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陽織、実習、終了(子育て編)

実習3日目の昼、陽織の前に東山が座った。

「神代さん。」

と呼ばれて顔を上げる。

「こんにちは。」

と挨拶をすると、

「先日はありがとう。その、階段と、あと、事故の妊婦さん。」

と言われた。陽織は、どう返事をしたら良いか困る。

こう言うことは、あまり知られてはならないので。

陽織はしどろもどろになりながら

「えと、あ、はい。」

と、だけ答える。

「それより、そのお弁当、それ、幼児さんより、少なくない?」

と言われてしまった。

今日は黎人もお弁当なので、頑張ったはずなのだが。

ご飯には鮭フレーク。ブロッコリーとプチトマト、ほうれん草のおひたし、卵焼き。が、全部一個ずつ入ってる。

ご飯も大さじ3杯分くらいは。

黎人のは、もちろんこの5倍以上に、以前大量に作って冷凍した、シュウマイを5個入れた。


「あ、あと桃のゼリーもあるので。」

と、陽織は保冷バッグから、お弁当箱より大きい桃ゼリーを出した。

「それじゃ、どっちが主食かわからないじゃない。」

と、東山に笑われる。

そのあと、陽織は最近気になっていた、あることを相談した。すると、東山は微妙な顔をしていた。


その週の最後は陽織が実際に献立を立てる。

メインは鶏ひき肉と豆腐に、桜エビと煮干しを粉末にした物を練り込んだツクネ。


そこに、片栗粉でとろみ餡をかける。味は桜エビと煮干しの旨みと塩分、とろみにちょっとだけお醤油、と言う薄味だ。


カルシウムも、タンパク質も、糖質も、DHAも摂れる、と高評価だった。

肉だから、寺井には不評かと思ったが、出汁の取り方と和風の味付けが良かったらしい。

「ちょっと若い患者さんには、物足りないかもね。」

と言われたので、

「そうなんです。主人はおろしポン酢にしています。」

と答えたら、

「え?結婚してるの?」

と、驚かれた。

確かに、こう言う現場では指輪は御法度なので、陽織は外して首から下げていた。

「あ、うちの子はこのままが好きなんですけど。」

と言うと

「え、子どももいるの?」

と、さらに驚かれた。

「どうりで、手際がいいと思ったわ。普通の学生さんより、早いもの。」

「え?あ、ありがとうございます。」

と、陽織は照れた。


「お子さんは?どうしてるの?」

最終日だからか、気さくに2人とも聞いてくる。

2人とも子持ちで、寺井の方は社会人だと言う。

「あ、昼は保育園で、遅い時は、主人の母が。」

と答えると、

「えー、大変ね。お姑さんたちと一緒なの?」

「大丈夫?うまくやってる?」

と、心配までされてしまい、苦笑いした。

「え、と、怖いけど、色々教えてもらってます。」

と、思わず本音が出てしまった。


陽織は、毎日教えてもらったこと、新しく知ったこと、など、家に帰ると黎人に話したり、自分でも作ってみたりしている。



2週目は西棟。今週で終わりなので、羽織と最終日の翌日、土曜日に会う約束をしていた。これが終われば、春休みだ。


西棟の小児科、産婦人科は陽織もお世話になった期間は長い。ただし、悪阻で食べられなかったので、食事の記憶は、ほとんどない。

そう言う患者さんは、どうしてるんだろう。


   わたしは食べた記憶、ないなー。

   いつもゼリーだけだった。

と、陽織は遠い目をした。


そして、その話は管理栄養士や調理員たちの間でも、話題にはなっていた。

特に悪阻患者は1人1人食べられるものが違うので、用意のしようがないらしい。

確かに。その結果、ほとんどが点滴頼りになってしまう。


乳幼児の食事は、陽織自身すごく勉強になるので、毎日熱心に学んだ。

自分が好き嫌い多いから、鷹人にちゃんとバランスよく提供できてるのか、不安がある。

夢子先生や、アスリートの時の栄養士の先生を思い出しながら、今は作っている。

でも、どうしても苦手な食材は、手に取りにくい。

特に魚とひき肉。

西棟の管理栄養士、宮下と市原は、どちらもオールマイティに得意。

子ども向けは自身も3人の子がいる宮下が。婦人科は市原が担当している。


「魚は子どもも苦手な子が多いから、できれば多くしたいんだけど、アレルギーの子もいてね。」

と、宮下が苦笑いした。


「アレルギーって大変ですよね。」

「そう。特に、小麦粉とそば粉の子用の食材は、別室管理で別室調理よ。」

と聞いて驚く。

鷹人は今のところアレルギーがないので助かる。

「うちのこは今のところアレルギーないので、助かります。」

と陽織が言うと、またも

「えーっ?」

と驚かれた。

「わたし、その、去年こちらにお世話になっていたんです。」

と思わず苦笑いしてしまった。

「その、悪阻の時も。」と言う陽織の一言に、市原が食いついた。


「ゼリーかあ。茶碗蒸しとかは?」

「んー、匂い?がダメでした。」

「逆に甘い匂いがダメで、ゼリーやプリンダメっていう人もいるのよねー。」

と、色々話を聞かれた。


「その、何回か他にもお世話になったんですけど、わたし、病院食そのものの匂いが苦手で。ほとんど、食べられなくて。」

「他にも?」

「あ、東棟の部屋がなかった、とかで。」

流石に、性犯罪の被害を疑われた、とは言えなかった。

事実、先週は部屋がなくて、こちらに3日も拘留されている。


入院経験がある、一歳の子どもがいる、と言う陽織は2人にとっても、貴重な情報源だったらしく、こちらも楽しい1週間が過ぎた。


最終日のシラスを使った(自分は絶対に食べない)混ぜご飯も好評で、最後の時間まで、あと数分。

と、そのとき、陽織のお腹に激痛が走った。

(痛い、痛い、痛い!肋骨じゃない、え?盲腸?じゃない!でも、めちゃくちゃ痛いー!)

と思った途端、意識がなくなる。


「神代さん!」

「神代さん!誰か、看護師さん、呼んで!」

2人が廊下に向かって叫んでいる。

陽織の足元は血まみれだった。


陽織が目を覚ますと、7階のいつもの病室にいた。

なんで、毎週。

などと、呑気なことを考えている。

あ、明日の朝はわたしが考えた献立だ。

など。


病室の入り口で、黎人と東山が話している。

あれ?

なんで、2人がいるんだろう。

お腹、痛くなくなった。

もう、帰って、良いのかなー?


陽織は、ムクっと起きあがろうとすると、点滴が刺さっている。

「すみません。これ、外していいですか?」

気がついたから、いいかな、くらいで陽織が声をかけた。

すると、黎人が慌てて駆け寄ってくる。


「ん?どうしたの?黎人さん。」

黎人が、ちょっと泣いていたみたい。

なんだろう?

東山も、入ってきた。

「気がついた?ん、顔色はまだよくないわね。」

「あ、すみません。わたし、その、実習まだ終わってないので、もう、戻っていいですか?」

と聞いてみた。

東山はちょっとびっくり、と言った顔で陽織を見ている。


「えと、先週わたしと話したこと、覚えてる?最後にわたしにした質問。」

?

「え、と。その、まだ生理来ないんですよねー。っていう質問ですか?」

「そう。それって、心当たりなかったの?」

ん?

陽織は、よくわかってない。

黎人が陽織のベッドの上に腰掛けて

「陽織、赤ちゃんいたんだよ、お腹に。でも、今日、流産しちゃったって。」


そう、再開してなかったのは、その間に妊娠してたから。

でも、全然気づかず、階段を飛び降りて、人助けで自分の心臓が止まって、結果、その時のことが、原因だと思われた。


2人目はまだいらない、と思っていたから、それは、まだ良い。でも命を粗末にしたことは、後悔しても、仕切れない。

(自分が無茶したせいで、赤ちゃん、死んじゃったの?)

「たぶん、陽織が心臓が止まったことで、お腹に血液が一時行ってなかったのが、原因じゃないか、って。」

「わたし、が、無茶、したから?」

黎人は何も言わない。

「赤ちゃん、死んじゃったの?」

黎人はギュッと陽織を抱きしめる。

「わたし、赤ちゃん、殺しちゃった。」

あー、コレか。

前に神鬼が、陽織の心が折れたって言ってた。

「わたしが、殺しちゃったの?」

「違うよ。陽織は悪くない。知らなかったんだから。陽織は自分が見えてる人を、助けたかったんだから!陽織は、悪くない!」

黎人は今回は支えられる!

自分が支えて、陽織の心を守る!

と、いう気持ちで何度も

「陽織は悪くない!」

と、繰り返した。


翌日、宮下と市原が陽織の病室にやってきた。

「昨日は、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」

と謝罪する陽織を労ってくれる。

「昨日、終了書渡すの忘れてたから、持ってきたのよ。でも、顔色が昨日より良くなっていたから、良かった。」

と、2人は陽織に、今回の実習が終了したことを証明する終了書と成績書の入った封筒を持ってきた。コレはそのまま開封せず、大学に提出する大切な文書だ。


陽織はあれから、ずっと落ち込んでいた。でも、今回は黎人の支えがあり、少しだけ元気になれた。


ただ、黎人だけは東山から厳しい注意を受けていた。

「流産って、クセになるんです。2回目ですから、次は慎重に考えてください。絶対に無理をさせないように。しっかりと最初から計画して。良いですね!」

と。


お昼頃には鷹人がやってきた。

「ママー。いたい、いたい。」

と陽織のお腹をなでなでしている。陽織は

「大丈夫だよー。ごめんね、たっくん。お兄ちゃんにしてあげられなかったー。」

と、残念そうに話す。

そのあと、羽織もやってきて、あの後の調理室の話をしてくれた。


「最初は、陽織が食中毒で倒れた?みたいな話があって、ちょっとパニックになりかけたんだよ。でも、その、残念だったね。ありきたりかもしれないけど、元気出して、また新学期ね。」

と言って帰って行った。




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