陽織、就職への夢(子育て編)
8月最後の金曜日。黎人は陽織が作った書類を持って蓮也に最終確認をしてもらう。
ほぼOKだったが、何箇所かミスを見つけられて、戻って直すことにした。
すでにお風呂に入った鷹人は、絵本を読んでもらい。自分の部屋で眠っていた。
黎人は、直す前に気合いを入れたい、と陽織分の補給をする。
そのあとは「やる気が出た。」と、机に向かい、ミスを直していた。ミスというより、再開発が進む場所のため、隣接する建物が変わったことに気づかなかった。
そのあと、夜遅くまで、黎人は最後の書類を仕上げた。
翌朝、9時に悠人と祈梨がやってきた。しかし、昨夜遅かった黎人は珍しく寝ている。
陽織は2人をダイニングに案内すると、黎人がまだ起きてないことを知らせた。テーブルでは、鷹人がご飯を食べている。
それを見た祈梨が、ちょっとだけ顔を顰めた。
一歳前の乳児の食事といえば、よだれやこぼしたもので口の周りはベタベタ、ぐちゃぐちゃに混ぜたご飯、と相場は決まっている。確かに、子ども嫌いの神経質な人が見たら、嫌悪を表しても不思議ではない。
「ごめんなさい。まだ2人が朝ごはん終わってなくて。」
と陽織がテーブルの上を片付ける。
そこに黎人が起きてきて、「おはよう。」と、陽織にキスをした。その後、鷹人のすごい様子を見て、
「鷹人ー、パパとお顔、洗おうか。」
と、抱き上げた。
もちろん、よだれがついた手で黎人の顔を触ってる。
「あ、黎人さん。悠人さんと祈梨さんが。」
陽織に言われて、初めて黎人は2人に気づいた。
「あ、おはよう。悠人、祈梨さん。悠人、後で10月のドイツ出張の話ししたいから。」
と仕事の話をしながらも、鷹人の方を向いて
「鷹人、手をきれいきれいしないと、おじさんとおばさんにイヤイヤされるぞー。」
と、鷹人の手を握って笑ってた。
おじさん
おばさん
間違いではないが、かなりズシンとくる。
黎人の朝ごはんが終わると、黎人は悠人を連れて、3階の仕事部屋に連れて行った。
陽織は、祈梨と2人きりが久しぶりなので、ちょっと緊張していた。
「祈梨先輩は、2階でいいですか?」
と声をかけて、一瞬、先輩と呼んでしまったことに、アッとなった。でもそれが良かったのか、祈梨が
「懐かしー。」
と笑ってくれた。
陽織はベッドの上に、鷹人を座らせて、
「たっくん、ゴロゴロして良いよ。ママは祈梨お姉さんとお話しあるから。」
と声をかける。鷹人は広い2人のベッドの上をゴロゴロするのが、実は好きだ。怪獣の人形も置いてある。
陽織は、小さな2人がけのテーブルをベッドの近くに寄せ、自分の椅子をベットの脇に、祈梨の椅子を反対側にした。
「本当、陽織ちゃん、すっかりママだね。」
祈梨に言われると、なんか恥ずかしい。
「ちゃんとしていて偉いな。本当に母に言われて、わたし、ちょっと反省してます。」
祈梨の言葉に、陽織は顔を上げる。
「どうしてですか?わたしは、就職するって、ちゃんと社会に出て働くってすごく大切だと思います。先輩の方が、すごいです。わたしだって、わたしも、来年、就活しますよ?」
陽織がそう答えると、祈梨は意外そうな顔をした。
「え?だって陽織ちゃん、就活させてもらえるの?」
「わからないです。でも、わたしは仕事したいです。そのために、資格が取れる学科選んだんです。普通の生活、仕事、したいです。」
この時、陽織はその後のことも考えず、ただ自分の気持ちをしっかり確認するように、話す。
「それに、わたし全然ちゃんとママしてないです。昼間は普段、大学行ってるし、それに、鷹人のこと、忘れちゃったこともあったし。」
悠人と祈梨には、誰も話してない。GWにあったこと。誘拐された女子大生。
「あれ、わたしなんです。」
「え?え?悠人くん、そんなこと。」
「悠人さんには、きっと話さなかったんだと、思います。」
あははと、陽織は笑った。
「わたし助けられた後、一時的に、中学生の頃に戻っちゃって、黎人さんのことも、子どものことも、みんな忘れちやって。本当にダメダメなんです!」
祈梨は驚きで声が出なかった。
「わたしに思い出させてくれたのって、美咲お母様です。それだって、変なおばさん、って。怒られましたよー。礼儀がなってないって!だってホントにわたし中学までは、めちゃくちゃ子どもだったから。」
祈梨が初めて陽織に出会ったのは、高校の委員会。本が好きで比較的おとなしい、同じ図書委員になった後輩だった。
その間も、陽織はゴロンとベッドに横になっては、鷹人をくすぐって相手をしている。
鷹人はキャッキャと笑いながら、またベッドの上を右往左往しながらゴロゴロする。
「子どもって、へんですよね。こんななんでもないこと、なんで楽しいんだろ?」
と言う陽織も、楽しそうだ。
時々「マンマ」と言って、やって来ると、また、陽織がゴロンと転がす。
「その、事件のあとは。大丈夫なの?」
「んー、今は黎人さんが絶賛過保護です。それとは別に喧嘩もしたし。浮気することもある、って、言われたし。でも、わたし黎人さんいないと、霊力足りなくて、死んじゃうからー。困ったもんだ。」
陽織は軽く言ってるが、かなり大変なことだったのは、なんとなく想像がついた。
きっと陽織なりに、大変なことを一つ一つ、乗り越えているんだろう。
「黎人くん、浮気はしないと、思うよ?わたし、初めは黎人くんが好きで、告白したけど振られたし。」
それは初耳。
「全然相手してくれなかったー。そのあと2人が大喧嘩しちゃって、半年くらい口聞いてなかった。今は悠人くんで良かったって、思ってるけど。」
「先輩って、実は罪づくりな女、だったんですね。」
「いや、それは陽織ちゃんもでしよ。湊人くんとのこと、聞いたよ。結婚式のあと。」
「あー、あれは結婚初日で、離婚の危機でしたー。」
陽織は遠い目をする。
今も、時々喧嘩してる。
だから、親友だって、言ってるのに!
「わたし、絶対就職します。だから、先輩は堂々と、わたしの先輩になってください。わたしが就活する時も、色々教えて下さい。あ、でも、美咲お母様には、絶対内緒です!」
その後、4人は一階に降りる。
昼は、陽織が用意しておいたパスタソースを使って、普通のトマトソースと、ミートソースのパスタを出した。
鷹人と陽織はツナと小松菜で和風のパスタと、鷹人はうどん。
「陽織ちゃんは?」
「あ、陽織はひき肉、特に牛豚はダメだから。鶏肉だけだよね。ひき肉は。」
「牛豚って、何か宗教?」
「いや、ダダの好き嫌い。」
「わたし、キリスト教の教会行ってましたよ?」
「だから、うちは神社だから!」
「祝詞も言えるけど、主の祈りもできます!天にまします我らの父よ!って。」
陽織はニッコリ笑った。
陽織は久しぶりに祈梨と話せて良かった、と、その日思った。悠人との関係を知ってから、ただの先輩後輩でなくなってから、なんかギクシャクしたところがあっただけに、少し嬉しかった。




