陽織、酔っ払いを介抱する(新婚編)
8月のお盆前、会社では大型の夏休みを取る社員が増えるので、その前に懇親会のようなものを開く。
今回は、バイトの大学生にも声をかけていたので、湊人、宏輝の他にも3人の大学生がいた。
8月の第2金曜日の夜。
黎人はあまり飲み会のようなことは好きではない。
あまりアルコールに強くない上に、酔うとどうも記憶が飛んでしまう。一体何をやってるのか、言っているのか、すごく不安なのだが、誰も教えてくれない。
そして、神柴綾人は自身の父から、社長である黎人を絶対に、酔わせないように、厳命されていた。
湊人は経験上、絶対に兄であり、社長の黎人を酔わせるわけにいかない!
陽織は今夜、美咲のところにお願いしている。
湊人はまだ20歳になっていないので、お酒は飲めない。帰りは湊人に車を運転して貰えば良い。
こうした思惑の中、懇親会は始まった。
毎回のことながら、なぜ自分が挨拶なんかしなければいけないのか、どうして、途中で抜けてはいけないのか。黎人はそんなことを考える。
早く家に帰りたい。自分がこんなことをしている間にも、陽織に何かあったら。
そう思うと、黎人のグラスを持つ手が止まる。
しかし、そんな黎人を周囲は放置してくれない。
次々と、会社の重役や部課長、社員たちがお酒を勧めにくる。適当に一口二口で、次の人からお酌を受けるが、隣で綾人がなぜか圧をかけてくる。
そして、時折水を渡される。
トイレが近くなるので、アルコールが抜けやすい?と言うことなのか、とにかく水を飲まされた。陽織はお茶系の飲み物以外では、水しか飲まない。
そのため家にはウォーターサーバーはもちろん、ペットボトルの水も、大量にある。水は飲み飽きている、と言っても過言ではない。
水も飲み過ぎたのて、お腹がたぷんたぷんになって来た。正直水分だけで苦しい。
普通に食べたい。
その時、湊人と宏輝が、肉を持って来た。
唐揚げ、ローストビーフにローストポーク、ベーコン。なぜか湊人に無理矢理口を開けさせられて、ローストビーフを突っ込まれた。
「空きっ腹で飲むと、酔いやすいんだぞ!」
誰かに聞いたのか。
そして、宏輝もピザを突っ込んでくる。
飲み会なので、無礼講と思ったのか、2人はいつものノリで話しかけてくる。
でも、助かった。
「黎人さん、湊人、写真とろーぜ!陽織に送る。」
と言って、2人に挟まれて、写真を撮られた。
2人は撮った写真を、速攻で陽織に送っていた。
「送信!と、あ、陽織から返事きた!」
「『湊人と宏輝くんは、飲まないでね!』だって!わ、うさぎのスタンプ付き、可愛い!怒ってる?」
なぜか、宏輝が楽しんでた。
それを聞いて、黎人は我に帰った。
「何やってんだ!お前ら!ちゃんと他のバイトを見習え!」
黎人は思わず声を荒げてしまった。
綾人は隣でため息をつき、周囲の社員は、一瞬シンとなった。
コイツら、クビにしたい。
それに気づいた、バイト2年目の大学生2人が、慌てて湊人たちを引っ張って行った。
綾人に、ちょっとと断り、トイレに行った。
トイレの中で座り込む。
もう帰りたい。
もうすぐ、懇親会も終了になるのに、黎人がいない。トイレに行ったきり帰ってこない?
綾人は慌ててトイレに行く。
閉じているドアは一つだけだ。
「社長?いらっしゃいますか?」
と声をかけるが、なんの音もしない。
しばらく待つが、閉じたドアも無音のまま。
再度
「黎人くん?」
と声をかけた。
すると、閉じたドアが開き、不機嫌な顔の黎人が出て来た。
「子ども扱いするな。」
と小声で、圧をかけてくる。
綾人は思わず苦笑した。
3年前、綾人は大学を卒業すると同時に黎人の秘書になった。黎人は大学一年生だった。
親の意向で、グループ会社の一つを任された。
彼は生来の頭脳と努力で、あっという間に、小規模だったその会社をグループ内でも、上位に押し上げた。
その一方で、陽織という生涯唯一の花嫁と出会い、仕事や勉学以上に、彼女を大切にした。
その3年間を、綾人はずっとそばで見て来た。
いや、もっと前から。
まだ、子どもだった時、父親に紹介された。
一人っ子の綾人にとって、4つ下の彼は弟のようでもあった。悠人と2人、可愛い双子の兄弟だった。
ただ、大学4年間は関西の大学に進学していた。ほとんど会うことはなかった。その間、黎人が色々と荒れて問題を起こしているらしい、という話は父親から聞かされていた。
不安な気持ちで再会した彼は、4年前よりも大人びて、目つきが鋭く、綾人のことを見下ろしていた。
しかし、優しく陽織を見る目や声は、以前の可愛らしかった黎人をどこか思い出させるものがある。
「では、社長。お車を回して来ます。」
そう声をかけて、キーを受け取る。
はじめは湊人に、と言っていたのに、素直に鍵を渡して来た。
「湊人はバイト仲間と、二次会に行くそうだ。」
と言った。顔が赤いのは、酔っているのか、それとも弟に怒鳴ったことが恥ずかしかったのか。子ども扱いされたのが嫌だったのか。
車を本郷方面へ走らせる。後部座席で、黎人は外を見ている。すると
「陽織が、」
と話し出した。
「さっき、宏輝にチャットを送って来た。」
?何か怒ってる?
「僕には、何も来ない。」
「一度も、可愛いスタンプなんて。」
それは、宏輝くんが写メを送信したからでは?
「陽織、大学合格の時、湊人と2人で写真撮っていた。」
それはきっと、嬉しかったからだと思います。
「僕とは、写真撮ってない。」
撮れば良かったのでは?
「陽織が、翔太とハイタッチしてた。」
はあ。
「僕がいないところで。」
いやいや、ハイタッチくらい。
「陽織が、結婚式の後、湊人の名前を言って、寝ちゃった。なんで、湊人、なんだ!」
え?そんなこと、あったのですか?
と言った問答が、いや、綾人は口に出して、答えてはいないが。延々と、お茶の水の駅を過ぎるまで続いた。
そういえば、父が、黎人は酔うと陽織の話を延々し出して、時折、こちらが聞いてはいけないようなことまで、話す、というのを聞いたことがある。
これか!
だから、黎人を酔わすな!と厳命されたのだ。もし、これがお開きになる前だったら、とてもではないが、社員に見せることはできない!
最後には、膝を抱えて
「もしかしたら、陽織は、僕のこと、本当は好きじゃないのかもしれない。」
と、下をむき出した。
なんかめんどくさい!
そのうち、神代の屋敷に着いた。
車から黎人を降ろすと、陽織が待っていた。
「黎人さん、大丈夫ですか?ありがとうございます、神柴さん。」
と言われ、車の鍵を陽織に預けた。
やっぱり酔っていたらしい。
黎人はいきなり陽織に抱きつくと
「陽織が僕を嫌いになった!」
と怒り出した。
え?陽織は何を言われているのか、わけがわからない。
「陽織、なんで、宏輝なんだー!」
陽織は何を言われているのか、もうわからない。
「湊人と、イチャつくなんてー。」
???はい???
陽織はよりかかれて倒れそうになったので、綾人はすぐに手を出した。
余計なことがもしれないが、黎人を部屋まで運んであげた。
「す、すみません。ありがとう、ございます。」
2人の寝室を見てはいけない、と思いながらも、陽織1人では無理だったろう。
そのあとは、部屋を出ると
「あ、玄関はオートロックなので、大丈夫です。ありがとうございました。」
と部屋のドアの前で、別れて屋敷を後にした。
綾人が家から出ると、陽織は白桃を出して、黎人の服を脱がせた。ズボンがくしゃくしゃになる!
ワイシャツも洗濯しなければ。
お酒くさい!
下着姿のまま、ベッドに放置した。
「黎人さん!お酒くさいから、今日一人で寝てくださいね!わたし、母屋に寝ますから!」
陽織は、さっきのわけのわからない言葉で、少し怒っていた。そして、パシッと黎人の胸を叩いて、立ちあがろうとしたら、腕を掴まれて抱きしめられてしまった。
こうなると、動けない!
でも、このままは困るので、両手で思い切り、黎人の頬をばちんと叩く。
んもー!
緩んだ黎人の腕から逃れ、枕元にスポーツドリンクを置くと、陽織は母屋に行った。まだ、美咲と蓮也は起きて待っていてくれた。
「どうだった?」
と言われて、
「もう、訳がわからないこと言ってました。わたしが黎人さんを嫌いになったとか、湊人といちゃついてる、とか。もう、放っておきます!」
陽織が言うと、なぜか2人はほっとした顔をする。




