陽織、路頭に迷う?(子育て編)
9月半ば、鷹人が生まれ5日後に陽織は家に戻りそして、さらに一週間が過ぎていた。
本来なら予定日はこれからだった。
でも、少し早く生まれて来た鷹人に、陽織と黎人は慣れない毎日を繰り返していた。
黎人は光と氷の精霊2体を召喚し、家事全般を任せている。2体が色々手伝ってくれているので、2人とも育児に専念できる。
しかし母乳で霊力をゴッソリ持っていかれる陽織は、夜2時間ほど眠ると、母乳を与え、また眠って、の生活で、徐々に霊力が枯渇しそうになっている。
本来なら、黎人から霊力の回復をしてもらうのだが、出産直後の陽織に、そう言う行為はできない。
その日はまだ夏休みの羽織、美織、千織の3人が、改めてお祝いを持って黎人の家にやって来た。
一度鷹人に会っている3人だが、何回見ても、鷹人は可愛い。
3人は、改めて陽織や黎人を入れて、何枚も写真を撮っていた。陽織も3人からもらった可愛いベビー服を鷹人の上に乗せて、写真を撮っている。
服はまだ大きいが、おそらくヨチヨチと歩き始めた頃に着たら可愛いだろう。
さらに、全員で撮ったり、各自が一人一人入って撮ったりと、たくさん写真を撮り、また陽織がオッパイを飲ませる様子を眺めたり、と、楽しい時間を過ごした。
しかし、その日のことが翌日、大きなトラブルに発展するとは、誰も思っていなかった。
翌日の昼休み、湊人は宏輝と2人、いつものように会社の社員食堂でお昼を食べていた。
黎人が休みを取ってからは、残念ながらお弁当はない。
2人でご飯を食べながら、先日陽織のところで撮った写真を交換していた。
「あ、全員で撮った写真、俺ない。送って!」
「そういえば、昨日千織たちが黎兄のところに行ったんだって。ほら!」
湊人が宏輝に、陽織が黎人と鷹人の3人で撮った写真を見せていた。
「うわっ、可愛い!黎人様と陽織様?もしかして、お二人の神子さま!?」
2人の後ろに、宏樹の姉、梢絵がいた。
「うわっ、びっくりした。」
湊人は、思わずスマホを落としてしまった。
あ!と思った途端、湊人のスマホに写っていた黎人の姿を、他の社員が見る。
「社長?」
「うわっ、誰、この子、可愛い!」
「赤ちゃん、まさか社長の?」
「え?じゃあ、この子社長の奥さん??」
その様子を見ていた、広報室長の八神が覗き込んだ。
「ああ陽織様?社長の奥様だよ?ああ、お子さん生まれたんだね。」
と、答えていた。
やばいやばい!
バレたら黎兄に怒られる!
でも幸いなことに、黎人が会社に復帰するのは11月の初め、その頃湊人たちは夏休みも終わり、バイトは終わっている。
とりあえず、しらばっくれよう!と、湊人は目を背ける。
ところが、運が悪いことは重なる。
なぜか廊下で黎人の声がする。
「うん、ちょっと会長から呼ばれてね。」
黎人が聞いて来た社員に答えているらしい。
「あ、社長!」
ちょうど写真を見ていた社員が、黎人に声をかけてしまった。
「おめでとうございます!お子さんがお生まれになったんですね!」
「赤ちゃん、すっごく可愛いですね!」
と。ん?と、黎人は疑問を浮かべ、食堂の中を見た。
うおーっ!バレたバレたバレた!
しかも、だんだん目の色が変わっていく。
「みーなーとー!」
黎人は今回の休みの理由を社員の誰にも言っていない。もちろん、子どもが生まれたことも言ってない。知られるとしたら、父か湊人、宏輝の3人しかいない。父は、そう言う公私混同はないので、バレるとしたら。
「やっぱり、お前らか!!」
「う。わ!ごめん、ごめん!ちょっと写真の交換をしていて!」
なぜ黎人が、他の人に黙っていたのか、それはちゃんと理由があった。それは、よくよく考えると、疑問に思われ、そして色々勘繰られること。
「あれ?でも、社長が結婚したのは、たしか3月でしたよね?」
八神が疑問に思って言う。
そう、まさにコレだった。
計算が合わない!
しかも、相手は高校を卒業したばかり!
結婚式は彼女の18歳の誕生日!
「バカ湊人!」
思わず、黎人は怒鳴ってしまった。
「はあ?なんでだよ!隠す必要ないじゃん!」
「陽織の気持ちを考えろ!」
と、そこから、兄弟喧嘩になる。
「?なんか、社長、いつもと違う?」
「これ、止めなくていいの?」
「会長、よんできますか?」
と、会長である父が来るまで、延々30分は続いた。
「黎人、お前を呼び出して、どれくらい待たせるつもりだ!だいたい、遅いと思ったら、弟と喧嘩なんて、お前は一体何歳だ!全く。この会社を任せるのは、時期尚早だったようだな。」
湊人よりも、黎人の方が当然怒られる。当たり前だ、この会社の責任者としての、自覚皆無と思われても。
それだけではない、黎人はつい先日、自分のやらかしを両親に告白し、父の信用を失っていた。
「申し訳、ありません。」
黎人は、ほぼ90度に頭を下げて、謝罪をしていた。
湊人が隣の兄を横目で見ると、いつも以上に青い顔で、拳を握って震える姿があった。
これ以上、父の信頼を失うわけにはいかないのに。
陽織は美咲と一緒に、鷹人のお風呂を入れていた。
「気持ち良いですねー。」
「そろそろ、上がりましょう。」
そう言いながら、ベビーバスから、鷹人をあげそっと拭く。下着を着せて、白湯を飲ませた。
その時、美咲のスマホが鳴っていた。
「あら珍しい、主人だわ?」
美咲はちょっと席をはずして、電話に出ていた。
「まあ、そう。わかったわ。陽織ちゃんには、わたしから話しておく。はい。あまり、怒っちゃダメよ。」
?なんだろう?
黎人は父に呼ばれて、会社に行ってるはず。
鷹人に服を着せて、陽織が抱いていると、美咲が戻って来た。美咲は、なんとなく、複雑な顔をしている。
「お母様?あの、黎人さんが何か?」
「んー、それがね、会社に着いた早々、湊人と喧嘩していたらしいの。」
え?なんで?いきなり?
「で、ちょっとほら、社員の手前、そのままっていうのは。」
陽織は返す言葉がない。
でもなんで、喧嘩なんて。
「それで、その、言いにくいんだけど、しばらく、社長を解任するかも。って。」
解任?解任って何?もしかして、クビ?解雇?失業!
「どうし、よう。」
陽織の顔色が、どんど悪くなる。
ただでさえ、陽織は仕事ができない。
元気で何もなければ、神嶋の仕事も受けられる。
「まあ、それは最悪の場合で、弟と喧嘩くらいで流石に、解任ってわけにはいかないから、ちょっと申し訳ないけど、その、長期休みはなしで。」
美咲のその言葉は、陽織には聞こえてなかった。
「?陽織ちゃん?陽織、聞いてる?」
真っ青な顔の陽織を、美咲が覗き込む。
「あ、はい。え、。黎人さん、その、失業、しちゃう、って。」
陽織が答えると、
「もう!やっぱり聞いてない!ちゃんと話は最後まで聞きなさい!」
「だから、解任するのはともかく、とにかく今回の休みは返上して仕事に戻らせる、って話!その代わり、1か月はただ働きで、ってことで。わかった?」
陽織の目が少し落ち着いた。
「良かった。です。良かったね、たっくん。もう少しで、ママとたっくん、路頭に迷うところでした。」
陽織は、鷹人に言いながら、ホッとした。
黎人が休みをもらったのは陽織のため。
陽織の身体のため。
そこで、黎人が休んで手伝うはずの育児は美咲が手伝うことになりそうだ。
と言うのも含めての、電話だったらしい。
「困ったのは、霊力よね。また、頑張って、ご飯食べるしかないわね。」
美咲が仕方なさそうに言った。
その晩、湊人がお風呂から出ると、父かリビングにいた。
湊人は昼間のことが、どうしても気になっていた。
「父上、その、今日はすみませんでした。」
「ああ。」
「で、ちょっと気になったんだけど、その、黎兄、何かあった?その、父上、と。」
蓮也が片眉だけあげて、湊人を見る。そして視線だけで、前に座るよう、指示した。
「黎人は、想像以上に、考えなしの子どもだな。」
父がポツンと言う。
「え?そんなこと、ないと思うけど。会社の時とか、スッゲーかっこいいし。」
湊人が言うと
「お前は、想像以上に、ガキだ。」
と返された。
くっそー!
「陽織さんを、どう思う?」
?なんで?
「いや、お前から見た彼女は、どんな子なのかな。」
「陽織は、陽織は泣き虫で、だけと、周りや自分が言うみたいに、ゼンッゼンわがまでも、自分勝手でもない、と思う。ただ、その、負けず嫌いで、根性あって、プライド高くて、強情で、でも、スッゲー優しくて、いつも周り見てて。でも、鈍感で。」
湊人は、そこまで言って、自分は、何言ってるんだ、と急に黙った。
「湊人の方が、よく見てるのかも、な。」
湊人が顔を上げる。
「高樹が、あ、陽織さんのお父さん、が、なんで湊人じゃなかったんだろう、って。」
「え?」
「黎人じゃなくて、湊人だったら良かったのに、って。」
「な!」
湊人は、何かが切れたような気がした。
「なんで、だよ!なんで、いまさら!俺は、おれ、何度も諦めてんだぞ!なんで、そんなこと!だいたい、巫女とか花嫁って、なんだよ!誰が決めたんだよ!そんなん、なんで無視できないんだよ!おれは、おれ!」
下を向いたと思ったら、拳を壁に打ち付けて、湊人は部屋を出て行った。
蓮也は、湊人の気持ちまで知らなかった。だから、てっきり、そんなこと言われても、と言った返事になるかと思った。のに。
「だから、黎人がムキになって、いたのか?」
当初10月末まで休むはずだった黎人は、1か月無給で仕事に戻ることになった。
帰ってきた黎人は、
「ごめんなさい。」
と陽織に謝る。陽織は、仕方なさそうに、笑っていた。
「とんでもないです。黎人さんは、いつもわたしのために頑張ってくれてるのだから、わたしは大丈夫です。それより、黎人さんこそ、無理しないで下さいね。心配です。」
陽織はそう言って、黎人をそっと抱きしめた。黎人はそんな陽織を抱きしめ返した。
「鷹人、おとなしく寝てるね。」
「たぶん、お風呂入って、お腹いっぱいで気持ちいいんだと、思います。」
2人はベビーベッドに眠る、可愛い我が子を見つめる。
そして、そのまま久しぶりに、黎人は陽織を抱いた。




