陽織、鷹人のチカラに助けられる(子育て編)
1月になり、陽織は時々大学に行って試験を受ける。
通信制で完全に卒業を頑張っている人や、病気や怪我で後期の授業を通うことができなかった人もいた。
試験の会場に入ると、意外と多くの受験生がいることに、陽織は驚いた。
他の会場や教室では、羽織たちも試験を受けている。
陽織が行くことを話したら、久しぶりに一緒にご飯を食べよう、と連絡があった。
「あ、陽織、こっちこっち!」
陽織が学食に入ると、いつもの席に4人がいた。
「わ、陽織がスレンダーになってる!」
大学に入ってからできた友人も一緒にいた。
「うー、久しぶり!写真見たよー!可愛い!」
結菜や日緒理も、ニコニコと迎えてくれた。
「最近のは?」
と言われて、鷹人が寝返りを始めた動画を見せたら、4人はうおーっと声を上げる。
「か、可愛い!」
「わたしも、欲しい!」
陽織は午前で終わりだが、4人は午後も試験がある。
明日も民法学でくる。と言うと、なぜか羽織と佳織が遠い目をする。
?
「あれねー、なんかわたしたち、嫌味言われたよね。」
?
「通信の学生の方が良いレポートだ。って、陽織のを見せられた。」
「あ。あれは、その、黎人さんが、鬼。」
「鬼?」
「え?今でもやってるの?鬼教官!」
陽織と羽織の鬼教官に興味を持った3人が、前に乗り出す。
「黎人さん、勉強教え出すと、半端なく厳しいんだよねー。半日くらい平気で机に縛りつけるし。できるまで、トイレ以外は休憩なし。民法学なんて、取るんじゃなかったー!一番の得意分野だもん!」
1月の後半には試験が終わり、冬晴れの暖かな日、陽織は鷹人を抱っこ紐を使い、抱いて近所のコンビニに出かけた。
そう、近所の。
まさか、そこで、引きずられることになるとは!
暗転した目の前に、陽織は気を失いそうになる。
なんで?わたし、一人なのに!
高校時代は散々あった。
橋の上、地下鉄、必ず友人たちと一緒だった。
でも、今は自分と子どもだけ!
陽織は鷹人をギュッと抱きしめて、顔を覗き込む。鷹人は、スヤスヤと寝ていた。
大丈夫、大丈夫、大丈夫!
自分に何度も言い聞かせて、子どもの頭を隠すように抱く。
わたしが、守らなくちゃ!
赤ちゃんの泣き声が聞こえる。
いつのまにか、足元にはお地蔵様があった。
また、赤ちゃん。
陽織は鷹人がお腹の中にいた時のことを思い出した。
でも、あの時とは違う。
やがて、複数の赤ん坊の声が、どこからか、響きわたる。オギャーオギャー、ホンギヤーホンギヤーと。
何これ?
やがて、真っ暗だった周囲が、赤く染まる夕暮れのような景色に変わった。
たっくんと違う。
まだ、生まれたばかり?
生まれなかった‥。
誰かがいれば相談ができる。
誰かがいれば、お互い助けられる。
でも、今は誰もいない。
陽織は、まず結界を張って少しでも、泣き声が聞こえないようにした。鷹人が起きないように。
でも、このままじっとしていても、ラチがあかないことはわかる。
とりあえず、足を踏み出す。泣き声がする方に。
本当に赤ちゃん?
ネコの声にも聞こえる。
ゆっくりと、慎重に、いつもなら黎人が手を握ってくれるのに。そう思って、鷹人の手をギュッと包んだ。
今はわたしが、この子の手を握らなくちゃ。
泣き声が近くなり、陽織は辺りを見回した。
夕暮れの中に、ポツンと一軒の家があった。
古くて、今にも崩れ落ちそうな家。
泣き声は、その中から聞こえる。
恐る恐る、慎重にその家に向かってみる。
相変わらず、何も情報がないのは怖い。
胸がドキドキしすぎて、頭まで痛くなる。
しかし、それからどのくらい歩いただろう。
泣き声がする家は、いっこうに近づかない。
どんなに歩いても距離が変わらない。
痛む頭を抑えて、それでもひたすら歩く。
たぶん、危険だからそれ以上、近づくな、と言うことだと思うのに、なぜか足が止まらない。
なんで??足が止まらない!
頭だけでなく、足も痛くなってきた。
鷹人の抱っこ紐を支える肩も痛い。
誰か!助けて!
黎人は会社で仕事をしていた。新薬の開発についての意見書の見直しだ。新薬は一つ開発するのに、何億と言うお金がかかる。簡単に、はい作ります!と言うわけにはいかない。
それだけ慎重に、採算や危険性、薬の副作用を加味して、ゴーサインを出さなければならない。
だから、父は経済だけでなく、薬学部も卒業していた。
今の黎人に、薬剤の知識は皆無だ。
今後、この仕事をするなら、本当は欲しい知識と資格になる。しかし、そのためには、もう一度大学に行きなおす必要がある。薬剤師は通信制がないので、どうしても通学生として勉強しなければならない。
しかし、それはどう考えても、無理難題だ。
だから、黎人の代わりに薬学に精通した、信用できる人材が欲しい。
早く湊人が右腕になってくれれば。
そんなことを考えていた時、嫌な感じがした。いつもの、白桃が呼んだいる気配ではない。陽織とも違う。
まさか!
黎人は立ち上がると、神柴に一言二言伝える。
でも、白桃ではないので、場所が違ったら無駄骨になるかもしれない。
それでも、二人が一緒にいると信じて!
陽織は、もしかしたら、と結界を解いてみた。
やはり、結界のせいで近づけなかったらしい。
しかし、解いた途端、陽織はその家の中に、引き摺り込まれた!
っ!!!
陽織が引き摺り込まれた家の中は、床板もなく、土間に藁を敷いただけの質素な作りの家。
その上に、痩せ細った女性と、女性の足元から臍の緒にまだ繋がれている胎児の姿があった。
辺りは血の海になっている。
女性の体の下の、血生臭い匂いが鼻をつく。
陽織は思わず吐きそうになる。
女性というには幼い。
おそらく、陽織よりも年下。
そして傍に泣いている、男の人。
貧しく、栄養もなく、産んだものの、おそらく死産だったのだろう。それだけではない。女性もすでに土のような顔色に変わっていた。
母親が先に亡くなったのか、それとも。
陽織は男の人に、思い切って話しかけてみる。
「どうして、欲しいの?」
男の人は、俯いたまま動かない。
ただ泣き伏していた。
声が届かないのかもしれない。
その時、突然、陽織が抱いていた鷹人が泣き出した。
陽織は慌てて、声をかけて、背中をトントンと軽く叩く。しかし、鷹人は泣き止まない!
(どうしよう。この子まで、引き摺り込まれるなんて!)
「たっくん、大丈夫だよー。泣かないで。」
陽織がそう何度も声をかけると、目の前の男性がユラユラと立ち上がって、陽織の方へ近づく。
ひっ!
そして、陽織の腕を掴もうとした瞬間!
鷹人の泣き声がひときわ大きくなり、
陽織の目の前に、黎人が現れた!
「鷹人、よくやった!」
え?
陽織の目の前にいた男が、チリになって消えていた。そのうち、女性も胎児も、そして家も。
まるで、幻のように消えて、そこにはいつものコンビニ近くの道と、そして黎人がいた。
「黎人、さん。」
陽織が、崩れ落ちるように座り込んだ。
いつのまにか、鷹人はスヤスヤと眠っている。
「僕が来る必要、なかったかな。」
黎人が、陽織ごと鷹人も抱き上げた。
え?
「あれ?初めてチカラ使ったから、疲れたのかな。寝ちゃった。」
え?
黎人は陽織を抱き上げて、家まで連れて帰る。
「あれ?ただ泣いてると思ったの?」
陽織はコクコクとうなづく。
「いま、祓ったのは、鷹人だよ。」
「えーっ?だって、まだ、4ヶ月‥。」
「うん。さすが僕と陽織の子だね!天才だ!」
「う、そ。」
陽織はそのまま気を失った。
その晩、鷹人の話を美咲と蓮也が聞くと、お赤飯だ!と、大騒ぎになっていた。




