陽織、一番痛いところ(子育て編)
お盆の直後、出社する社員の数はまだ少ない。仕事も少し減っている。
ということで、金曜日の夜、鷹人へのご褒美をしようと言うことになり、陽織と鷹人は夕方会社へ行った。
今日は白のレースのボレロと揃いの短い手袋。下にはピンクの小花が散るワンピースに、それに合わせたリボンで髪をハーフアップにする。
首元には、陽織の20歳の誕生日に黎人が贈ってくれたネックレス。
3人の誕生石が入っている。
アクアマリン、エメラルド、サファイア。
完全にオフィスでは浮く。
でも、黎人好みの陽織のスタイル。
先日初めてきた時は、すごくドキドキしたが、今回もドキドキは変わらない。
特に、今日は千織がいない!鷹人と入るけど、
実質1人の様なものだ。
しかも、会社と言ったら、男性が多い。
怖い!
会社玄関のエントランス、入館用のIDゲートの外、陽織は鷹人と手を繋いで待っていた。気を失いそう。
周りの目が痛い。場違いさ半端ない!
男の人、怖い!千織もいない!
しかも、今日は子ども連れ!
もう、玄関を入った瞬間から胃がキリキリする。
受付の人もチラチラ見てる。
そこに、黎人が複数人の人に囲まれて、エレベーターから降りてきた。誰かと話している。
男の人ばっかり!
う、胃が痛い。
どうしよう。
すると、鷹人が陽織の手を放してIDゲートをくぐってしまった。
確かに鷹人の体ではゲートは反応しない。
下を通り抜けられる。
はうー!!!たっくん‥‥。
陽織は真っ青になった。
意識が飛びそう。胃が口から飛び出す!
無理無理無理!
「パッパー!」
鷹人の声に反応して、黎人が振り向いた。
「あ、鷹人ーっ!!」
手を広げて抱き上げる。
「パパーっ!」
鷹人は嬉しそうに、抱きつく。
それを見た、周りの社員が騒ぎ出した。
「可愛いー!」
「そっくりー!」
「何歳ー?」
「えー、1つ?」
陽織はゲートの外から、だんだん遠い目になる。他人のフリをしたくなった。
帰りたい。
どこか身を隠すところがないか、キョロキョロと不審な動きをし始めた。
そこに湊人が通りかかり、ゲートの内側から、陽織に何かを放り投げた。
以前も渡された、ゲスト用のIDだ。
入って来い、と言うことらしい。
陽織は小さくなりながら、ゲートをくぐり、湊人の後に続く。湊人に手を伸ばすが、届かない。
待って、行かないで!
「社長ー。連れてきた。」
横柄な言葉遣いだけど、誰も咎めようとしない。
陽織は小さくなって、湊人の後ろに隠れている。
なんで?
すると、黎人の手から鷹人が乗り出す。
「ママ。」
「あ、たっくん、落ちちゃう。」
陽織が鷹人に手を伸ばした。
鷹人を受け取ると、湊人が手を振って帰ってしまった。
湊人ー、行かないでー。
心の中で叫んでも、涙目になっても、振り向いてもくれない。
湊人のばかー!
「何で泣いてるの?」
逆に黎人に顔を覗かれた。
急に声をかけられて、陽織はビクッとする。
「えと、その。」
もう、気を失いそうだ。
すると、他の社員たちが陽織の方を見る。
ダメだ!怖い!でも、頑張らなくちゃ。
目をギュッと瞑って、頭を下げるフリをして下を見る。顔から血の気が引いていく。
それでも、頑張ってニッコリ笑うと
「主人がいつも、お世話になっております。」
と挨拶をした。
美咲に怒られる方が怖い!が、頑張った!
意識が遠のく。
まさか男の人が怖くて、とは言えない。
笑われる。
それに気づいた黎人が、あっ、と陽織の手を握った。
「大丈夫。怖くないから。」
と言って、自分の斜め後ろに引っ張ってくれた。
「では、妻が来たので、わたしはこれで。失礼します。」
と、手をあげて周りに挨拶をする。
陽織も
「失礼します。」
と言って、後ろから頭を下げた。
エレベーターで、地下駐車場へ行く。
中には他の人はいなかった。
ホッとする。
「ごめんね。初めての人は、怖い?」
と聞かれて、小さく頷く。
「ちょっと、たくさん、いたので。」
1人2人ならまだしも。
ひとりぼっちで、大勢の男性に囲まれたら、完全に死ぬ!無理!気持ち、悪い。
「もう、そんなに泣かないで。」
黎人が呆れた声で言う。
「だって、男の人、いっぱい。」
「陽織、そんなで、就活できるの?」
‥‥‥。
黎人は陽織の一番の問題に気づいた。
「インターンシップも、むりだよね。」
一番痛いところをつく。
ますます、泣きたくなった。
「く、訓練、します。」
そう言いながらも、陽織の8月の残りは、また家とレイリーの2箇所以外に出かけることはなかった。




