陽織、大人の対応を見る(子育て編)
金曜日の最後の講義が終わると、陽織は正門へ向かう。すると、目の前に思いもよらない人の姿が見えた。鷹人を抱いた黎人だった。
「黎人さん!おかえりなさい!」
陽織は、駆け寄って抱きついた。
考えてみたら、結婚してからこんな長く離れたことはない。
入院した時も、鷹人が生まれたの時も、陽織が拒否しても、いつもそばにいてくれた。
黎人は先に、陽織の実家に寄って荷物を受け取り、鷹人を連れて迎えに来てくれた。
陽織と黎人は真凛と菖蒲に挨拶をして、黎人の車に乗り、久しぶりに親子水入らずの我が家に戻る。
夕飯は途中で、黎人の行きつけのお店で取った。鷹人は、生まれて初めての外食に、ちょっとはしゃいでいた。
しかし、途中で飽き始めたので、陽織は鷹人を抱いてあやす。その時、若すぎる母親の姿に、嫌悪の顔を向けた客がいた。陽織は気づかないふりをしたが、黎人はその客に対して、睨みを効かせている。
客は店の者に、陽織たちを外に出すような言葉を告げていた。確かに鷹人は泣き出していたので、陽織も肩身が狭い。
「黎人さん、わたし、外に出ます。」
陽織が黎人に告げたが、黎人はその必要はないと、陽織を引き留めた。
それどころか、黎人はその客に、彼が飲んでいたものよりも上のクラスのワインを提供した。
「息子がご迷惑をおかけし、申し訳ありません。」
と一言添えて。
すると、先ほどまで怒っていた客は、態度を変え、食事を再開した。
「さすが、黎人さん。おとな。」
陽織は思わず感心してしまった。
その時、店の奥から、見かけたことのある夫婦が食事を終えて出て来た。
「あら、黎人さん。まあ、奥様の陽織様も。」
彼らは国内大手の製紙会社、大東製紙の社長、蔵森夫妻だった。
「蔵森様。これは、お久しぶりです。」
黎人が立ち上がり挨拶をしたので、陽織もそれに習った。
「おー、こんなところで会うなんて、久しぶりだなー。そうだ、帰るつもりだったが、奥の部屋、まだあいてるかい?」
蔵森氏は店の人に声をかけ、自分たちが今まで使用していた個室の確認をしている。
「あらあら、鷹人くん、眠くなっちゃったのかしら?もう、遅いものね。」
黎人と陽織は、蔵森夫妻の計らいで、奥の個室に移らせてもらえることになった。
ここなら、周囲に気遣う必要がない。
店の人は、すぐに料理を移してくれた。
しかも、蔵森氏は2人が個室に移るとすぐに、お先に、と店を後にした。
個室なので、陽織は恥ずかしさもなく、すぐに鷹人に母乳をあげた。
眠いのと、まだお腹が満たされてないことと、甘えたさが混ざっていた鷹人は、陽織に抱きつきながら、コクコクと飲んで、しばらくすると、スヤスヤと眠りだした。
陽織は抱きながら、ホッとする。黎人は手が離せない陽織の皿から料理をスプーンに乗せて、陽織の口元に運ぶ。
そうして、2人はゆっくりと残りの食事を味わった。
帰宅して、鷹人はお風呂には入ったものの、よほど眠かったのか、その後すぐに眠ってしまった。
黎人は10日分の陽織分の補給!と、楽しそうに陽織をベッドの中に引っ張る。その時、急に謝り始めた。
「ごめん、陽織の時間。高校生の姿のまま、止めちゃった。今日みたいな嫌な思い、これからも、させてしまうかも、しれない。」
そう言われて、陽織は目を丸くする。
「大丈夫です!女の子はお化粧一つで、何歳にもなれるんです!」
と明るく返事をする。
「黎人さんだって、20歳の頃から、あまり変わってませんよね?ずっと同じ、優しい黎人さんです。陽織の好きな、黎人さんです。」
と答えてから、ちょっと赤くなる。そして、黎人はその答えに破顔した。
「あの、だから、もう、離婚してなんて、言いません。ごめんなさい。」
と、陽織は今更ながら、黎人の胸に頭をクリクリしながら、伝えた。
そして、そのまま、陽織は嬉しくて幸せで、溶けそうで、お風呂の中に何時間も、浸かっているような心地になる。




