトイレに立った。
トイレは実験室の前にある。
湊人は油断していた。
10分後。
「陽織、遅くない?」
佳織が言った。
その言葉に菖蒲が反応した。
すぐに真凛がトイレに入る。
誰もいない!
陽織は10分前にトイレに立った。
実験中、黙ってどこかに行くなんてことはない。
「陽織様がおりません!」
その言葉がインカムを通して湊人たちの耳に入る。
「陽織がいなくなった!」
「農学部三年、神代陽織さんが何者かに攫われました!」
その知らせは、瞬く間に大学中に知らされた。
大学中が動き出した。
もちろん黎人にも!
神代財閥グループ、社長夫人というだけでない、黎人があまり触れたくなかった、もう一つの肩書きが、大学中に走る。
「神口学長のお孫さんが、また何者かに、攫われました!」
そう、陽香の父は明王大学学長神口清孝、陽香の兄で陽織の伯父神口明孝は医学部長になっていた。
陽織は実験室を出ると、肩を掴まれてどこかに引き摺られた。
??
中はまっ暗て、何も見えない。誰かに横抱きにされているのに気づいたとき、それが神次とわかった。
「な!はな、して!放して!おろして!」
異界の中というのだけは、わかる。
非力な陽織が、どんなにバタバタ暴れても、逃げることはできない。
大学では、講義室、トイレ、学食はもちろん、更衣室や物置まで、ありとあらゆる場所が探された。
それでも、陽織はいなかった。
陽織が消えて20分後、陽香のスマホが鳴る。
「お父様?珍しい、お電話なんて。」
陽香が呑気に電話に出ると、
「全く、そんな呑気だから娘が大学で、二回も誘拐されるんだ!」
「え?」
「陽織がいなくなった。実験中に、トイレに立った隙に何者かに攫われた!」
「え、だって、狙われてるのは、梓沙さんて。」
「とにかく、今、警察も大学関係者も、探している。
お前は何かあったときのために、家にいなさい。
おそらく、高樹くんからも、そのうち連絡がある。
本当に陽織はお前に似て、ぽややんだから!」
ぽややんって、
確かに陽織はぽややんだけど。
すぐに警察が来た。
神嶋が防犯カメラをチェックする。
実験室を出たあと何者かに腕を引かれて消えるところが映っていた。
「やはり、異界に連れ込まれた可能性がありますね。」
一緒に、蓮也と高樹が見ていた。
黎人は仕事が抜けられる時間まで来られない。
きっと今頃ヤキモキしてるに違いない、
「行き先がわからないか。」
「異界を出れば、あるいは。」
「出ると何か?」
高樹が蓮也に聞く。
「たぶん、黎人は白兎様と小龍を陽織さんにつけている。近くなら、2人の胸の痣でわかる。その他にも、前に誘拐されたあと、たくさんのお守りやら隠しカメラやら、盗聴機をつけてたので。」
「ちょっと待て!お前の息子は、自分の嫁を監視してるのか?」
「監視って、人聞き悪いなー。それだけ心配だっていうことだよ。普段はつけてないと思うが、今回は神次と接触したあと、また強化していると思うよ。」
高樹は仕方ないと思いながらも、娘のプライバシーが筒抜けというのが、納得できない。
「監視カメラの映像、来ました!」
神嶋の部下が叫んだ。
「監視カメラの映像?」
高樹が振り向くと、神嶋が黎人から提供されたものだ、と答える。
一体、どの角度からの映像なのだろう。
陽織のどこに着いてるカメラなのだろう。
(なるほど、これが万が一陽織に何かあった時の保険として発動するもの、ということか。)
対策会議で黎人が説明していたことを思い出した。
『まったく神代もだが、修也、こんな貧弱な娘のどこに価値があるんだ。亮一といい。コイツのせいで、アイツも警察なんかに目をつけられて。』
岡元大介の声が、聞こえて来た。
『お義父さん、あなたにはわからないかもしれませんが、コレは天神の娘よりも、はるかに価値がありますよ。忘れたんですか?去年の事件を。』
『この娘に関わったせいで、組が一つ壊滅したのを。それに、コレでも子持ちだ。それなりに楽しませてくれるはずです。』
監視カメラから聞こえる神次の声に、言葉に、高樹が怒りを露わにする。
蓮也も、顔を強張らせている。
もし、黎人が聴いたら作戦どころではなくなるかもしれない。
そんな2人の様子に
「これはおそらく、岡元が持っているどこかのマンションでしょう。この映像と会話は、誘拐の証拠になります。どうか、お二人ともギリギリまで、我慢して下さい。」
と、神嶋自身怒った声で言った。
陽織は、異界を抜けると、どこかの部屋に出た。
目の前には、以前パーティーで会った気持ち悪い男、岡元大介がいた。
神次との会話は、聞くに耐えない。
耳を塞ぎたいが、いつのまにか手足を拘束されている。
口にも、ガムテープのようなものが、貼られている。
おかしい!
意識を飛ばした記憶はないのに!
さっきまで、大学で実験していたのに!
トイレに立って廊下に出ただけなのに!
どこか異界に引き摺り込まれて。
そして、気づいたらここにいた。




