陽織、記憶を失う(子育て編)
陽織がいつもなら大学の門に来るはずなのに、まだ来ない。なんの連絡もない。と言う連絡が笹神から入ったのは、午後5時半のことだった。
今日はGW前の金曜日のため、学生の数は少ない。
見逃すはずもない。
今日の最後の授業は、昨年休んでいた間に受けるはずだった専門科目で、一緒に受ける友人がいない。
仕事中の連絡だったが、神柴に話し、すぐに警察に連絡を入れる。
最近、ストーカーがいるみたいだ、と羽織から聞いていたので、用心していたのに。
陽織が目を覚ますと、見知らぬ倉庫のような建物の中だった。
男の声がする。
「え?売るんですか?まあ、確かに上玉ですか、もう傷物ですぜ。」
売る?傷物?
しばらくすると、違う人の声がきこえる。
「どうせ売るなら、俺たちでやっちまおうさ!傷物なんだ。気づかれやしないさ。」
やる?何を?
扉が開き、見知らぬ男が3人入って来た。
怖い!
心音が高鳴り、額に汗が滲む。
怖い!
何?
動けない!動かない?
手足が縛られていた。
痛い!
男の1人の顔が陽織の顔に近づいて、舌を出して、ペロリと舐める。
気持ち、悪い!
「なるほど!細いくせに、胸は立派だなー!」
下品な声が響いた。
「手足縛っても、やれることあるよなー。」
そう言った。
何をやれるの?
咄嗟に顔を背けた。
でも、ぐいっと、顔を男の方に向けられて、いきなりくちを開けられた!
やだ!触らないで!
ハク!ハク!黎人さん!
バチッと静電気のようなものが走る!
そのすきに陽織は顔を背けて、口を固く閉じた。
しかし、一瞬男たちは怯んだが、大したことないと、薄ら笑いを浮かべ、ますます陽織に近づく!
3人の男は、徐にズボンを下げ見たくないモノを出して、陽織の目の前にそれを見せつけるように近づけた。
やだ!気持ち悪い!
次に陽織の口を無理矢理こじあけられる!
背けた顔に何かが触れた!
!!!
「いつも、旦那にやってんだろー?」
やだ!やだ!気持ち悪い!
他の男が、何を考えていたのか、陽織の足のロープを切り、いきなり陽織の足を触る!
やた!やだ!やだ!
黎人さん!助けて!
そして、最後の1人は、徐に、陽織の服の前ボタンを外すと、胸に触れて来た!
やめ、て!いや!
たす、けて!黎人、さん!
陽織の声が聞こえた!
黎人は、神柴と、話を聞いていた社員に断りを入れて、陽織の元へ飛ぶ!
「陽織!」
陽織が横たわる周りに、下品な顔の男が3人いた。
黎人は、力の限り1人を突き飛ばす。
陽織は、ぐったりと横たわっている。
そして、陽織は荒く息を吐く。何度も何度も!
黎人は陽織の足に手をかけていた男を突き飛ばし、最後の1人を殴り倒した。
「陽織に、何をしたんだ!」
その時、外にサイレンの音がした。
横たわる陽織は、そのまま気を失う。
黎人が抱き上げるも、全く返事がない。
陽織がそのまま搬送されることになったので、救急車の中で、黎人は神柴に連絡を入れた。
神柴は会長と、黎人の家、陽織の家に連絡を入れた。
陽織は病院に担ぎ込まれた後、様々な検査を受けて、一応異常はないと判明した。
しかし、今回担当した、女性の犯罪捜査官は、身体以上に心の異常を気にかけていた。
「性犯罪の被害者は、心のケアが一番大切です。」
と。
翌朝、陽織が目を覚ますと、黎人は捜査官の言っていた言葉を思い出した。
陽織が目を覚ますと、見知らぬ男性がいた。
誰?この人?陽織は眉間に皺を寄せた。
黎人がそばによると、
「な、誰なんですか?なんで、あなた、人の部屋に?マ、ママ、ママ!父様!」
陽織が怯えて叫んだ。
黎人が、いつものように抱きしめ、落ち着かせようとすると、
「やだ、何するの!触らないで!」
と叫ぶ。
慌てて駆けつけた陽香に陽織は抱きつき
「ママ、ママ、陽織、どこにいるの?ここどこ?この人、だれ?」
と黎人を指差す。
「陽織?何言ってるの?黎人さんじゃない?あなたの旦那様の?」
その言葉に陽織は、思い切り嫌そうな顔をする。
「何言ってるの?ママ知ってるじゃない!陽織、男の人大ッキライッて!結婚なんか、するわけないじゃない!気持ち、悪い!」
黎人も、陽香も、呆然とする。
そして陽織は、泣き出した。
そのうち、高樹もやって来る。
「父様!父様!陽織、なんで病院なんかにいるの?陽織、病気も怪我もしないよ!なんで、こんなとこ。お家に帰りたい!」
陽織は中学生の頃のように、泣き出した。
黎人はそのまま、外に出され、とにかく色々な医師の話だけを聞かされる。
MRIなどに異常は見られなかった。
色々な医師の診断は、総じて、一過性の心的な記憶喪失。
何かのきっかけで、戻るだろう、とのことだった。
しかし、それは今日かもしれないし、いつの日になるかわからない。何がきっかけか、わからない。
ただ、黎人は自分自身ではないことだけはわかった。
気持ち悪い‥。
それどころか、陽織は母乳が出た途端、さらにパニックになって、泣き出して陽香から離れない。
「なんで?陽織、病気なの?なんでオッパイなんか出たの?気持ち悪いッ!胸、痛いよー!」
「陽織はね、大人になって、赤ちゃん、産んだのよ!」
「赤ちゃんなんて、産まないよ!だって、男の人、嫌いだもん!」
「でも、赤ちゃんは好きでしょう?」
「赤ちゃんは、好きだよ!でも、陽織、赤ちゃんが1人じゃ産めないことくらい、知ってるよ!」
「だから、陽織は結婚して。」
「だから、絶対結婚なんかしない!」
その日は何を言っても、この繰り返しだった。
ただ陽香も、黎人も、高樹も、鷹人のことが可哀想だから、どうにか陽織を元に戻したかった。
「お願い、陽織。赤ちゃんが、鷹人が泣いてるんだよ。ママって、陽織のこと、呼んでるよ。」
「だから、そんな子、知らない!」
流石に陽香も陽織を叩きたくなった。でも、ここで叩いても、何も良くならない。
それ以前に陽織は、訳がわからず、ただ泣いている。
黎人は、その日家に戻ると、美咲と蓮也に陽織のことを話した。
とにかく、黎人はもちろん、鷹人のことも覚えていない。知らない、と言う。
「そんな‥。」
美咲は、鷹人の顔を見て、真っ青になった。
「お母さんが、自分の子どもを、忘れちゃう、なんて。」
「知らないって、男の人は嫌いだから、結婚も、赤ちゃんもありえないって。」
両親だけでなく、帰宅した湊人も、聞いていた。
「忘れてた。最近は誰とでも頑張って話してるから、もう平気だって。
本当は僕以外の男の人が、ちょっと触れるだけでも、怯えることがあって。
たぶん、湊人たちは、同級生だから、大人の男性っていう意識、あんまりなかったんだ。
陽織は、極端に男性恐怖症だったのに、あんな奴らに!」
黎人は鷹人を抱きしめながら、唇を噛み締める。
「ごめんね、鷹人。ママいま、ちょっとだけ、病気になっちゃったんだ。」
神鬼に陽織の記憶のことを相談すると、神鬼の顔が強張った。
「今回も、陽織の記憶をなんとかできないんですか?」
黎人が聞くと、隣に座る高樹が同じように強張る。
「おそらく、今までに何度か陽織の記憶をいじったのが、今回の引き金になってるのかも、しれない。」
何度か?
「あの、アレだけじゃないんですか?」
2人はしばらく、黙っていた。
「今回が、初めてじゃないんだ。」
え?
「陽織が、その、男性恐怖症って。」
黎人は、聞いたことがあった。
『黎人さん以外の、男の人、気持ち、悪い。』
高校生になって、何度か依頼を受けてる時に話してくれた。悠人や大神のことすら、少し、警戒していた。でも、理由はわからないと言っていた。
「始めは、小学生の頃でしたね。」
神鬼が複雑な顔をした。
「学校へ行ったはずが、無断欠席で、リンクにもいなくて。警察が、その、裸にされて泣いている陽織を、見つけてくれて。あの、見た目、だから。捕まった犯人から、どうもストーカーされてたのではないか、と警察から聞かされた。本人は全く気づいてなかったみたいで。」
「え、と、か、身体は?」
「ずっと見えなくても、白兎様を付けてたから、それ以上のことは。」
小学生。
黎人は真っ青になる。
「同じようなことが、中学の時もあった。」
「その度に、陽織さんの記憶を、消したんです。」
「高校生になってからは、いつも誰かと一緒だったから。でも、新聞記者に捕まったって聞いた時は、また!と、本当に、どうしたら良いのか、って。
神代が助けてくれた時は、本当にホッとした。
黎人くんが、たくさんのお守りをつけてくれた時、心から安心できた。」
だから、これ以上のことをすると、逆に陽織が全て思い出す可能性の方が高い、と言うことだった。
その翌朝、陽織は目を覚ますと陽香に
「夜中に、赤ちゃんが泣いていた。」
と言った。




