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陽織、会社に行く(子育て編)

事故の後、助かった赤ちゃんは父親が迎えに来ることはなかった。海外赴任中だった。

警察は母親の親、つまり子どもの祖父母に連絡をして、迎えに来てもらったと言う。

ただ、それ以外のことを、陽織はわからなかった。


その晩、黎人が帰って来たとき、陽織は鷹人を眠らせ、ただリビングで、ぼーっとしている。

黎人はその様子を見て、あ、また、と。思った。

陽織は時々こうなる。

自分がやったことで、自分を責める。


第三者から見たら、陽織に悪いところはないのに。

むしろ、陽織は無関係なのに助けている方だ。

「陽織?ただいま。」

そう声をかけると、やっと顔を上げた。

「あ、おかえりなさい。黎人さん。」

陽織は、立ち上がると黎人の上着を受け取る。着替えの手伝いをして、夕飯の準備をする。


夕飯、お風呂を済ませると、すっかり遅くなっていた。

「今日は大変だったね。お疲れ様でした。」

黎人はそう言うと、陽織にキスをした。

「ん、黎人さんも。ありがとう。来てくれて。」

(黎人さんはいつも、遅くまで頑張ってくれている、わたしのために、鷹人のために、だから、だけど。わたしは、何を返せているのだろう?)

「黎人、さん。わたしは、なにが返せるの?」

陽織が聞くと、黎人は目を見開く。

「陽織はいつも返してくれて、いるよ?」

「何、を?」

「前から言ってるじゃない。陽織は陽織を返してくれている。僕が一番欲しいものをくれるよ?それが一番だよ?」

「黎人さんが欲しいもの?」

陽織は不思議な顔で、黎人を見る。

すると、黎人は陽織をギュッと抱きしめた。


「陽織、ぼくたちは他の人にはないことができる。でも、1人の人間ができることなんて、限界があるんだよ。陽織ができることだって。だから、陽織はまず、自分のことと、自分の周りのことを大切にすることから始めよう。」

「自分の周りのこと。」

「だから、当分はレイリーのことをがんばろうね。」

陽織は、黎人にうまく丸め込まれたような気がしたが、それでも、黎人に抱かれるのは、嬉しい。

(わたしができること。わたしが返せる、もの。)

「明日、わたし、どうしたら、いい?レイリー、行ったほうがいい?」

黎人は陽織を外に出したくない。

その気持ちはいつもある。

そして、夏休みの今は、特に。

もうすぐ、お盆が来る。

神次のことも、岡元のことも、何も解決していない。


ただでさえ、昨日のようなことがあったあとだ。

「陽織、しばらく家で、大人しくしてもらって、良いかな。」

「しばらく?」

「せめて、お盆が終わるまで。出かける時は、必ず誰かと一緒に。」


お盆が終わるまで。

そういわれたのに、神嶋が陽織と綾人、湊人、千織、宏輝、羽織に依頼を持って来た。

正確には綾人ではなく、黎人に来た依頼だったが、黎人がまた出張でどうしても参加できず、綾人が代わった。


依頼に行く前日、陽織は黎人の代わりに綾人が参加する、と言うことから、会社で打ち合わせすることになってしまった。正確には黎人の出張は、午前中で終わるので、途中から綾人と交代するつもりらしい。

「なんで会社?」

と聞いたら、メンバーの大半がバイトしてるから、とのことだった。

「夕方5時半には湊人たちのバイト終わるから、それまでに会社の受付に来て。千織さんと。」

「黎人さん、外に出ちゃダメって言ってたじゃない。」

と笑うと、

「そうなんだけど。」

と苦笑する。


鷹人は美咲が迎えに行って、今日はお泊まりもする。


千織も、新橋のカフェでバイトしているので、陽織は千織がいるカフェで待つことにした。


千織が終わって2人で移動する時

「なんで新橋なの?」

と聞いたら、湊人がバイトしている会社の近くだから、と言う当たり前の答えが帰って来た。

なら、日緒理みたいに、千織も一緒にバイトやらせて貰えば良いのに。


神代の本社ビルは新橋と虎ノ門の間で駅から歩いてすぐにある。それでも、後ろから真凛と菖蒲はついて来た。

2人は陽織を会社に送り届けるまでが、仕事だ。


聞いたら、そのまま同じビルにある会社に寄って、今日の仕事は終わり、らしい。


『何かの用事で会社に来る時』

披露宴をやるのが嫌だ、と言った時に黎人はそう言ったが、はっきり言って、そうそう来ることはない。

しかも、受付にいる人は、見知らぬ人ばかりだ。


「千織は、いつもどうしてるの?」

と聞くと、

「え?いつもは湊人くんが、わたしのところに来てくれるよ?」

と言われてしまった。


つまり、2人は今回初めてこのビルに入る。

完全に他所者だ。

「受付で待って、って、どうしたら良いの?」

「陽織ちゃん、名前、言ってみる?」

「え?嫌だよ。逆に不審者に見られたら、どうするの?」

「だって、社長の奥さんじゃない。」

「無理無理!絶対、信用されないって。」

2人はエントランスに入った途端、そんなやりとりをしている。


陽織は今日、水色レースのワンピースに、白い靴を履いて、白い小さなバッグを持っている。

千織は紺のブラウスに、白いフレアスカート、白のローファーに、黒のリュック。

どう見ても、陽織は社会人の服装ではない。


約束の時間になると、退社時間になるため、奥のエレベーターから、社員がバラバラと出て来た。


「だ、どうしよう。」

2人が手を繋いで、ドキドキしていたら、そこに蓮也が現れた。

「?陽織さん?」

「あ、お父様。」

「千織さんも。」

「こんばんは。」

蓮也は2人の様子にニヤニヤ笑うと、少し待って、と言って受付に行き、内線電話をかけている。


それから、数分後、奥のエレベーターから、黎人が現れた。

「あ、社長、お疲れ様です。」

「お先に失礼します。」

黎人は、社員に挨拶をされながら、その中を突っ切って、陽織のところに真っ直ぐにやって来た。

「ごめんね!待たせた?」


黎人に声をかけられた陽織と千織は、周囲の視線が痛い。目立つ。早く、どこかに隠れたい!

そのうち、綾人や、陽織も知る役員の人も現れた。


「社長、奥様、こちらへ。」

「あれ?陽織様、今日は社長とデートですか?」


周りでは、陽織をなにかで見たことがある?らしき社員の声が聞こえる。

「え?うそ。だって、すっごく若くない?」

「めちゃ可愛いけど、なんか、高校生みたい!」

「あれ?前に羽田で会った。間違いないよ。」

もう、なんかめんどくさい。


黎人は、と言うと、社員が、先ほどから退社の挨拶をしてくるのに、陽織と手を繋いだまま、奥へと引っ張って行く。

「ちょっと、陽織ちゃん、待って!」

千織は慌ててその後ろを追う。


2人はエレベーターに乗って、社長室と書かれた部屋へ入った。緊張する。もう、目が回る。

中には、以前陽織が隠れていたモノと同じ、黒の革張りのソファーが置いてある。


そのうち、湊人と宏輝、羽織も入って来る。

「うわっ、俺社長室って、初めて!」

「親父さんの会社、行ったことないの?」

「恥ずかしいから、静かにしてよ!」

と話す3人の声。


羽織は、3人がけのソファーの三分の一サイズに2人でくっついて座る、千織と陽織の姿を見つけた。

それを見て、湊人と宏輝が笑い出した。

「何その格好!」

「人形かと思った!」

3人は向かい側のソファーに、羽織、宏輝、湊人の順で腰掛けた。

「なんで、2人はそんなに小さくなってるの?」

黎人が、笑いながら声をかけてくる。

「だって、革張りのソファー、って、なんか、怖い。」

「ん、ちょっと、怖い人の、事務所、みたいで。」

そう言ってくっつく2人の隣に黎人は座り、陽織を自分の方に引き寄せた。




















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