陽織、事故現場の霊(子育て編)
8月の初め、陽織はレイリーで会計監査の準備をしていた。
鷹人は保育室で遊んでいる。
午前10時のおやつタイムが終わった頃、近くのビルから、
スゴーーーン!
ドカーー!
グワーッ!
という、ものすごい音が鳴り響いた。そのあと、
ぷーーっ!
ぶーーぶっー!
パーッパーーッ!
という、大きな車のクラクションの音。
幹線道路よりも2本中側に入るレイリーにも響いてきた。
一緒に仕事をしていた保育士兼事務員の青木が顔を上げて、陽織を見つめる。陽織も、顔を青くする。
上の階から、スポーツ担当のインストラクター、下神と男性保育士の神北が2人、様子を見てくる、と飛び出して行った。
2人とも術士だ。
そして、パトカーや救急車、消防車のサイレンが響く。
園児は不安で泣く子。
逆に車好きで興奮する子。
様々だ。
ネットニュースの情報では、どうやら、近くの幹線道路で大型トラック同士がぶつかり、一台が歩道に乗り上げ、目の前のビルに突っ込んでしまう、という大事故が起こったようだ。
陽織は一応代表の1人として、保育士たちに子どもを絶対に外に出さないよう、そして、各保護者たちへ連絡するように指示を入れた。
レイリーは無事であること。
園児は全員危険がないこと。
お迎えの時は交通状況を確認し、安全優先で来ること。
園内で給食を提供しているが、搬入の食材によっては、献立が変更される可能性があること。
など。
(こういうの、苦手なのに。)
30分ほどすると、神北たちが綾人を連れて戻ってきた。
ネットニュースを見た黎人が、寄越したらしい。
「あの、わたしの指示で大丈夫、でしょう、か?」
陽織はオドオドしながら、綾人に尋ねる。
すると、優しく
「大丈夫ですよ。社長も褒めていらっしゃいました。」
と言ってくれた。
とりあえず、レイリーがある建物は、マンション含め全く問題はない。あるとしたら、事故現場から流れてくる可能性のあるモノ。
一応、2階まではガーデンレイリーなので、黎人の結界が貼ってある。
それでも、どこから来るかわからない。
12時前、陽織は夢子と、調理員を手伝って、園児に給食を提供しに行った。
「新しい先生?」
年長クラスの子たちは、陽織を新しい保育士か調理員だと思って、ニコニコと寄ってくる。
可愛い!
一番下は、鷹人よりも下の学年。
まだ一歳になった子ばかりだ。
レイリーも、他の園を見習って一歳未満は受け入れてないのて、基本離乳食はない。
幼児食になる。
陽織が2歳児クラスに入ると、鷹人が気づいて、駆け寄ってきた。
でも
「ママはお仕事だよ。」
と言うと、抱きついてくるのは諦める。
2歳を前に、ずいぶんと理解できるようになっている。
将人も同じで、綾人が各教室の安全確認をする間、見回っていると、遠くから手だけ振っていた。
子どもたちは、給食の後お昼寝になる。
子どもと一緒にお昼を食べた先生は子どもの部屋が見られるところから、家族への連絡簿を作っている。
陽織たちは、事故のニュースをテレビで確認しながら、お昼を取る。
「代表の献立、子どもたちに好評ですよ。」
夢子に言われ、陽織は嬉しくなる。
「まだ1回目の実習が終わったばかりで、全然勉強不足なのがわかりました。」
それでも、陽織はシユンとしてしまう。
「大丈夫です。たくさん経験して、いつかはここの献立ら全部お任せするよう、言われてますからね。」
と、夢子に言われ、陽織は頭を上げた。
誰に?と言うのは、聞かなくてもわかる。
黎人が、陽織のために作った居場所だと、以前言っていた。
それを思い出し、今は経理、頑張らねば!と、拳を握る。
事故現場では、アナウンサーが惨劇の様子を伝えていた。ちょうど通りかかったサラリーマンや、親子が犠牲になっていた。
どうやら、右車線にいたトラックの運転手が、運転中に脳梗塞を起こして意識を失い、そのまま隣の中央車線の前に出てしまったのが原因らしい。
さらに、左車線に止まっていた車に、2台が突っ込み、3台がもつれ合うように歩道へと乗り上げた。
脳梗塞を起こした運転手、左車線の車のドライバーは亡くなったらしい。
そして、歩道にいたサラリーマンと、通りかかった高齢者、ベビーカーを押していた母と子の中で、子どもだけは助かった。
自転車で通り過ぎた学生は、軽傷。
真ん中の運転手は重傷、突っ込まれたビルにいた人も軽傷を負うと言う、大惨事だ。
「子どもは‥、良かった。」
陽織はほっと胸を撫で下ろす。
でも、母親は犠牲になってる。
咄嗟にベビーカーの上に、覆い被さったようだ。
綾人はレイリーの無事を確認し、会社に戻ろうとしていた。その時、陽織の様子がおかしいことに綾人は気づいた。テレビの画面を食い入るように見る陽織。
画面の中に、犠牲になった母親の姿が映る。
トラックの運転手もいた。
サラリーマンも。
普通の人には見えない形で。
「陽織様、見ちゃだめです。」
以前、絵梨花と一緒の時にも、あったと言う。
しかし、陽織の耳に綾人の声は届いていない。
そのまま、陽織が崩れるように、意識を失った。
一緒にいた夢子が驚く。
調理員たちも。
「陽織は見え過ぎちゃうから。」
以前、黎人から聞かされていた言葉。
テレビをどうしてだからなのか、それともお守りや結界のおかけなのか、引きずられることはなかった。
それでも、意識は持っていかれた。
綾人すぐ、会社に連絡を入れる。
社長は会議中と言う。
綾人が来た時は、そんな話はなかった。
緊急の会議でも入ったのか?
スマホの電源も切っている。
綾人は一か八かで陽織の手を握った。
握りながら、湊人のことを思い出した。
もしかしたら。
湊人がバイトする地下の電算室の電話が鳴った。
「湊人くん、社長秘書の神柴くんから電話。」
そう言われて、湊人は嫌そうな顔をする。
おれ、また何かやった!?
「あ、湊人くん、神柴です。申し訳ないのですが、少しこちらの仕事に手を貸してもらえますか?」
「こちら?」
「社長に、連絡がつかなくて、その、緊急会議が入ったらしく。」
湊人は、要領を得ない。
「陽織さんが意識を失ったのですが、どうしたら良いか。」
??
「あの、レイリーと言う、保育園に来て欲しいのです。」
??
要領は得ないが、神柴の様子からただ事ではない、何かが起こってるのはわかる。
本当なら黎人の力が至急必要なのだろう。
「と、とりあえず、会議中の兄に連絡取れないか、こちらでもすぐに行ってみます!」
湊人は経験上、黎人の断りなく勝手に動いてロクな思い出がない。
これは絶対、兄を何がなんでも連れていかなければ!
湊人はまず、父である会長に連絡を入れた。
どうやら、事故で巻き込まれたトラックに、会社の荷物が入っていたらしい。
それで、兄は忙しく動き回っている。
と言うことだった。
でも、こちらも緊急だ、と告げると、父はすぐに兄に連絡をとってくれた。
陽織はいつのまにか、ベビーカーの上に覆い被さっていた。
あ、あのお母さんの意識の中。
すぐ近くに高齢者の身体が、見るに耐えない様子で、引き裂かれていた。
サラリーマンは、跳ね飛ばされ、頭を強打したようだ。
そして母親は、子どもを庇って、下半身から大量出血をしている。
出血死、だったんだ。
あれって、すぐ死なないんだよね。
漠然と、陽織は考える。
最後まで、痛くて、痛くて。
陽織は自分が、なんでこんなことを考えているんだろう、と思った。
子どもは、ベビーカーこそ、変形していたが無事だ。
ただ驚いて泣いている。
お母さんを失っちゃったんだ。
この子。
お母さん。
陽織はついこの前、お母さんを助けて、自分が死にかけたから、これはダメ、これはダメ、と言うことくらいわかる。




