陽織、怒る(子育て編)
12月の初めの日。朝支度をしている黎人に電話があった。陽織は鷹人にご飯を食べさせて、自分も食べている。
「え?奥多摩!はい、搬送を。ヘリで。明王が良い。お願いします。」
陽織には、黎人が話す声しかわからなかった。
でも、それが誰のことか、ここ数週間の流れでわかった。
「結菜ちゃん?見つかったの?どこにいたの?」
陽織は尋ねるが、黎人は出勤前で忙しいから、帰ったら、と言って玄関に行く。
行ってきます、のキスはするが、陽織には、それ以上話してくれない。
この数週間、ずっとそうだった。
羽織と、颯斗、佳織まで捜査に加わったのに、陽織は仲間はずれにされた。
何を聞いても、仕事のことだから。
わかったら教える。
陽織は心配しないで。
陽織は、僕が守るから。
まもられたくなんかない!
ちゃんと教えてほしい!
そう言っても、はぐらかされた。
それだけだった。
一番仲の良かったキクリは言うまでもない。
2人で何も教えてもらえず、不安な日々だけを過ごしていた。
冬休みが開ければ、後期試験がある。
結菜は欠席数が嵩み、ほとんど受験資格がない。
あんなに頑張っていたのに。
その日、大学へ行くと、1限の講義室で、佳織、羽織の他に幸穂と湊人、宏輝、颯斗が緊張した顔で何か話をしていた。
陽織が近づくと、おはよう、とは言うが、何かぎこちない。そこにキクリもやってくる。
みんな、2人が来たことに気づいて、話すのをやめていた。
陽織はキクリの手をギュッと握ると、羽織に話しかけた。
「結菜ちゃん、見つかったんだってね。」
羽織が驚いてふり向く。
なんで知ってるの?
とでも、言いたそうだ。
陽織は、いつもと違う覚悟で、6人の前に出た。
「羽織ちゃん。ううん、わたし、この中で一番強いよ!」
それはみんな知ってる。
でも、陽織は怒ったことなんてほとんどない。
「なんで、教えてくれないの?わたしも、キクリも、部外者じゃない!」
陽織の声はどこか高樹を彷彿とさせる。
「わたし、そんなに弱くないよ。
なんで、みんな守ろうとするの?
わたしをなんだと思ってるの?」
陽織の声が、周囲にも聞こえ始めている。
「今まで、誘拐されたのだって、一回や二回じゃない!ストーカーだって、何回もあった。
溺れて死にかけたこともある。
死にかけたことなんて、何回もある。
レイプ、だって、されそうになった。」
周りの学生も、いつのまにか、聞いていた。
「イジメだって。」
そういう言うと、キクリの握る手が強くなった。
「でも、わたし、ちゃんと生きてるよ!
負けてないよ!頑張ったよ!なんで、みんなわかってないの?なんで、教えてくれないの?みんな、黎人さんも、全然、わかってない!結菜ちゃんのこと、ちゃんと教えてって、何回も言ったのに!」
そして
「結菜ちゃん、明王の病院に運ばれるよ!わたしなら、父様に頼んで、彼女と、会える。」
陽織の目は、いつもと違って冷ややかだった。
伊達に高樹と、やり合ってない。
陽織はそこまで言うと、キクリの手を引いて、いつもとは違う席に着いた。
周囲の学生は、陽織と、残された6人を交互に見ていた。
「陽織、ちゃん、こわ、かった。」
千織が震えている。
「陽織、おこると、あんな、なんだ。」
羽織も驚く。
湊人だけが
「あー、あの2人の、夫婦喧嘩、めっちゃ怖い。」
と、遠い目をしていた。
「でも、おれ、黎兄の方が怖いから。社会的に、抹殺されかねない。」
「え?」
と、颯斗が青くなった。
「で?喧嘩すると、どっちが勝つの?」
え?宏輝は気になるの、そこ?
「んー、前回は陽織が死にかけて、黎兄が焦ってた。陽織、平気で命かけっから。こわいかも。」
「たぶん、また、あの2人、大喧嘩だな。」
湊人はまた、遠い目をしてる。
1限が終わると、移動しながら
「陽織、今日結菜のところ、行くの?」
と日緒理に聞かれた。
「んー。会えないかもしれないけど、無事だけ、確かめたい。」
陽織がそう答える。すると、
「わたしも、行っていい?結菜の顔だけでも、みたい。無事だけでも。」
日緒理は、この中で一番結菜と仲が良かった。
当然だ。
「うん、わかった。じゃ、放課後に。でも、キクリちゃん、絶対に会えるとは限らないし、それに、ショック受ける、かもしれないよ。」
陽織が言うと、
「解剖で泣いてる、陽織より、強いよ。」
と、泣きそうな顔で、笑った。




