陽織、暗躍する兄と夫
天神大和が、パーティーを開く準備をしている。
まだ、孫が産まれるのには少し早いのに。
そんな7月のある日。
黎人は高嶺にある晩、呼び出されていた。
高嶺が黎人だけを呼び出すなんて、珍しい。たぶん学生の時以来だ。
「忙しいときに悪いね。」
高嶺は湯島近くの小料理屋の個室に黎人を案内する。
明王大病院の医師御用達のお店だ。
「ここは、明王の医者たちが他で聞かれたくない話をするのに、うってつけなんだって。何飲む?」
と、高嶺が笑って話す。
いつぶりだろう。こんな風に2人きりで話すなんて。
「あ、じゃ、烏龍茶で。」
と言うと、高嶺がびっくりした。
「陽織、アルコールの匂いすると、嫌がるので。」
そう答えたら、プハッと笑われた。
「そっか。変わらないね。2人は。」
そうだろか?
「陽織はどう?元気にやってる?」
と聞かれて、
「一応。」
と答える。
これって変だろうか?
「もう、2年以上でしょ?色々あるんじゃない?」
と聞かれる。
そう、この2年、色々あった。ありすぎた。でも、その間、高嶺と2人きりで会うことは一度もなかった。
「なんか、和嶺の面倒まで見てもらってるみたいで、申し訳ない。」
「あ、いえ。」
本来なら、このグループ的に、高嶺がリーダーだった。いつからだろう。高嶺が現場に来なくなって、どんどん話す機会もなくなった。
「陽織とはどうなの?陽織が、その、2人目、流産したって聞いて。それもあって、今回お願いしたいことがあったんだけど。」
あー、そのことか。
普段はあまり話さない高嶺が、よく話す。お酒も入っているからなのか。
「今度の、天神のパーティー、陽織は連れてこないで欲しいんだ。嫌なら、黎人くんも欠席でいい。」
?
いきなりの直球に黎人は目を丸くする。
「天神の父は、孫が2人男の子、と言うことを自慢する。さらに、今度生まれた子が、天神の跡取りになることを。」
あー、そういえば天神さんはそのために、高嶺さんに色々援助してるんだよね。
「でも、義父はおそらく次の株主総会で退任を迫られる。」
「え?」
「当然だよ。神代を敵に回したんだから。」
「あー、」
と言いかけて、先日、父蓮也と話したことを思い出す。
去年起こった誘拐事件。黒幕に、神次の名がすでに出ている。それだけではない。表向きにも、報道を抑えきれなかった天神が攻められた。それに、今、世の中はオールドメディアに懐疑的だ。
天神も、今や大和ではなく、妹婿の吉原が電子版やオンデマンドで売り上げを確保している。
さらに、吉原の息子は黎人もよく知る、やり
手の若手実業家。
「僕は、研修医が終わったら、祖父の病院を継ぐ。その前に梓沙の家の土地に、大きな病院を建てて、こちらに移動してもらう。
もう、着工はしてるんだ。
今、大学病院は、どんどん地域医療の連携を図っている。そこで、祖父の神月クリニックを、この冬、神月総合病院に変える。祖父には、そのまま院長として残ってもらう。」
黎人は高嶺の話しを聞き、今まで彼が密かに動いていたことが、いよいよ始まるんだ、と言うことに気づいた。
「僕は、自分の子を、穴の空いた泥舟に乗せるつもりはない。梓沙ともよく話しあった。2人とも、医師にする。」
高嶺の言葉は力強く、まだまだフラフラしている自分が恥ずかしくなる。
「とりあえず、悠人には、その際必要とする、院内設備に関しては、全部任せる、と、すでに話している。」
黎人は、恥ずかしさが増す。悠人に先に話しが行ってたなんて。
それを知っていれば、計画は立てやすい。
「まあ、設備は開院前の必需品だからね。そしてもう一つ、黎人くんも、この話、協力してほしい。」
黎人は、目を丸くした。
神代製薬は安定した会社だ。前の健康食品部門と異なり、そのままでも、なんとかなっている。
だから、黎人は好き勝手しているところもある。
ただ、同じ薬でも、市販薬と処方薬は違う。
もっと処方薬に参入できたら、それは初めから気になってはいたところだ。
「そして、最後のお願い。10年後で良い。毎日でなく、リモートでもいい。
入院体制が整ったら、陽織をうちの管理栄養士として。迎えたい。」
高嶺の言葉は、黎人として、願ったり叶ったりだ。陽織が仕事できる。
ただ家の中に閉じ込めて、妻、母として生かすのは、たぶん陽織は望んでいない。
黎人は下を向くと
「喜びます。」
と一言だけ言えた。
黎人は、知らないうちに涙を流してた。
「大丈夫?黎人くん。いつもより静かだけど、何かあった?」
あった、と言えば、あった。
今、その話しを、高嶺を信じて話すべきか、迷っている。すでに黎人の息がかかったものは、動き出している話しを。
「神次、って、知ってますか?」
「かみ、つ、ぎ?なんで、知ってるの?」
むしろ、高嶺の方が驚いた。
やはり、と言う気持ちが大きくなる。
今、十神家は天神を省こうとしている。
理由は花嫁である陽織を襲った神次を天神が匿っているのではないか、と言う疑いを持っているからだ。
もちろん完全にではないが、このまま高嶺が子どもを、すべて神月家の子として扱えば、自然と天神家は消滅する。
天神家がなくなれば、京都の神代家や奈良の大神家のように、自然消滅する。
それを、黎人を長として構成されている、今の十神家は望んでいた。
「高嶺さんはどうしてご存知なんですか?今、ほとんど神嶋さんと関わっていないのに。」
黎人は少し、きつい言い方になった。
「もし、神次の行方を知っているなら、早めに教えて下さい。情報だけでも良い。彼は、陽織を狙っています。」
「陽織を?どうして?」
「当然でしょう。僕のウィークポイントで、神代と、今の十神家のウィークポイントに、なるからです。」
高嶺の顔色が変わる。
もし天神が神次を匿っていて、それを高嶺が知っているなら、彼は天神を取るか、陽織を取るかを迫られる。
と言うか、すでに迫られた。
「そんな大事なことを。」
「高嶺さん。今、現場を担っているモノは、全て知ってます。神次の行方を追ってます。むしろ、高嶺さんも天神さんと一緒に、匿っている側なら、梓沙さんともに、警察から目をつけられます。僕たちからも。」
部屋の中には、防音結界が貼って入るので、外の音すら聞こえない。
「高嶺さんは陽織の大切な兄だ。僕は陽織が悲しむのだけは嫌だ。
以前のように、僕たちは子どもではなくなって。周りの人から見たら、本当に仲が良いのか、疑問に思われてるのかもしれない。
でも、それは、高嶺さんだってそうでしょう?大切にする方法が変わっただけです。僕にとって、陽織は変わらず、唯一無二ですよ。
陽織のためなら、天神家を社会的に葬る事くらいできる。だけど、今やれば、高嶺さんたちも巻き込んでしまう。
それは陽織を悲しませる。
お願いです。
パーティーをやるのは良いです。でも、できれば、その前に神次を神嶋さんに引き渡すか、お義父上を説得する、または、梓沙さんを説得して、天神家を切ってほしい。
先ほどの高嶺さんの、意思を貫いてほしい。
そのための協力をするなら、僕たちは高嶺さんたちを守ります。」
この時、高嶺はパーティーで、すでに黎人が何かを仕掛けていることに気づいた。
今、天神家は神代家とはうまく行ってない。
パーティーの会場も、かなり断られた、と聞いている。
セキュリティも、神代の直結した会社はもちろん、息がかかった会社にお願いすることは難しかった。
義父は自分がグループ会長や十神家の座を守るために、どうにかして、もう一度神代との関係を修復したい。だから、黎人たちを招いた。
その中に自分の子どもたちを差し出すのが、どれほど危険か、高嶺だってわかる。
正直、高嶺にはここまで見えていなかった。
高嶺はまだ研修段階の医師で、黎人は世界的にもな名が通った企業の、経営者だ。
「わかった。まず、僕が知る、神次の情報は渡す。」




