陽織、記憶の扉(子育て編)
翌朝、陽織は変な夢を見て目が覚めた。
自分は大人の姿になっていた。
「陽織。陽織。」
優しい声で、誰かが呼んでいた。
男の、人?え?
その人は、可愛い赤ちゃんを抱いていた。
でも、赤ちゃん、泣いて。
午前中、和嶺と美織が陽織のところへ来た。
「和兄様?だよね?」
なぜ、疑問?
「なんか、老けてない?それに、その人、誰?」
美織のことを指差す。
「陽織ちゃん!わたしだよ?美織だよ?」
???
「和兄様?美織ちゃんって、え、と、たしか陽織と同じ、歳の?」
2人は頷く。
「え?うそ、だって、おばさんじゃない!」
陽織におばさん、と言われて、美織は固まった。
「お、おば、さん。」
おばさん、おばさん、おばさん!
「陽織!美織に謝れ!いきなり、なんてこと言うんだ!」
和嶺が怒る。すると、陽織は泣き出した。
「か、和、兄様が、怒ったー!陽織、何にも、悪くないもん!」
あ、本当だ。中学生の頃の、陽織だ。
和嶺は、母が言っていた言葉に納得する。
これは、兄上を会わせるわけにはいかない。
もっと大人になっている高嶺では、もしかしたら怯えるかもしれない。
老けた‥。
和嶺は微妙にショックを受けた。
そこに陽香が入ってくると、陽織は変な夢の話をし始めた。
陽織が大人だったこと。
誰か知らない男の人に呼ばれたこと。
その人が赤ちゃん抱いてたこと。
赤ちゃんが泣いてたこと。
「ママが変なことばっかり言うから、陽織、変な夢見ちゃったじゃない!」
と怒っている。しかし、もしかしたら、と陽香は慌てて部屋を出て行った。
「ママ?」
「陽織、それ、夢じゃないと思うよ?」
と和嶺が言うと、えーッ!?、と嫌そうな顔をする。
陽織はヒマを持て余して、ベッドの上で、ブーブー文句を言っている。放っておくと、何か悪さをしそうなので、とりあえず、本を与えておいた。
昨日は、スケートのことも言っていたが、もうできなくなった、と高樹が言い聞かせたら、ショックを受けて、それきり口にしていない。
本人的には、何かやっぱり病気なんだと、思っているようだ。
お昼前、陽香が戻ってきたので、和嶺たちは帰った。
お昼を買ってきたらしい。たぶん、病院の食事はまずい!と、食べなかったのだろう。
その時、陽香はもう1人の女の人を連れてきた。その人は赤ちゃんを抱いていた。
「?ママ?その人、だれ?」
「陽織、黎人さんの、お母様よ。」
「?黎人さんって、だれ?」
赤ちゃんを抱いた女の人は、陽織の話し方や、言ってることに、呆然としている。
挨拶さえしない。まるで子どものような話し方。
それどころか、陽香の背中に隠れるようにしている。
すると、その人はツカツカと陽織のそばにやってきて、徐に陽織の胸を出すと、赤ちゃんの口元を近づけた。
「ぎゃっ!なにすんの!ちよ、おばさん!ママ、助けて!や!」
はじめは、バタバタと暴れていたが、鷹人が陽織のオッパイをコクコク飲み始めたら、急に、目の色が変わり始めた。
「た。」
陽織の手が、鷹人を抱く?
「たっくん?」
「たっくん!」
陽織が泣き出した。
「はい、陽織ちゃん、こっちもね。」
もう、陽織は鷹人に抵抗していなかった。
「かわ、いい。」
それは、鷹人が生まれた時、初めて陽織が口にした言葉。
「ごめんね。」
陽織は、鷹人を抱きしめる。
そして、そこに、黎人が入ってきた。
陽織は、一瞬、怯える。
「黎人、さん。」
黎人が陽織ごと鷹人を抱きしめようとすると、
「ダメ!」
と、黎人のことを拒んだ。
「だめ、黎人さん。ごめんなさい。ごめんなさい。」
と、何度も謝って泣いている。
陽織はその日の午後、病院をあとにして、神代の屋敷に戻った。
黎人が車を駐車場に停める間、美咲と黎人の家の中に入りリビングに座る。
足元で、鷹人は遊んでいた。
黎人がリビングに入ると、陽織は立ち上がり、部屋の隅に行って、膝を抱えてうずくまる。
「陽織?」
陽織がどんなに苦しい思いをしたのか、嫌な思いをしたのか、辛い思いをしたのか、怖い思いをしたのか、黎人には想像はつかない。ただ、自分の無力さが、嫌で。
陽織の記憶を戻したのも、自分ではなく、子どもの存在。
「黎人、さん。」
陽織が小さな声で、話しかけてきた。
「はい?」
「その、離婚、して、下さい。」
え?
その言葉に、黎人が唖然としていると、鷹人と遊んでいた美咲が、ツカツカと陽織の方に行く。
「陽織ちゃん、今、自分が言ったことの意味、わかってる?」
その剣幕に黎人もただ呆然としている。
驚いて、鷹人が泣き出した。
慌てて、黎人が抱き上げた。
「あなた、自分がなにか、わかってる?」
陽織が振り向いた。
「なに?って?」
「あなたは、ただの、黎人の妻じゃないのよ!この家の、神代家の嫁なのよ!それだけじゃない!この世界で、唯一無二、神様の花嫁なのよ!簡単に、そんなことできないって、わかって、言ったの!?」
黎人は母が怖い。
「あなたが、女性として屈辱的な想いをしたのはわかる。でも、それでも、あなたは普通の、その辺にいる女の子と、同じじゃないの!」
「あなたは黙って、黎人の相手をすればいいの!あなたの責務は、神様の子を産むことなんだから!」
責務!?
最後の、美咲の声は、冷ややかだった。今までとは違う。
「母上、言い方!」
黎人も美咲の言葉には、憤りを感じたようだった。
「でも、わたし、汚い、から。黎人さんに、ふさわしく、ない。資格、ない。」
資格‥。
それは、陽織が前にも言った言葉。
封じられたはずの、記憶の中の言葉。
「汚いってなに?みんな、全部が全部、綺麗なものだけだと思ってるの!?陽香は、ずっと、そうやってあなたを甘やかしてきたかもしれない。けど、世の中、そんな、綺麗なことばかりじゃないのよ!黎人だって、まっさらで、綺麗な人間じゃないって、前に話したでしょ!」
美咲に言われて、陽織は黎人の方を見た。




