陽織、会議のあと(子育て編)
大会議室から、最後に蓮也、黎人、綾人と何人かの本社役員が出てきた。
全員、2人の披露宴にもパーティーにも、来ていた人たちだ。たぶん、気心が知れた人なのだろう。
黎人は陽織の姿を見つけると、駆け寄ってきて
「お疲れ様。よく頑張ったね。エライエライ。」
と、頭を撫でる。
う、子ども扱い!
「まだ少し早いから、上で休んでから帰ろう。」
黎人がそう言って、陽織の手を引き始めた。
陽織は、黎人と綾人に連れられて、社長室へ入る。
ソファーに座ると、紅茶とお菓子が出てきた。
「疲れたでしょう?今夜はゆっくりしなさいって。母上からメールが入っていた。鷹人のお迎え行って、お泊まりさせるって。」
黎人がニコニコしながら言う。
うん、疲れた。本当に疲れたんだよ?
その、ニコニコ顔は何!?
と、少し嫌な予感がする。
「夕飯も、母上が作って、もう家の方に届けてあるって。」
至れり尽くせりだ。そう考えると、陽織は恵まれているのかも知れない。
と、ほんのりと絆されそうになってから、いや待て待て!と思い直す。
とにかく、美咲は陽織を専業主婦にしたいのだから。
陽織がお茶している間も、黎人は仕事をしている。
ワーカーホリックだ。
5時半の終業時間になると、ビル全体がざわめき出す。時間外の残業をするためには、きちんと届けが必要で1週間の時間数も法律で定められている。
これを平気で破ってくるのは、研究室くらいだ、と黎人が笑った。
「研究職、やっぱり大変なんだ。」
それを聞いた陽織が小声で呟く。
「まあ、大学だって実験だけで、一日中実験室に閉じこもっていること、あるよね。湊人とかもそうだし。」
「そう、だねー。」
陽織も、1日とまではいかなくても、半日はあるのでわかる。
これを仕事にしたら、休み返上だってあるかも。高嶺や和嶺だって、そうだ。
周囲が少し落ち着くと、黎人と綾人が立ち上がり、綾人が茶器を片付け出した。
「そろそろ帰ろう。今日の業務は終了!」
そう言って、黎人はどこかに内線電話を入れて立ち上がる。
立ち上がったと思ったら、陽織を抱き上げた。
「え?いや、わたし歩けるよ!」
と、陽織は慌てて飛び降りた。
エレベーターで地下三階に直接降りて、地下にあるIDゲートで退社をする。
そのまま黎人の車に乗って、やっと帰宅した時は本当にぐったりしていた。
ごはんとお風呂を済ませると、もうベッドの上でぐったりとなる。
と思いきや、意気揚々と黎人が陽織に迫ってきた。
やっぱり!
「ほら、母上たちもゆっくりしてって言っていたし。」
いや、そのゆっくりは意味が違うと思うのだけど!
陽織が黎人の腕の中でくりくりしていると、黎人が突然
「陽織はどうして会議中に色気を振りまくかなー!」
と怒ってきた。
「色気?そんなのわたし、ないよ。」
たぶん。
「ほら、質疑応答の最後、全員に対して笑ったでしょう?」
え?笑っただけじゃん!
「陽織が笑って着席した後の、みんなの顔見ていなかったの?」
いやいや、黎人が怒っていたことしか。
「ほんと!自覚ないから困るんだけど。悠人なんか困って苦笑いしていたよ。」
そうなんだー。
「ほかの男性陣。顔赤くしていた人、たくさんいたんだよ!」
「えーっ!!?」
知らない!知らない!知らない!
ちょっと黎人は怒って、陽織をぎゅうぎゅう抱いてきた。
「もう、外で笑うの禁止ね!」
そんなの無理だよー!!!
久しぶりの二人きりに、結婚前のような気分で黎人の相手をしていたけれど、いつのまにか陽織は寝落ちしてしまった。まだ霊力が十分になかった時のように。
早朝、陽織は目を覚ますと嫌な予感がする!
あー、もう!本当に!
そーっと黎人の腕を抜けようとするが、抜け出せない。
いろいろと動けない。
おかげで寝たのに、あちらこちらがなぜか痛い。
重い!
と無理やり腕をどかそうとしたら、黎人も目が覚めてしまった。
「おはよう。」
と黎人が目をこすりながら起きようとして、自分の体制に気づいたらしい。
「まだ早いよねー。今朝は鷹人もいないし。邪魔されないし。」
だから何?
わたし今日は実験だから!
休めないから!
本当に、美咲の思う通りになってしまった。
絶対にわかっていて鷹人を預かっている。
二人は出勤と大学へ行く準備をすると、鷹人を迎えに行き、レイリーに向かう。
陽織は大学で車を降りて、今日は鷹人は黎人が送っていく。
帰りは遅くなるので、また美咲が迎えに行ってくれる。
ということで、今日は食品安全の実験だ。
先週からいろいろな食品の消費期限について、調べている。
実験は様々な条件下の同じ食材の変化について、電子顕微鏡などを使って観察し、その様子をレポートにする。
自然と暇な時間ができる。
その時、佳織と羽織がこそこそと話しをしている。
「へえ、よかったじゃない。きくりも、いい人と出会えたってことだよね。」
佳織はそう言いながら、陽織のとなりに座る日緒理のほうをちらちらと見ていた。
「羽織、実験中だよ!」
日緒理が睨むがどこ吹く風で、陽織だけまたカヤの外だ。
もう慣れたけど。
今、陽織はそれどころではないので、別にいいやとそっぽを向いた。
昨日の会議。昨夜のこと。美咲の思惑。神次。岡元。天神。高嶺。
もういろいろありすぎて、ちょっとキャパオーバーになっている。
「別にいいし、結菜ちゃんのこと教えないだけだから。」
陽織がつぶやくと、さすがに羽織も陽織が密かに怒っていることに気づいたようだ。




