陽織、美咲のお茶会(子育て編)
神代家には、夏でも涼しい神域がある。
それは黎人の家だったり、本邸のテラスだったり。
7月末、そのテラスで美咲はお茶会を開いていた。
今回は友人たちの要望で陽織も参加の予定だったが、大学の最後の試験日とぶつかり、代わりに陽香が出ることになってしまった。
陽香は美咲のそういう友人たちとは無理、と初めは散々断っていたが、美咲に服まで押し付けられ、嫌々ながら出席することになった。
最後は、どちらにしても、鷹人のお守り役だと割り切っての承諾だったが。
初めは緊張の連続だったが、元々の育ちの良さと、穏やかさが好感をもたれ、悪い印象にはならなかったようだ。
それに、100周年のパーティーで挨拶した人もいて、セレブではなくても、良いところの奥様認定は、されていた。
しかも、陽織に似た顔立ちの陽香に、鷹人はすごく懐いている。会う回数は美咲より少なくても、陽香がいると鷹人がべったりになる。
お茶会の途中、鷹人はカタカタ鳴る押し車を押しながらテーブルの周りを歩き出した。
最近、伝い歩きを覚え、さらに何かを押しながらだと移動できるのが楽しい。ただ、ちょっと目を離すと、どこかに行ってしまう。
その日も、気づくとテラスから庭に出て、カタカタ鳴らしながら歩いていた。
その時茂みの向こうから、陽織がやって来るのが見えた。それに気づくと、陽香も鷹人を追いかけて、茂みの方へ行った。
すると、
「ママ?」
と言う陽織の声。
「おかえりなさい。」
と声をかけ、陽織に鷹人を預ける。
「あ、たっくん見ててくれたの?ありがとう。」
と陽織が笑う。
「今日は試験だったのでしょう?どうだったの?」
と聞かれて、陽織は子どもじゃあるまいし、と、ちょっとムッとした。
「陽織が大学の試験くらいで、わからないことあるわけないじゃない。」
と、ちょっと膨れた。陽香は子どもみたいな陽織の顔に呆れて
「そうね、陽織はわからない問題あると、泣くものね。」
と言い返す。
「ママ、陽織をいくつだと思ってるの?そんな小学生みたいなこと、するわけないじゃない!」
と、さらに膨れる。
その会話は、美咲と美咲の友人たちにも聞こえていて、美咲は呆れてため息を吐く。
「それより、陽織、ちゃんとお客様にご挨拶しなさい。」
と陽香に言われ、陽織は焦った。まさか、まだお客様がいたなんて!
陽織は恥ずかしくて赤くなったが、気を取り直してテラスの方へ向かった。鷹人を抱いたまま。
「いらっしゃいませ。」
と丁寧に挨拶をする。が、きっとさっきのやりとり、聞かれたよなー、と内心は焦ってる。
しかも、美咲に睨まれた。
「どうぞ、ごゆっくり。」
と声をかけて、すれ違いざまに
「あ、母様、バケットを焼くので帰りに持って行ってくださいね。」
と、今更ながら、言葉遣いを変えて、陽香に微笑んだ。すると、
「あら、陽織ちゃん、フランスパン焼くの?わたしも欲しいわ。」
と美咲がくるっと振り向いた。
「もちろん、用意してございます。」
とニッコリ笑って、自分たちの家に急いだ。
まずいまずいまずい!
絶対、お客様にも自慢している!
陽織は慌てて、発酵し冷凍してあったフランスパンをあるだけ出すと、霧吹きをかけ、オープンに入れた。
全部で8本ある。
最初に焼いたパンを3人のお客様と、味見用の一本にし、続いて残りの4本をオープンに入れると、焼けた方を紙袋に入れ、鷹人をおもちゃの車に乗せる。
鷹人は車の後ろにカゴを乗せた車を引き、足で漕いだ。カゴにはバゲットがのっている。
陽織は鷹人を連れて庭を横切り、テラスに向かった。
鷹人に一本、一本持たせると、お客様一人一人に手渡す。鷹人に渡されると、みなさん嬉しそうに微笑んでくれた。
切ったパンは、テーブルの真ん中に置いて、ジャムとクロテッドクリームを添える。
一切れだけ、鷹人が持って、かじっていた。
そして、失礼いたします。と頭を下げ、鷹人と2人、家に戻って行った。
残りの4本を焼き、夕飯の用意をし、鷹人に授乳をして寝かせると、陽織はもうクタクタだった。
残りの4本から2本を美咲と陽香に届けると、そのままベッドに倒れ込む。
ベッドの上に、上半身だけ伏せてクターっとなってると、いつのまにか眠ってしまった。
「陽織、陽織?」
気づくと黎人が、横から顔を覗き込んでいる。
「は、ごめんなさい。夕飯、すぐに支度できます。鷹人のお風呂も、まだで。」
陽織さ立ち上がろうとして、ふらつき黎人に掴まれた。
「なんか疲れてる?」
「あ、いえ、試験だったからかな?」
と、陽織はちょっと目を逸らして答えた。
「何かあった?」
「な、なんでそう思うんですか?」
陽織が後ずさる。
踏ん張って立つと、黎人からスーツのジャケットをうけとり、汗を飛ばすため、クローゼットの前のハンガーにかけた。
黎人は陽織の前で、ネクタイをはずしワイシャツを脱ぐ。陽織はそれを受け取り、ネクタイはネクタイ掛けに、ワイシャツは洗濯のために、と考えていると、急にベッドの上に押し倒された。
「な?ちよ、まだお風呂!夕飯!」
慌てて言う陽織の口をふさぐと、なぜか怒っている。
「続きは、また後で。」
そう言うと、黎人は鷹人の部屋に行く。
2人のお風呂の後、鷹人と家族3人、夕飯を済ませた。陽織は黎人が鷹人を遊ばせている間に、お風呂を済ませる。
そのあと、3人で鷹人お気に入りの怪獣絵本を見て、伝い歩きで、あちこちに移動する鷹人を追いかけた。
夜10時。鷹人就寝。
今日は、お客様が来て色々あったからか、鷹人はなかなか寝なかった。
ホッとしながらベッドに入ると、黎人が本を読んで待っていた。
「黎人さんは、明日もお仕事ですから、先に休んで下さい。わたしは明日から夏休みなので。」
「あ、夏休みかー。良いなー。今年はどうしよう。」
黎人は去年の夏休み、湊人たちがアルバイトに来てたことや、鷹人が生まれて大変だったことを思い出した。
「もうすぐ、一歳かー。」
そう言ったと思ったら、急に陽織の方に向きなおり、
「じゃあ、そろそろ2人目だね!」
とニッコリ微笑んだ。
はあー?
陽織は、やっと大学に復学し、今はそれどころではない!とにかく昨年取れなかった実験や実習が、後期はたくさんある。
「無理!」
と言うと、そのまま黎人に背を向けて、眠ろうとした。しかし、夕方黎人から続きと、言われていたことを思い出す。思い出すが、このまま黎人の方に向いたら負けな気がして、背中を向けたままでいた。
すると、陽織の後ろから黎人が腕を回し、気づくと陽織のナイトドレスの前ボタンを外している。
もちろんその下は素肌だ。
「な!」
「なんか久しぶりで、楽しい。」
と言いながら。
「で?なんで、陽織はそんなに疲れてたの?」
諦めて、陽織は黎人の方へ向き直った。
「だから、今日は試験で。」
「試験くらいで、そんなに陽織、疲れたの?」
「え、と、その後お母様がお茶会をなさっていたので。お客様に、パンをお土産に焼いてさしあげることになって。」
「うん。」
「わたしの母もいたから、ちょっと量が多くて。」
「それで疲れたの?」
「はい。」
しばらく黎人は黙り込む。
「母上に、言ったほうがいいね。陽織が疲れているのに。」
「あ、いえ、それはたいしたことじゃない、と言うか。」
本当に相変わらず、追い詰める。
「えと、その時、ガスオーブンの火力調整を、その、ちょこっと、チカラ、使ったかなー。」
黎人がちょっと怒る。
「ねえ、陽織。そんなことで、チカラ使っちゃダメって言ったよね。」
「‥はい。」
「うちの調理器具はプロ仕様の、最新鋭のものばかりなんだから。」
「は、い。」
「母乳あげてる時は、それだけで、チカラ取られてるんだよ?」
「はい。」
「そろそろ、鷹人も一歳だし、母乳やめてもいいと思うけど?」
「え、と、それは。」
「まあ、チカラが無くなる前に、補給するだけ、だけど。」
だから、補給しなくても大丈夫だって!




