陽織、オリンピックに行きたい!
テレビの中では、先日開催された世界ジュニアフィギュアスケート選手権のフリーが流れている。
「日本の神月陽織!今4回転ルッツを決めました!」
「今日3つ目の4回転、綺麗ですねー。着地も安定感があります。」
テレビの中で、アナウンサーと解説の元メダリスト、浅川ゆかりの声が響く。
「お父様、何回見てるの?今日はわたしの誕生日だから、大切な話がある、ってさっき言ってたじゃない。もう、お母様のご馳走もいただいたし、わたしは早くリンクに戻って練習したいの!」
陽織は膨れて立ち上がろうとした。
しかし、それを遮ったのが父親のとんでもない発言だった。
「陽織、お前はもうフィギュアスケーターにはなれないよ。もちろん、乗馬やピアノ、テニス、全て趣味でやるのは良い。でも、お前は神様の花嫁になるのだから。」
わたし神月陽織が生まれた神月家は、日本という国を太古の昔から支えてきた十神家。神話の時代から、この国を人知れず支える、神様の力を引き継ぐ家系だった。古い時代には陰陽師なんて人もいたらしい。
長く伊勢や京都、奈良にいたが、鎌倉時代に鎌倉へ、その後江戸に国の中心が動くと江戸に分家を遣わしてきた。陽織が生まれ育った家は、江戸、つまり東京に出てきた分家になる。
十神家の中には、青龍や朱雀と言った力を従える者や、巫女の力を持つ者、退魔に優れた者と何かしらの力を宿す子が多く、神月家長男の医大生神月高嶺も、高校3年生の神月和嶺も、自身の龍を持って従えている。
しかし一番年下の神月陽織は、なんの神使も従えず、巫女の力も持たない能無し。見鬼という、人ならざる物が見える才能も無し!十神家や親族間からは、能無し、役立たずと言われ弾かれてきた子になる。
しかし、陽織の両親は十神の親族や神家から守り離すように、普通の家庭の子ども以上に、自由に好きにさせてくれた。
子どもの頃から、ピアノ、バレエ、水泳、乗馬、合気道、そしてフィギュアスケート。興味を持ったもの、やってみたいと思ったものは、なんでもやらせてくれた。
中でも4歳から始めたフィギュアスケートは、元々才能があったのか、すぐにバッジテストを合格しまくり、小学生の時はノービスAで優勝、オリンピック候補として注目され、中学3年生の今年、なんと世界ジュニア選手権で優勝。再来年の冬季オリンピックに1番近いスケーターとまで言われている。
学校サボってリンクに行っても、スケートのために、年間何百万円とかかっても、海外遠征も、高額で優秀なコーチも、両親は好きにさせてくれていたのに‥。
なのに、どうして?
どうして?もしかしたら、ウチは貧乏になっちゃったの?
陽織は疑問と怒りいっぱいの頭で、父親を睨んでいる。すると、そこに食器の後片付けが終わった母が現れ、さらに二人の兄も陽織の横に座る。
「もしかしたら、わたしの散財で、ウチは借金だらけ‥なの?」
陽織が、恐る恐る聞くと、上の兄高嶺がプッと吹き出す。
「そんなこと言うなら、医学部の僕も同じだよ。」
緊張した空気の中、高嶺はそう言ってくれたが、両親の表情は硬い。母は、少し泣き出しそうな顔をしている。
(やっぱり借金‥)
その時、父が深く息を吸い陽織の目の前に指を翳す。と、同時に陽織が聞きなれない言葉をつぶやいた。
すると、陽織の目の前が、眩しいくらいに光る。あまりの眩しさに目が開けられない。ほんの少し目を閉じて、そしてやっと目が開けられると‥。
陽織は目の前の光景に、ただ唖然とした。唖然とすることなど、文章の中での比喩だと思っていたが、本当に、顎が外れるか、と思うくらい驚きの光景を目にしてしまった。
「うっ、ぎゃ、ぎゃあーっ、食べっ、しっ。」
声にならない声が出て、陽織は本当の本当に腰を抜かした。
「ひっ、陽織?」
「陽織!」
家族全員が名前を呼んでいる。
が、これが放心状態か。
と思って何分過ぎただろう。
動けない。声も出ない‥‥‥。
「わたしっ、わたし食べられるのですかっ?」
陽織は母に縋り付く。
両親は不思議な顔をしている。
「わたし、神様なのって、もしかしたら、食べられちゃうのですかーって!?」
陽織の意味不明なセリフに最初に気がついたのは、下の兄和嶺だった。
「おー、兄上っ、龍ちゃんたちが見えたんだ!」
「おー!」
高嶺もポンと手を打つ。
よく見ると、二人の兄の後ろには、それぞれ2匹の龍がいる。さらに父の後ろには、見たこともない鬼?の姿が。目を回す、とか、泡を吹く、という言葉もあるが、それすらもできないほど、顔が恐怖に引きつる。
それだけでない。
見たこともない、獣や漫画の中でチラ見したことがある妖怪?のような化け物の姿に、涙目と汗で、顔もぐちゃぐちゃだ。
「すげーっ!陽織、一気に全部見てるー!」
なぜか和嶺ははしゃいだ声をあげている。
(なんで?なんで?なんで?和兄様笑ってるー?わたし死んじゃうんだ!ママ泣いてたしー!)
陽織は母以外の家族が、一族の能無しの自分を神様の生贄にするのだ!と理解した。確信した!
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。わがままばっかで、好きなことばっかりして。」
陽織は泣きながら、母に縋りついた。
「お願い、生贄にしないでー。死にたくない!ママ〜助けて〜!お願い〜。父様ー。」
陽織の号泣がが響き、家族全員がしばらく無言になる。
「父上?もしかして、陽織、勘違いしてない?」
陽織の泣き声だけが響く部屋の中で、高嶺が少々笑いながら言った。
「陽織?もしかしたら、お父様やお兄様たちの、従者が見えてるの?」
母が陽織の顔を覗き込み、涙を拭いながら言った。
「従者‥?」
「そう。よく式神とか、精霊、使い魔、ファンタジーの小説に出てくるでしょ?」
陽織は小説は読むが、漫画は読まない。アニメも見ない。というかテレビも、普段は見ている時間はない。その代わり、移動の時、本は読む。
「陽織好きでしょう?ほら、陰陽師とか、龍神とか、王子様ーとか?」
さすが母だ。陽織の好みをよく知っている。
陽織はコクコクとうなづく。
「そうそう、じゃ俺の龍ちゃん紹介するね!」
和嶺が、ニコニコしながら自分の後ろにいる、青みがかった龍の首に抱きつく。
「青龍の龍之介!スッゲー可愛いんだ!」
和嶺は、まるでゴールデンレトリバーに抱きつくように、青龍に抱きついて紹介した。
「僕のは黒龍の龍太郎。」
高嶺はスマートに黒龍の方を手でしめすが、ネーミングはどちらの兄もどっこいどっこいだ。
「それではついでに、俺のは大鬼の鬼太郎と、狐のコタロウ、そしてこいつはずっとお前のそばに付けていた白兎になる。」
父が兄たちにつられるように、紹介をしてくれたが、こちらも名前がなんとも言えない。
だが、父の膝の上にちょこんと座る白いうさぎは、すごく可愛い。
もしかして、家族揃ってネーミングセンスがないのだろうか?と思ったが、子どもの名前は、そこそこカッコいい。
「ママにもいるの?」
「ええ、今お台所で、キッチンの掃除と、お洗濯をたたんでいるわ。」
陽織はこの時、我が家には使用人がいるわけでもないのに、いつも家事が完璧すぎる理由を知った。
母に呼ばれたのは、美しい女性の姿をした何か?だった。
「わたしの従者は、水の精霊のマリーと、風の精霊のリリーよ。」
母は母で、ファンタジックだった。
「白兎は仮の名なので、お前が名前をつけなさい。陽織の従者にするつもりで、長年お前のボディーガードのようなことをしてもらっていた。」
父からうさぎを受け取ると、確かに本物の生きたウサギとは違うことがわかる。
重さもなく匂いもない。さらに生き物独特の体温も感じられない。でも可愛い。
「白いうさぎだから、お父様は白兎って呼んでいたの?それなら、あまり変え過ぎない方がいいわ、ね。」
陽織の目からは、すっかり恐怖も悲しみも無くなっていた。
「白兎、はくと、白桃?うん白桃。」
「お前、桃好きだもんなー。」
陽織が名前を言うと、和嶺が速攻で突っ込んできた。
「それじゃ白桃だけど、普段はハクって呼ぶね。」
そう言って、なんとなく抱きしめる。兄が青龍の首に腕を回していた気持ちがわかる。
しばらく、落ち着いた陽織だったが。
落ち着けば落ち着くほど、先ほどの父の言葉が解せなかった。
「それで、どうしてスケートやっちゃダメなの?わたしはオリンピックに絶対行くって、決めているのに!」




