陽織、レイリーの準備(子育て編)
陽織が夏休みに入ってまもなく、湊人も夏休みに入った。去年に続き、今年も宏輝とバイトすると言う。
しかも、今年は羽織もいた。
「羽織ちゃん、お家の手伝いしなくていいの?」
と陽織が聞くと
「家、手伝っても、バイト代でないから。」
と言う理由だった。
2人は相変わらず仲良く昼ご飯を一緒に食べているが、今年は陽織が家にいるので、湊人は弁当持参だ。
そして、そこに今年から、時々羽織が入った。
「いいなー。陽織の弁当。今度俺の分も作って、って頼んでよー。」
宏輝に言われ、湊人は顔を顰める。
「陽織だって、色々忙しいんだ。」
湊人が言い返すと、
「だって、湊人は作ってもらってるじゃん!」
「おれは、その、家族、だから。」
湊人は顔を赤くして答えた。
色々あって、陽織は今落ち着いている。
でも黎人は陽織が心配で、必要以上の外出はさせない。陽織は、羽織もバイトすることを知った途端、
「いいなー、いいなー。陽織もやりたい。」
と言い出したが、当然のことながら、全員に怒られた。ただ、黎人から
「9月スタートのレイリーのほうを陽織に任せるから、しっかりとお仕事してね。」
と言われ、渋々納得していた。
レイリーは4階から8階までの上階がマンション、1、2階が、認定こども園「ガーデン レイリー」。3階はクリニック、レイリー専用の体育館と給食用調理室、住人専用フィットネスジムになっている。
場所は日本橋で、近くに絵梨花が勤める健康食品の会社がある。
ビルの真ん中が中庭で、マンションは全室陽当たりが良い。
上のマンションは社員限定の賃貸。条件は、夫婦共に神代グループの社長であること。
中庭はガーデン レイリー専用の庭となる。都内の一等地にできた認定こども園は、人気が高い。
その中で、野外の遊び場が園内にあると言うのは、かなり魅力的だ。
職員の中には、イギリス人とノルウェー人の保育専門の教員もいる。特に北欧の教員というのが、今回陽織がこだわった一つだった。
クリニックには、高樹から小児科の専門医を定期的に派遣してもらい、看護師も常駐することになった。
体育館には、子ども向けのスポーツインストラクターを常駐する。子どもたちの体幹を鍛える。
そういった、陽織のこだわりが、全部集約された、レイリーは周辺に住む人の注目を集めていた。
しかし、入園できるのは、あくまで神代グループの社員の家族のみ。例外は黎人や蓮也の伝手があり、さらに黎人が認めた家族だけ。
3歳未満は国の制度で無償、3歳以上の保育料は、社員の給与の5%で上限も設けた。と格安のため、他の保育園や幼稚園に入れていた社員からの希望も殺到した。
特に上の賃貸マンションに住む社員にとっては、至れり尽くせりだ。
玄関前には、車での送迎が可能なように、車止め3台分のスペースも確保。幼稚園バスがないので、そのスペースを捻出するのは簡単にできた。
地階には住人専用の駐輪場と駐車場もある。
3階の子ども園専用の給食室には、資格を持った調理師とベテラン管理栄養士がいる。黎人はいずれ陽織が、そこの管理栄養士になって欲しいと思っている。
とりあえず、今は黎人指導の複合ビルだけど、子ども園の代表は陽織の名前を入れた。
陽織がいつか、表立って仕事ができなくなったときにも、家の中でずっと泣いて暮らすことがないように。
陽織が今やることは、そのレイリーに通う子どもたちと親の、最終確認と園服や必要な物資の準備。
カリキュラムの確認。
職員の給与や勤務体制、特に保育園的な要素もあるため、シフト表に齟齬がないことも確認する。
(あ、一番苦手!羽織ちゃーん。)
と、今まで羽織頼りだったことを後悔。
当然のことながら、セキュリティも万全だ。
スタートしてとりあえず、12月までの給食献立の作成も、ベテランの管理栄養士の先生佐々木夢子と一緒に行った。陽織の勉強にもなった。
区役所には、3歳未満の子どもが無償になるための、助成金の書類も提出しなければならない。
意外と忙しかった。
毎日、作った書類を黎人に見せて、オッケーがでたら、翌日神柴が関係各所に届ける。
だけ、だけではなかった。
第一の関門が、やはり厳しかった。
書類の書き直し、作り直しで、毎晩遅くまで、黎人と2人パソコンと睨めっこの日々が続いた。
その間、鷹人が歩くようになり、階段をお座り状態で、1人で上り下りするようになったから、目が離せないことが、また増えた。
階段の上と下に、子ども用の扉をつける。1人では開けられないようにして。
8月後半、やっと全ての手続きが終わり、陽織はあと少しというところで、必要な本を取りに、本邸に行った。
リビングには客の声。
邪魔してはまずいと、鷹人と一緒に2階の黎人の部屋へ向かう。
「たっくん、ママ見てるから、よいしょよいしょできる?」
陽織に言われて、鷹人は階段を手足両方を使って、 上り始めた。その時、
「ちょっと、なんで鷹人1人で階段あがらせてるの!」
という美咲の悲鳴じみた声が、背中から聞こえた。
「あ、お母様。大丈夫です。上手にできるようになったので。」
と、陽織は鷹人から目を離さないようにしながら答えた。
「えーっ!?それじゃうちにも、階段下にガードつけなくちゃ。」
と、美咲の声が聞こえる。
「黎人の部屋?」
「はい、ちょっと調べたい本があったので。」
陽織は後ろを向いたまま答える。とにかく、今は鷹人に集中だ!
「わかったわ。じゃあ、戻る前に、ちょっと声をかけてちょうだい。」
と言われた。
陽織は鷹人を黎人の部屋に入れると、鷹人は何が面白いのか、本をあちこちから取り出して、遊び始める。
「あ、たっくん、それは触っちゃダメ!め、だよ。」
といった声が、2階から聞こえた。さらに
「きゃーっ!!」
という、陽織の悲鳴が!
「?なに?どうしたの⁈」
慌てて美咲が、2階に上がり黎人の部屋に入った。
すると、陽織が鷹人を抱いて泣いている。
??
鷹人の手には、黎人のベッドの下から引っ張り出したと思わしき、女性の写真の雑誌。いわゆる若い男性が好むもの。
「め!たっくん、それ、ポイしなさい!」
陽織が目を閉じたまま、大きな声で叫んでいた。
男の子3人も育てた美咲としては、驚きもしないものだ。しかも、部屋がものすごいことになっている。
その時、
「あ、この本、これこれ。」
と陽織が、食事に関する法律の本を取り上げ、そのまま部屋を出ようとしている。
そして初めて、美咲があんぐりと口を開けて、立っていりことに気づいた。
「あ、え、とお母様、どうされたのですか?」
美咲は、ちょっと怒だ。
「陽織ちゃん、そのままで、戻るの?」
しまった、という顔の陽織は、自分が使役し始めた氷の精霊をだし、後片付けを命じると、ニッコリと美咲と一緒に階下に降りた。
降りる時も抱き上げるのは無理な陽織は、鷹人が一段一段後ろ向きに手足を使って降りる様子を、しっかりと見ている。
美咲はサッサとリビングに戻り、来客の前に座り直した。
陽織は、鷹人の手を引いて、言われた通りリビングに入った。
陽織は手招きされ、美咲の横に腰掛ける。間に鷹人を座らせて。鷹人は、美咲が出したプリンを自分のスプーンを使って上手に食べ始める。
「陽織ちゃん、こちら祈梨さんのお母様、九条いづみさん。」
そう、来客とは悠人の巫女、祈梨の母だった。
互いに挨拶をすると、陽織はどうして自分が呼ばれたのか、疑問に思う。
いづみは、祈梨がいつまでも悠人との結婚を避けて、結局、この度、待望の出版社に就職が決まってしまったことを詫びに来ていた。
陽織は、おめでたいことなのに、なぜ詫びるのか意味がわからない。
「本当なら、祈梨の方が年上なのですがら、陽織さんより先に嫁いでもおかしくないのに。」
と、いづみは申し訳なさそうだ。
「本当に、祈梨ときたら、いつまでも悠人さんに甘えて。本当に子どもで困ります。陽織さんを見習って欲しいくらいです。」
いづみに褒められると、陽織は思わず照れてしまった。
「いえ、わたしもまだまだ子どもで、いつもお母様に叱られてばかりですわ。」
と陽織は上品に答える。
「陽織さんはちゃんと子育てをして、主婦業をこなしながら、大学も通ってらっしゃるのに、祈梨は自分のことばかりで情けないです。」
陽織はどう返事をしたら良いか、困ってしまう。
隣の美咲は、任せたとばかり、黙っている。
えー!?わたしにどうしろと?
「そんなことありません。祈梨さんがお仕事をされるのも、良い社会経験になると思いますわ。私もぜひ、大学を卒業したら、一度は社会に出て、しっかりと勉強したいと思っていますので。」
と、とりあえず陽織は思っていることを口にした。
その途端、隣の美咲が怒っているのがわかる。
えー?この答えは、ダメなのー?
「一度悠人さんとしっかりお話をしたらいかがでしょう。最終的にはお二人で決めることですし。私は必ず黎人さんに相談いたしますわ。」
といった途端、今度は美咲が陽織の頬をつねった。
痛ーい!
「どの口が言う!どの口が!」
美咲が小声で怒る。
「もしよろしけれ、今度黎人さんがいる時に、お二人で遊びにいらしてみてはどうでしょう。私もお話を聞くくらいしかできませんが、家庭の様子を直に見ると言うのも、何か気持ちに変化が現れるかもしれません。」
陽織は内心、もう息絶え絶えに答えを考えた。
これで、どうだ!
やっと合格なのか、美咲はニッコリすると、
「そうね。子どもがいるって言う生活は、こう言うもの、ってみてみるのも悪くないわね!」
そういって、陽織たちを解放してくれた。
その後
「たっくん、お夕飯何にしようかー。今日はパパは、何が食べたいかなー。」
と言いながら、帰っていく陽織の声を聞き、いづみは、また情けなさそうな顔になった。
陽織がいなくなると、
「しっかりしてますね。祈梨よりも年下なのに。」
といづみが言う。
「そんなことないわよ!もう、しょっちゅう喧嘩したり、離婚するって騒いだり。本当大変なんだから。陽香、あ、陽織ちゃんのお母さんだけど、ほんとに彼女が、甘やかして育てたから、色々大変だったわよ!さっきだって、大したことないのに、大騒ぎして。」
と、美咲が遠い目をした。




