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陽織 生きるチカラ(子育て編)

9月1日、認定子ども園「ガーデン レイリー」の最初の登園日。黎人と陽織、そして今日から初めて登園する神柴の息子、将人を連れた絵梨花をはじめ、色々な親子が開園のセレモニーに出る。


まあ、入園式のようなものだ。

職員も入れると、総勢80名。そして52名の子どもたち。その前で、陽織は簡単な挨拶をした。挨拶の内容は、黎人に確認してもらった。

小さい子が飽きないように。短く。そして楽しく。


上のマンションは8月末までに8割が入居済みだ。その家の子も、この中にはいる。


子どもたちは、各担任の先生が部屋へ連れて行く。3歳未満は担任は3名体制。特に1歳児、2歳児は何かと手がかかる。

鷹人や将人を含め8名の1歳児が、担任の神坂、山城、ミセスバードンに連れられて行く。

時間のある親は、今日は1日子どもの様子を見ることができる。

さらに、一週間はお試し保育なので、親の都合が合えば、毎日中に入れてもらうことも可能だ。


絵梨花はまだ育休をとっていたので、陽織と一緒に教室の中に入った。

ジュリア・バードンは、陽織と一緒に英語で話をしている。絵梨花も多少は話せるが、陽織ほどではない。


英語教育は完全なネイティブで、できる限り早く。

それが神月家の考えだった。優秀であることが、母の実家、神添家の判断基準で、医師であることが神月家の矜恃。

陽織は物心ついた時から、母の友人で、英国人のナニーに育てられた。スケートのおかげで、カナダだけでなく、ドイツにも留学した。ロシア人コーチもついた。スウェーデンにホームステイしたこともある。

いつでもたくさんの言語の中で、好きなスケートをやっていた。


だから、鷹人にも英語だけは早めに身近なところで、慣れ親しんで欲しかった。


「一歳時のクラスにイギリス人の先生なんて。」

一緒に部屋の中で子どもの様子を見ていた、神代グループの高級スーパー「シンメイヤ」で商品開発を担当する社員が驚いた。他の社員や、家族も目を見張っている。


しかし、子どもたちは、日本人の保育士も、イギリス人の保育士も、全く変わらず、楽しげに遊んでいる。


「OH!TAKATO!don’t tuch !」

と言われると、ちゃんと鷹人は手を引っ込めていた。


おやつのミルクプリンは陽織がいつも鷹人に作ってあげているもの。今日は親への試食も用意した。

「あら、薄味で美味しい。」

「ダイエットスイーツにもなりそう。」

と評判だった。


お昼は管理栄養士の夢子と陽織が一週間かけて考えた離乳食。親の反応にも、子どもたちの反応にも、陽織はずっと目を離さない。

「うちの子が、人参食べてる!」

と喜ぶ親の声を聞くのも嬉しかった。


3歳未満は、今日はここまで。

笹神が迎えに来た車に、絵梨花と将人も乗せた。

後ろのシートに2つのチャイルドシートはちょっと狭かったが、その横に絵梨花は座る。

鷹人は、隣に座る将人にずっと興味津々だ。


絵梨花と将人を送ると、屋敷に戻る。


鷹人はいつも美咲と2人家で待つことが多いが、今日は初めて同じくらいの子どもと過ごす、という体験が、それなりに楽しかったらしい。


黎人が帰る前までに、夕飯の用意をする陽織に、何か意味のわからないことを一生懸命訴えている。

多分これは、今日の楽しさを聞いてほしいのだろう、と陽織は思った。


ジュリアには、普通に自国の子どもと接するよう、母国語で話して欲しい、と陽織はお願いしていた。

その方が、日々の生活で自然と身につくから。

担任の神坂は、大学時代、子ども英会話教室でバイトをしていただけあり、ジュリアとは英語で会話できる。山城は、英会話の教室に行かなくても、勉強できるから嬉しいと、率先してこのクラスの担任をかって出てくれた。


こういう若くて熱意のある保育士たちと、ベテランナニーのジュリアで、一歳時の教室はスタートした。


2日目。絵梨花と陽織は、途中で教室を抜けた。これからはずっといられるわけではない。親がいない状態で、ちゃんと子どもが過ごせることを知りたかった。


近くのカフェに入り、絵梨花は陽織と初めて、個人的なお話をする。いくら十神家の家系でも、神柴や神杉と、神月、神代では家格が違う。年齢も6歳離れているので、高校などの接点がない。

陽織はちょっと緊張した。


「陽織様は何がよろしいですか?」

とメニューを見るが、全くわからない。コーヒーが専門のお店らしいが、陽織はコーヒーが飲めない。

「えと、え、と。」

と陽織が迷っていると、

「紅茶もカフェオレもありますよ。」

と、教えてくれた。それでも陽織は、一人でこういうお店に入ったことがないため、どうしたら良いかわからない。

すると、絵梨花はお店の人を呼んで、自分のブレンドと、陽織にミルクティーを注文してくれた。


さすが、黎人の秘書の妻だ。

「ありがとう、ございます。」

陽織は赤くなって下を向く。

「あの、お店とか、1人で入ったことなくて。」

「お友だちとは、行かないのですか?」

と聞かれて、

「行きますよ。高校の時も近くのファミレスとか、よく行きました。でも、その、面倒見の良い友人ばかりで、わたし、本当に世間知らずで、なんでもやってもらっていて。」

と、恥ずかしそうに話す。


「お姉様は、Sクラスだったんですか?」

陽織はなんとなく気になっていたことを聞く。

「はい。でも、わたしの学年は黎人様のように強い方があまりいなくて、わたしもさほど強くないので、ほとんどお祓いとか、行きませんでしたね。主人は、何度か黎人様と、行ったことがあるようですが。」

神柴が黎人と依頼を受けたことがある、と聞いて、陽織は俄然興味を持った。

「それ、聞いてみたい、です。」

陽織が前のめりになると、絵梨花はクスッと笑った。


「わたし、子どもの頃に力を封印されていたから、みないようにする、とか、寄せ付けないとか、コントロールとか苦手なんです。だから、黎人さんのお守りないと、普通に生活できなくて。」

陽織は、恥ずかしそうに話す。

「その、チカラ使っちゃうと、コントロール下手で、いつも全力でやっちゃって、その後寝ちゃって。全然起きないみたいなんです。だから、いつも周りの人に、迷惑かけて。なんでもやってもらうのが、当たり前、みたいになっちゃって、ホントに恥ずかしいです。」


絵梨花は知っていたのか、優しく聞いてくれた。

「今は、その、子どもにチカラ取られてるから、って黎人さんが全部、断ってくれて。だから、平気なんですけど。だから、今、色々、普通に生きる勉強しなくちゃ、って思うんですけど、黎人さん、アルバイトとか、させてくれなくて。」

と陽織が言うと、絵梨花が、目を丸くした。


「アルバイト、したいんですか?」

「はい、してみたいです。」

「でも、鷹人くんがいるから。」

「そうなんです。だから、ますますアルバイト、できなくて。お姉様、ちゃんとお仕事してるから、すごいな、って。わたしも、その、ちゃんと、お仕事、したいんです。」

「それは、大学卒業したら、就職したい、と言うことですか?」

「はい。」

陽織は迷わず答えたが、それは絵梨花にはあまり良い返事に思われなかった。


「でも、陽織様は普通に生きるお勉強をする必要はないんじゃありませんか?」

絵梨花は悪気で言ったわけではない。でも、陽織にとって、その言葉は、やはり1番聞きたくない、あの日の美咲と同じ言葉だった。

陽織は返事ができなかった。返事をすれば、きっと絵梨花の気分を悪くするような言葉しか浮かばないから。

「わたし、こんなで、いいんでしょうか?何も一人でできなくて。いつかたっくん大きくなった時、恥ずかしくないように、したいんです。」


絵梨花は、あー、と少しだけ陽織の気持ちを理解してくれた。

まともな金銭感覚がない。

1人で食事の注文もできない。

勉強ができても、生きる力がない。

公共交通だって、一人で乗れるかわからない。

学食は使うけど、いつもお弁当。

大学の単位だって、毎回羽織が一緒にやってくれる。


今回も、職員の給与をいくらにすれば良いか、わからなかった。

3歳以上の保育料が、いったいいくらくらいなのか、わからなかった。

買い物も、ろくにしたことがないので、食材がいくらくらいで買えるのか、わかってるようで、わからなかった。

いつも、黎人が払ってくれるから、自分は欲しいものを、ただ買ってもらっていた。

給食費のことも、必要な道具のことも、任されたのに、わからないことだらけだった。


「わたし、生活費、って、その、もらったこと、なくて。」

「陽織様、自分で使えるお金は、どうしてるんですか?例えば、こう言った、お茶しよう、って言う時。」 

「え、と。いつも、わたしのお財布、いつのまにか、お金入っていて。高校生までは、毎月五千円、お小遣い貰ってたんですけど。五千円って決まってるのに、なんか、使ったはずなのに、いつも五千円入っていて。それに、欲しいものって、親がいつのまにか買ってくれて。今は、その、黎人さんや黎人さんのお母様が、買ってくれてるから、自分で欲しいものって、ほとんどなくて。」

絵梨花は、ちょっと空いた口が塞がらない、と言う状態になりそうだった。

(それって、親や社長が悪いんじゃ。)


「でも、それじゃダメだと思うんです!もし、子どもとかに聞かれても、何もわからないのは、やっぱり、恥ずかしいです。だから、ちゃんと、仕事して、色々勉強したいです。」

絵梨花は、少しだけ陽織に同情してしまった。ここにいる夫の主人の妻、陽織は、自分なりに色々考えているのだろう。
























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