陽織、花嫁を辞退する
神明神社のお祭りに出かけた陽織と美織。クラスメイトの巫女姿や神職を見て、お囃子や長唄が奉納されている舞台前に移動した。
さすが東京三大祭りと呼ばれりだけあり、神輿は神社の周りだけでなく、この地域全体を練り歩くらしい。
しかも、お祭りの楽しい雰囲気で、人が大勢いるのに、邪な気や澱んだ気が次々と消されて行く。
陽織は初めて見る神事の効果に驚いた。
しばらく行くと神楽舞が奉納される舞台が近づく。すると、その周辺は他の場所以上の清浄さを感じた。
奉納舞が終わると、美織が舞台の裏手に行こうと、陽織の手を引いた。行っても良いのだろうか?と思うままなく、美織は面をつける1人に近寄る。
面を外したその人は、なんと和嶺だった。
美織は和嶺にハンカチを差し出している。そして和嶺は、そんな美織の手を取って、2人は見つめ合う。
(あー、そう言うことですか。)
陽織はあまり2人のそばに行ってはいけないと後ずさると、もう1人の舞手に腕を取られた。そちらも面を外す。
「か、神っ、神っ、様。」
面を外した人は慌てて陽織の口を塞ぐと、さらに神社の奥に引き込んだ。
「久しぶり、陽織さん。」
黎人は陽織の手首を掴むと、社務所の方へと歩く。
「これから、少しの間休憩なんだ。お茶しよう!」
そう、ニコニコしながらもグイグイと陽織を引っ張り社務所の中に入った。
2人は社務所の控え室のようなところに入ると、いきなり黎人が裃をとって着物を脱ぎ出した。
「あっつー!」
そんな黎人に陽織はパタパタと団扇で仰ぐ。
「あ、ごめん。ここまで連れて来ちゃって、いや、無意識だから!」
陽織は目のやり場に困りながら、とにかく団扇をパタパタさせている。黎人は足元のバッグからTシャツを取り出して慌てて首と袖を通した。
上を着た黎人は、隅に置いてある冷蔵庫からお茶を2本出して、真ん中にある座卓の上に並べた。
「やっと、話ができる。」
黎人は座卓に肘をつき、頭を抱えてホッと一息つきながらそう言った。
「あ、陽織さんもお茶飲んで。ペットボトルだけど。」
陽織は逃げたかったが、美織を置いてはいけないので、とりあえず扉側に座ってペットボトルの蓋を開けた。
黎人も蓋を開けると、一息にゴクゴク飲み出す。
(神様でも、ペットボトルなんだ。)
ふはーっと息を吐くと、黎人はいずまいを糺す。
「え、と、先日は伏せっているところに、大変失礼しました。」
と頭を下げた。
「ずっときみの霊力は感じてたんだけれど、なかなか会えなくて、ちょっと焦ってた。そしたら、きみの声が聞こえて。」
陽織はえっ?と顔をあげ黎人の顔を初めて正面から見る。やっぱり、あの京都で会った人に似ている。
「もしかしたら、すっごく誤解してるかもしれないって思い、早くちゃんと伝えたかった。」
誤解?
「陽織さんは神様の花嫁、なんて言うと特別なように思うかもしれないけど、他の人と同じなんだ。例えば美織ちゃんとか、他の龍の巫女の子たちと。」
ちょうどその時、和嶺と美織も部屋に入って来た。
美織は陽織の隣、和嶺はお茶を取り出すと黎人の隣に座る。
「なんの話?」
「あ、神様の花嫁の話。」
黎人が普通に答えたので、ふーん、と初めはよく理解していなかった和嶺だったが、お茶を一口ふくみ、ブハッと吹き出した。
「な?な?」
「だからー。僕が神様で、陽織さんが花嫁で、ずっと会いたかったーって。」
黎人がニコニコしながら答えたが、和嶺は今までの経緯があるだけに、立ち上がってワナワナと震え出していた。
「いやいやいや。」
「あー、やっぱり家族みんなで誤解してたでしょう?絶対に陽織さんを隠してたんだよね。ずっと。そんな気がしたんだ。」
黎人は15年前、陽織が生まれる少し前に、神様だった記憶を思い出したこと。陽織が生まれた日に、自分の伴侶になる子が生まれたと、気づいたこと。しかし、すぐにその子の気配がわからなくなり、ずっと探していたことなどを説明した。
「もっとも、海外とか行っちゃうとわからないんだけどね。」
そう聞いて、陽織はその手があったのか、と初めて後悔した。
そして、陽織は他の子と同じように、黎人の伴侶になる以外は普通に生活できることを教えてくれた。
「すぐに、神様の世界に行くわけじやないんだ。」
和嶺の質問に
「当然だよ。僕だってまだ大学入ったばかりだし、父の仕事を継ぎたいし。ただ、普通よりちょっと年取らないで長生きになるだけで。」
そのちょっとが怪しい、3人は思った。
「えっと、それ、わたしは聞いていい話、なの?」
美織が不安そうに聞いた。
「うーん、まあ、美織ちゃんなら。たぶん。大丈夫かな?湊人も知っているし。むしろ、湊人と陽織さんのこと考えたら、美織ちゃんは知っていた方がいいかも。」
黎人がそう言って、美織のことを留め置く。
「あの、先ほどから気になっていたのですが、なぜわたしのことを"さん"つけなのでしょう?」
「あ?いや、まだよく知らないし。それに高嶺さんに、怒られそうだから。」
なるほど、と思ったあと、陽織はすごく大切なことを思い出す。
「あ、その神様の花嫁って辞退できませんか?わたし、神様の花嫁はなりたくないんですが。」




