陽織、高校生活を始める
陽織がオリンピックに出たいほどスケートに打ち込んだのは、1つは好きだったから。そしてもう1つの理由は。
一族で能無し、力無しと両親までがバカにされていることを知り、それなら他のことで見返したい、と子ども心に思っていた。
色々やってみたところ、フィギュアスケートは、自分に1番しっくりきたのと、氷の上にいるといつも馬鹿にしてくる従姉妹や神家の同世代の子の言葉を忘れられた。
(わたしはこんなちっぽけな日本で偉ぶってる奴らと違う!世界一になって見返すんだ!)
とずっと夢見ていた。
なのに‥。
父は陽織の手のひらを上に向けていった。
「陽織、目を閉じて手のひらの上に何か現象、例えば火とか水、風と思い浮かべてごらん。」
陽織は意味がわからなかったが、大好きな氷を思い浮かべる。
氷。氷。氷。
「うぎゃっ。」
「ひお、寒い寒い!」
突如二人の兄が叫んだ。
目を開くと、手のひらの上から氷が溢れて、部屋のあちらこちらが凍り付いている。
「??!」
「それが、本当のお前の力だ。」
父は静かに言う。
「今まで封印していて、悪かった。」
封印?封印?封印?
よく、ファンタジー小説に出てくる、アレ?
陽織は何度も頭の中で繰り返す。
「陽織が生まれた時に、十神家300年ぶりの花嫁の印が出てしまったの。」
母はまたもや、苦痛に満ちた顔で話私始める。
「印が出た娘は、神様の花嫁になる運命。でも陽織の力を封印しておけば、誰にも見つからないのではないかって。」
「わたしの父、つまり元神月本家の当主、お前のお祖父様がそう言って、お前の力を閉じ込めたんだ。」
母と父がかわるがわる説明してくれた。
「しかし、徐々に成長してだんだん封印の力が弱まってきていた。」
そこまで父が説明してくれたが、陽織にはそれとスケートがなんの関係があるのかわからなかった。
「でもっ、スケート関係ないよ、ね?」
「陽織、どうしてお兄様や又従姉妹の美織ちゃんたちが、運動や音楽ができても、大会やコンクールに出ないのかわかる?」
母にそう言われて、陽織はもしかして、と言う考えが浮かぶ。
「でも、スケートは、わたしすっごく練習したし、頑張ったし!」
陽織はそれでも食い下がろうとした。
「今まではね。」
兄たちは無言で陽織を見つめていた。
「能力を持つ者は、普通の者と違い、それを使って人間離れしたことも可能なんだよ。」
「ちから、使わなければ、いいんだ、よね?」
父が黙ったので、陽織はもしかしたら?と思ったがそれは甘かったらしい。
「もし、お前が大会でジャンプの着地でバランス崩したら、どうなると思う?」
高嶺が口を開く。
「失敗、しないし!絶対、成功するし‥。」
「たしかになー、陽織スッゲーうまいもんな!」
和嶺がニカっと笑ってフォローしたが、父に黙ってろと睨まれた。
「万が一だ。」
「その時は、ハクが陽織の危険を察知して転ばないようにしたり、無意識のうちに風の力が出て、スピードが上がることもあるんだ。風の力に秀でた者がもしも走ったら、オリンピック選手の比ではない。」
陽織はもしかしたら、の考えが当たっていたことに思わず両手で口を押さえた。顔色も真っ青になっている。
「わたし、が、4回転、飛べたのって。」
陽織の頭の中は、不正、八百長、インチキ、とマイナスの言葉が巡る。
しかしそれをばっさり否定してくれたのは、高嶺だった。
「いやいやいや。今までこんなに近くに、龍や鬼がいても、全く見えなかった陽織には、なんの力もなかったよ。それだけは保証する。でも、これからはダメだ。たぶんドーピングを超えた行為になってしまう。」
「だから、もう、ダメ?なの?」
今まで、やりたい演技ができなくて泣いたことはあるけれど、こんなに理不尽で納得できない涙は初めてだ。
そのあと、陽織は自分の部屋に戻り、閉じこもってしまった。
一番重要なことを聞きそびれて。
閉じこもったものの、コーチに無断で休んだことに気づいた。黙って練習休んだことを謝ろうとスマホを持ったら、先に着信の振動が。
「うわっ。」
と驚いてスマホの画面をタップすると、今連絡しようと思っていたコーチだった。
「あ、陽織ちゃん?今お母さんから電話もらったけど、何があったの?」
それがコーチの第一声だった。
母が電話した、と聞いて陽織は内容を察してしまった。しかし、何と返せば良いのか、どう説明するのが正しいのかわからず、何も答えずにいたら
「スケートやめるって、本当なの?何があったの?もう少しで、陽織ちゃんの夢に届くのに。お金とかなら、きっとスカラ取れるから。」
あ、コーチも同じこと思ってるんだ。スケートお金かかるから、アマチュアでもスポンサーつけている子たくさんいるし。
「それとも病気?お母さんも理由は言えないっておっしゃって。」
そうだよね。理由言っても誰も信じない。変に説明したら、わたしと同じように不正も疑っちゃうし。
「えっと、病気?というか。あの、もうスケートできない体っていうか。」
なんだ、このいやらしい言い訳!でもそれが正しいのかな。
コーチはそれ以上聞かず、小さく了解の返事だけで通話を切ってくれた。
きっと今頃、クラブの他のコーチとあらぬ噂や予想で盛り上がっているかもしれない。でも、それ以外に何も言えなかった。
春休みはほとんど部屋から出ることもなく、高校の入学式の日になった。元々、兄たちと同じ明王大附属高校の合格はもらっていた。
しかし、ほぼスポーツ推薦で入れるクラスの予定だった。スケートをやめてしまった陽織は、どうしたら良いのかわからないまま、学校の門をくぐる。
「神月のおじさま、おばさま、おはようございます。今年一年、よろしくお願いいたします。」
声をかけてきたのは神城美織、父の従兄妹の娘、つまり陽織から見た又従姉妹だった。一族の同世代で、最も美しく賢いと言われている女の子。礼儀正しく所作も綺麗。お姫様のような子だ。
「美織ちゃん。陽織は初めてのことなので、色々迷惑かけると思うけれど、よろしくお願いね。」
母が笑顔で美織に答えた。
美織は背中に緑がかった精霊を従えている。兄の話では、木の精霊ということだ。
「はい。」
と返事をするだけでも、乙女ゲームのヒロインのようなキラキラした光が舞うような雰囲気がある。
美織の木の精霊は、主人に寄り添う妹のような可愛らしさがある。
(精霊も色々いるんだな。)
そう思いながら周囲を見回すと、あちらこちらに、龍や虎、精霊風の生き物を従えた生徒の姿がある。よくよく見ると、散々陽織と両親を馬鹿にしてきた大人と一緒だ。つまり十神家のものばかり。
陽織のクラスは、いわゆる十神家やそれに連なる、力を持つ子どもたちのクラスだった。
女子は美織を入れて七名、陽織を入れると全部で八名。男子は十二名の少数クラスになる一年S組。特別な力を持つ子だけの訳あり?クラスだ。
(これならハクを抱いていても、変に思われない。)
美織の後から教室へ入り、自分の席に着くと、隣の席のに座った女の子が、ハクの可愛さに釘付けになっている。
「可愛い〜。いいなー、うさぎ。それあなたの精霊だよね?」
突然声をかける人は今までも大勢いたけれど、白桃のことを聞かれるのは初めてなので、曖昧にうなづいた。すると、
「それは白兎様。神様の使いだよ。神使。お前、知らないで連れてるのか?」
と、冷たい声をかけてくる男子がいた。少し背が高く、気が強そう。背中には兄たちと同じ、龍を従えていた。
「お前みたいな能無しが、このクラスにいて、白兎様を連れ歩くなんて。」
そう言い捨てて、陽織に背を向けた。
能無し。そう呼ばれていたことは知っている。でも、今まではずっと、両親や兄たちが守ってくれていた。
見えないことが当たり前の学校や世界で生きてきた。
(わたし、本当にそう呼ばれてたんだ。)
彼は神代湊人といった。神月と並ぶ名家だが、神代家は京都の本家がすでに廃れてしまったため、こちらが今では本家となっている。
「湊人くん、陽織さんはSクラスにいるのよ。さっきの言葉は撤回しなさい。」
陽織は今までの経験上、他人からの悪口は右から左へスルーする性格だ。そうしないと勝負の世界でいちいち気にしてたらメンタルボロボロになってしまう。しかし、美織は違うらしい。
湊人の言葉に、事情を知るクラスメイトがヒソヒソと話している。しかし美織のひと睨みのせいで、みんな声を大にして言う人はいない。
(これは、礼をいうところかな?)
そう思った陽織は、美織の背中に小声で
「ありがとう。大丈夫だよ。」
と話しかけた。
美織はにっこり微笑んで振り返る。その笑顔に陽織は顔が引き攣りそうになった。
(あー、きっとこういう子がマドンナ、とか、姫、とか呼ばれるんだろうな。)
と思いながら。
入学式の日は、そんな感じで一日が終わった。保護者席にいた両親も同じような言葉の洗礼を受けてはいたようだ。
と、帰りの車の中で陽織は感じとった。
(あのまま封印してくれていれば、今日だって普通に過ごせたのに。もっとも、わたしは入学式なんて出ないでリンクにいたかもしれないけど。)




