陽織、記憶の向こう側(子育て編)
陽織は振り向いて黎人を見る。
あの時、蓮也と美咲が話してくれた、黎人の過去。
でも、それとは違う。
陽織は膝を抱えたまま、何度も首を振っている。
「違う!違う!だってわたしは、あんな、わけもわからない!わたし、わたし。」
そのまま、陽織は意識がなくなるのを感じた。
「陽織!」
(黎人さん、ごめん、なさい。)
気づくと、ベッドの上にいた。
ベッドの傍で、黎人が鷹人と遊んでいる。
「ほら、怪獣さんだぞー、ガオーッ!」
最近鷹人がお気に入りの怪獣の人形と、小龍で。
「黎人、さん。」
陽織が、起きあがろうとすると、黎人が止めた。
「陽織、ずっと霊力ないままだったんだよ。それなのに、母上が鷹人に授乳なんてさせるから。」
(そっか、わたし霊力なくなると、生きられないかもしれないんだっけ。)
「もし、わたしの霊力が、ずっとないままなら、わたし、どうなるんですか?」
黎人はしばらく考え込んでいた。
そして鷹人の方を向くと、
「鷹人のママがいなくなっちゃ困るよねー。だから、ママの霊力、絶対に無くならないように、しなくちゃねー。パパも、鷹人も、頑張るよね!」
と、笑っている。
たぶん、陽織が目覚めるまでに、何かしたのだろう。
まだ出会った頃、陽織がいつも、そうやって助けられたように。
「でも、もうやめて下さい、わたしは汚いので。」
陽織が横になったまま、両腕を目の上に組んで泣く。
「陽織は汚くなんかない!陽織はいつでも、だれよりも可愛くて、頑張っていて、僕の自慢のお嫁さんなんだから!ね。たっくんのママは、可愛いよね。」
黎人がそういうと、鷹人がキャッキャと笑った。
お座りができる鷹人を前に抱いて、陽織の方に向けると、鷹人が陽織の手をペシペシとやっていた。
GWの間、陽織は以前と同じように家事をして、鷹人の世話をして。でも、夜はベッドの隅で、絶対に黎人に触れないようにして寝ていた。
お風呂の時も、鷹人を黎人が先に出すと、そそくさとリビングに行き、鷹人の着替えをする。別に今までも、黎人の裸を直視していたわけではないが、ますます目を向けられなくなっていた。
鷹人は1人で哺乳瓶を持って、お気に入りの赤ちゃん用の麦茶を飲んでいる。気づいたら、ずいぶん色々なことが、できるようになっていた。
クリスマスの時に、大量のプレゼントの置き場がなく、空いていた一部屋を鷹人の部屋にした。
今は、そこに子ども用のベッドを置いて、一人で寝るようにもなった。
夜はお気に入りの絵本を読んであげると、いつのまにか寝ている。何かあればすぐわかるように、ベビモニターを枕元に置き、電気を消して陽織は子ども部屋を出た。
陽織は、お風呂に入ると一階の電気と戸締りを確認して2階に上がった。黎人が久しぶりに、部屋で仕事をしている。
色々あって、仕事も溜まっていたのかもしれない。
あれから一週間。明日でGWが終わる。そしたら、陽織はまた大学に通う。黎人も仕事だ。
陽織ふ小さな声で
「おやすみなさい。」
と言って、布団を被った。
翌日、美織と千織、羽織が遊びにきた。
鷹人に久しぶりに会いたいと。
その間、黎人は母屋に行ってしまった。
「陽織ちゃん、大丈夫?美織ちゃんから聞いて、すっごく心配だったんだよ!」
千織が、陽織に抱きついて泣いていた。
「千織、ありがとう。もう、大丈夫だから。」
そう言って、みんなをダイニングに案内した。
ダイニングの上に、紅茶と、昨日陽織が焼いたチーズケーキを並べた。
今朝、黎人は美咲たちに、残りの半分を持って行った。
「わー、陽織のチーズケーキ!久しぶり!これ、美味しいんだよね!」
羽織が喜んでくれた。
「でも、なんでダイニング?」
と、3人は不思議な顔をする。
そこに、ハイハイを覚えた鷹人がやってきた。
「それはね。」
鷹人は手を伸ばして、上にあるものを取ろうとしているが、流石にダイニングテーブルの上は届かないのて、怒る。
うぶーっ!
と、怒る鷹人を抱き上げて、子ども用の椅子に座らせた。
「わ、こんにちはー、たっくん大きくなったね!」
「手が届くところにあるものを、いたずらするんだよねー。」
と、陽織が、鷹人の前に赤ちゃん用ミルクで作ったプリンを置いた。すると、早速、そのまま手をだそうとするのて、陽織が焦って手を拭いて、スプーンを近くに置く。
すると、スプーンを取って、振り回しながら、アウアウと怒る。
まだ上手に使えないので、とりあえず怒る。でも、自分で待ちたいらしい。
陽織がその口に、別のスプーンでプリンを持っていくと、パクッと食べてキャッキャと喜んだ。
「ウワーッ!可愛い、写真撮ろう!」
と、また撮影会が始まった。
と、その時、陽織が何かを思い出して、美織に謝った。
「その、美織ちやん、え、と、その、おばさん、って、言って、ごめんなさい。」
美織はもちろん、羽織と千織が驚いた。
「何?美織ちゃん、おばさんって?」
「陽織、美織におばさんって言ったの?」
陽織は気まずいが、美織もなんとなく気まずい。
「そりゃ、中学生から見たら?おばさん、かもしれないけど、せめて、お姉さん、だよね?」
と、美織にそっぽを向かれた。
陽織と美織が、先週あった出来事を、話せる範囲で話した。
「うん、大学からの一斉配信でも、構内で女子学生の誘拐があったことが来た。気をつけるように、って。しかも、ウチの4年生が関わってたんでしょ?」
「始めの頃、陽織にコクッテ振られた人だよね。バカだよね。なんかやばい人に騙されたみたい。」
「でも、陽織ちゃんが中学生に戻っちゃうなんて、それだけショック、大きかったってことでしょ?ひどいやつだよ!」
と2人は話す。
「でも、おばさん、はないとおもう。」
「だから、美織ちゃん、本当にごめんなさい。」
その頃黎人は、母屋で父と話をしていた。
「神代の次期当主として、今回の件はお前に任せる。二度とこんなことがないよう、徹底的にやりなさい。」
蓮也に言われ、黎人は頭を下げた。
そのあと、湊人を呼んで、4人で陽織が焼いたケーキを食べた。
「どう?陽織ちゃん。」
美咲が心配して聞くが、黎人は苦笑いしか出ない。
「まあまあです。そばには寄らせてはくれるけど、前みたいには。」
みんな、ため息を吐く。
「とりあえず、また食べられない、吐く、を繰り返されると困るので、今日は千織ちゃんたちが来てくれて、助かりました。ありがとう、湊人。」
「やっぱりダメ?」
「とにかく、何度か血が出るまで歯を磨いてたこともあるし、誰かいれば、何かしてるし、食事も普通に食べるけど、一人にしておくと、思い出すのか、口元抑えてます。なんか、無理して、血を吐いてたこともあって。喉切っちゃったのかなー。」
「信じられない。あの、イチャラブバカップルが。」
湊人に言われ、ハハハと笑う。
「前は、本当人目憚らずだったのに。」
「もう、口なんて近づけたら、速攻逃げられます。」
「とりあえず、陽織の口は汚くないんだ。もう、大丈夫なんだ。綺麗に治してもらえたんだ。って、信じてもらえないと。」
「必要な記憶だけは残せて、嫌な記憶だけ、忘れられたらいいのにねー。」
美咲が呟いた。
その時、母屋のチャイムが鳴る。




