陽織、日緒理と2人(子育て編)
放課後、陽織と日緒理は2人で附属病院へ行く。
今日、羽織と佳織は、昼休みも一緒に行動していない。実習、実験もない曜日なので、結局、2人とは朝あったきりだ。
「すみません。入院患者の小林結菜さんの病室はどこですか?」
陽織は、とりあえずセオリー通り受付に声をかけた。しかし、受付の人からは、ご家族の方しか教えられない、と断られた。
まあ、ここまでは想定内だ。
「どうする?陽織ちゃん。」
日緒理が聞いてきたので、陽織はちょっと考える。
「もし、このあと強引に行けば、警備員とかに捕まるかもしれないけど、キクリはどうしたい?」
陽織が言うと、日緒理はそれでも行きたいと答えた。
「わかった。じゃ、待ってね。」
陽織はそういうと、病棟の一覧表を眺めた。
ある程度の検討はつく。
おそらく、一般の個室だ。
もしかしたらICUかもしれない。
しばらく睨んだあと、2人の後ろに警察官らしき人が通ったのに気づく。
他の事故か何かかもしれない。
それでも、と耳を澄ませる。
すると、運良く無線での話が聞こえた。
「はい、B棟の6階です。よろしくお願いします。」
B棟?
違うか。と、陽織は一瞬思った。でも、陽織も誘拐されたときB棟に運ばれている。
まさか、と思いながらも、日緒理の手を引き、エレベーターに乗る。
「陽織?こっちって、産婦人科だよ?」
日緒理でも気づく。
「目くらましかもしれないし、そうじゃないかも。」
2人が6階に降りると、ICU前の廊下に、50代くらいの夫婦らしき2人と、高齢の男性がいた。
2人は何食わぬ顔で、その前を通り過ぎて、中をチラッと見る。すると、その中に、たくさんのチューブに繋がれ、包帯を巻かれた結菜の姿があった。
それを見た途端、
「結菜!」
と、日緒理が叫ぶ。
「キクリちゃん。」
陽織は慌てて、彼女の手を引く。
すると、前にいた女性が
「結菜の、お友だちですか?」
と、声をかけてきた。
あちゃーと、陽織は思ったが、こう言うことも、あるかもしれないと、思わなければ。確かに、警察は家族には知らせるだろう。
仕方なく、陽織は
「大学の友人の神代と、こちらは。」
「菊池です。」
と名乗って挨拶する。
「あの、結菜、えと、結菜さんが1ヶ月くらい前から大学来てなくて、そしたら、今日、ここに運ばれたって聞いて。」
日緒理が、正直に話し出す。
「一ヶ月‥。」
母親らしき女性は呆然とする。
「そんな前から。」
「あの、結菜さんと、連絡、とって、ないんですか?」
陽織が、何気なく聞くと、女性は男性の目を盗むように、
「あの子、その、義父、あ、その祖父の方に勘当同然で、東京、来ていて。」
それを聞いて、2人は驚いた。
いつも明るくて、アルバイトと勉強を頑張っていた結菜が。
「その、部屋代とか、光熱費は、主人が払っていたんですが、そう言ったことで、仕送りまでは。」
祖父がそこまで、孫のことに口出すなんて、陽織たちには考えられない。しかも、明王だ。田舎なら、尚更自慢はしても、勘当なんて。
「今朝、警察から、電話あるまで、なにも、親なのに、知らなくて。」
女性が泣き出したので、陽織は2人と一緒に、少し離れた廊下のベンチに腰掛けた。
母親は2人から、結菜の大学での様子を聞いて、少しホッとしていた。しかし、病室の中の結菜は違う。
と、その時、エレベーターが開き、中から神嶋と30代くらいの男性、そしてなぜか黎人が降りてきた。
陽織はベンチの隅に移動して、柱の影に身を隠した。
母親は、警察が来たと知り、立ち上がり結菜の祖父と父の方へ行く。
神嶋たちは、それぞれ名刺を出し自己紹介をする。
「私、神代製薬株式会社の顧問弁護士の笹神と申します。」
笹神?そういえば息子さん弁護士って。
そう、いつも陽織を送迎してくれる運転手の笹神の息子だった。
「弁護士?」
祖父は胡散臭そうな顔で、3人を見る。
まあ、神嶋は仕方ない。
「あの、どうして娘が、弁護士の方なんかに。それに、その、製薬会社って。」
父親は、戸惑っている。
「まさか、あんた、うちの孫娘に、何かしたんじゃないだろうな!」
祖父が黎人に詰め寄ると、
「お義父さん、その方は今朝、結菜のことで連絡をくださった方ですよ。」
と、後ろから嗜める。
「どうだか!だいたい、なんで孫が製薬会社の社長と関係あるんだ!しかも、あんな大手を語って。恥ずかしくないのか!」
はじめ、黎人は何を言われたのかピンと来なかったらしいが、すぐに
「大手と、言っていただき光栄です。私もまだ父から引き継いだばかりの、若輩者なので。」
と苦笑いをしている。
「実は私の妻が大学で、お嬢さんと懇意にしていただいておりまして、今回結菜さんが、何か危ない人に狙われているらしいと知り、相談に乗っていたのです。」
影にいる陽織は、その言葉に、胡散臭そうな顔をする。本当にこう言う時の黎人は、嘘が上手だ。
「そこで、先日こちらの本庁の刑事、神嶋さんを通して、何かあった時のために、うちの弁護士と契約をしてもらっていたのです。ところが、その後、行方不明になってしまい。妻の友人と共に、こちらでも結菜さんを探していたのですが。」
黎人が先程から、『妻』と言う言葉を使うたびに、柱の影をチラチラ見ている。
気づいてる!
そのうち、結菜の主治医だ、と言う医師がICUから出てきて、母親を中へ入れていた。父親と祖父は弁護士の笹神と、神嶋と共に、どこかへ行くと、黎人は帰って行った。
エレベーターの扉が閉まると、陽織は日緒理に
「とりあえず、今日は帰ろう。」
と、声をかけた。
エレベーターの中で、
「さっきの人、陽織ちゃんの。」
と、日緒理に言われ、陽織は
「言わないで!」
と、頭を抱える。
(もう、黎人さんの話、何を信じたら良いのか、わかんない!)
2人は病院の前で別れ、陽織は地下鉄で帰ることにした。駅の方へ向かって歩き出すと、真横に見慣れた車が止まる。
「乗って行きませんか?陽織さん。」
言葉は柔らかだが、明らかに怒っている。
「結構です。地下鉄で帰ります。」
と答えると、助手席のドアを開け、無理矢理中に引き摺り込まれた。
「な!いきなり誘拐しないでください!」
「良いからさっさとシートベルト絞めて!」
と、怒った声でいわれる。
陽織は渋助手席に座るが、口を開かない。何か言えば、絶対に喧嘩になる。
「帰ったら話す、って言ったよね?」
と言われた。
「なんで待っててくれなかったの?」
と、言われる。
「勝手なことして。」
とも。
勝手って何?
羽織や千織には話してるくせに!
仲間はずれにして!
陽織は黎人が車を駐車場に止める間、家に入り着替えると、夕飯のおかずの材料を電気圧力鍋に入れる。
そして鷹人を迎えに行った。
(わたし、こんなで、これからもやっていけるのかなー。)
陽織はため息を吐く。
美咲から鷹人を受け取ると、一緒に戻ってきた。
黎人は着替えて、鷹人のお風呂の準備をしている。
お風呂の後、夕飯にしたが、陽織はまだ口を開かなかった。どうせ、口で黎人に勝てる自信はない。
ダンマリを決め込む。
ただ、こう言うのを、子どもは敏感に感じ取る。
「ママ、メ!」
と、陽織の眉間の皺をぐりぐりした。
え?わたし、そんな
顔に出てたかなー。
と、またため息を吐いた。
洗い物をして、キッチンを綺麗にして、お風呂に入り洗濯物を洗濯機に入れる。
お風呂やトイレの掃除は、今、氷の精霊のクリアにお願いしている。
洗濯物を畳んだり掃除は、光の精霊、スピカの仕事。
それ以外は陽織がやる。
その間、黎人は鷹人を寝かせる。
そんないつもと同じ繰り返し。
明日の用意をして寝室に行くと、黎人が誰かと電話で話していた。
どうせ陽織には教えてくれないのだろう。
そう思って、ベッドの中にはいって、背中を向けた。
(嫌だな、こういう時、ベッドが一つって。)
結婚する前は、喧嘩をしても、長く続かなかったし、家が違うと、ちゃんと冷静になる時間があった。
でも、こう言う時、本当に困る。
「それじゃ、引き続き、お願いします。」
そう言って切ると、部屋の電気が暗くなった。
しばらく沈黙が続いたが、
「結菜さん、助かりそうだ。」
と、黎人がぼそっと言う。
助かる?助かるって、大丈夫ってこと?全部?
それとも、身体だけが助かった、ってこと?
色々聞きたいが、言葉に出ない。
黎人が、急に陽織の手をぐいっと引っ張る。
「だから、ちゃんと、夜話すって言ったよね。聞いてる?」
また、泣いてる。
「陽織は、仲間はずれにされたと思ったの?」
わかってるなら、聞くな!
「ちゃんと、理由があって陽織には黙っていたんだ。小林さんがとりあえず見つかったから、ちゃんと話す。だから、こっち向いて。」
それはお願い?それとも、命令?
優しく言いながら、黎人は陽織の体をグイッと自分の方に向ける、
「アイツ、岡元の息子、覚えてる?」
あ、きもい男。
「アイツは明王の逗子校の中学までいたけど、問題起こして、退学になった。
その後、アメリカに留学して、今は広尾学院大の3年生だ。」
だから?
「アイツの名前は、岡元亮一。」
「あ!」
陽織はその名に聞き覚えがある。たしか、結菜が、亮一様、と。
「アイツ、本当に嫌な奴で、陽織が小林さんに攻撃されたことを知って、謝罪したいって、アポ取ろうとしたんだ。」
?
「理由は、わかるよね?要は、それを口実に陽織に会おうとしていた。」
気持ち、悪い。
「僕が、それを断ったら、色々なところに手を回して、陽織と会おうとした。だけど、アイツは陽織につながる人間が、ほとんど僕と無関係な訳がないって、知らなかったみたい。」
待て!わたしだって黎人さんを介さない
人間関係くらいある!
「必ず、アイツからの話があると、僕の方に連絡が来た。それをしばらく握り潰すので、ちょっと時間かかっちゃって。」
「わたしは、自分で、ちゃんと断れるよ。」
陽織がそう言うと、急に黎人が陽織の上に覆い被さる。
「これでも?」
「え?」
「陽織の氷はたぶん最強だ。でも、こうやって腕を掴まれて、押し倒されたら、どうするの?」
「?」
「一度、嫌な思いをしてるんだから、意味、わかるよね?冷静になれる?自分だけで、逃げられる?」
たしかに、あの時は縛られて、しかも。
もし、また、同じことがあったら?
「それに、相手は人気が落ち目でも国会議員だ。下手打つと、こちらがやられる。」
黎人が苦々しい顔をしている。
「わたし、黎人さんの、ウィークポイント、なの?」
いまさら?
と言った顔で、黎人が陽織を睨んだ。
「今は湊人や宏輝たちに、岡元と息子の周辺を徹底的に潰す証拠を探す手伝いをしてもらっている。
でも、陽織はダメだ!陽織が近づけば、アイツは何をするか、わからない。」
「でも、でもわたし、結婚してるよ?子どももいるし。世の中的には、おばさんの部類かと。」
陽織が言うと、黎人は、はあーと、ため息を吐く。
「あのねー、それは一般論。陽織、自分がそこに当てはまらないって、自覚ある?去年、妊娠中、一体何人の人に、告られたの?」
‥……。
あ。
「普通は、マタニティマークを、バッグにつけてる女の子、口説く男はいないよ?結婚指輪してても、僕がエスコートしていても、周りの男が、どれくらい陽織のこと、見てると思ってるの?」
??
「ん?わかんない。だってわたし、黎人さんのことしか見てないし。」
か、可愛い!
黎人は思わず、陽織をギュッと抱きしめてしまった。




