陽織、黎人の浮気を知る(新婚編)
それは、陽織が前期試験を無事終えて、大学の夏休みに入ろうとしていた日の夜のこと。
陽織は母屋のダイニングで美咲と蓮也に真剣な顔で相談をしていた。
「え?黎人が浮気?」
「それが、結構終活中の先輩達の間では有名な噂みたいで。でも、黎人さんは紳士だし、優しいし、絶対にそんなことって、信じたいけど。でも。わたしこんなだし、黎人さんの相手、ちゃんとできない、し。」
陽織はどんどん涙が溢れてくる。予定日まで後2ヶ月弱。
美咲は少し困った顔になった。
「うーん、今の黎人なら、浮気なんて考えられないけど。」
蓮也も同じような顔をする。
え?
陽織は、2人の様子を伺った。
「今の陽織ちゃんに、話すことじゃないんだけど。」
美咲の歯切れが悪い。
「うーん。」
と蓮也も唸る。
「大丈夫だとは思うんだが。」
なに?
「陽織ちゃん、今聞いても、ショック受けないで、黎人を信じてね!」
ますます不安なんだけど。
「えと、黎人の過去話って、誰かに聞いたこと、ある?」
陽織は首を振る。そう言えば、本人からも聞いたことはない。でも、明王附属のSクラスなら、何も心配はないだろう。
そう思っていた。
「黎人と、その、初めての時、やたら手慣れてるなーとは、思わなかった?」
???
「えと、わたし、黎人さんしか、知らない、ので。」
声が掠れる。
「悠人は、ちゃんと祈梨さんが大学生近くなるまで、何もしなかったのよ。変だと、思わなかった?」
???
とにかく、頭が追いつかない。
「15歳の女の子に、紳士が手を出すと、思う?」
「え?でもそれは、ちゃんと。事情が。」
陽織が言うと、美咲と蓮也が大きなため息をついた。
え?え?え?
「高嶺くんや、和嶺くんから何か言われなかったか?」
と、蓮也まで困り顔になっていた。
「あの子ねー、高校の頃までは、結構いろいろな意味で、荒れてたのよ。」
陽織は飲みかけたカップを落としそうになった。
「勉強は、ほら、できるじゃない?それに、その、チカラも、あるから。Sクラスの中でも、他と違うタイプって、女の子からはキャーキャー言われていたみたい。悠人は、ずっと真面目だから。」
「でも、和兄様は黎人さんは真面目だから、って。」
「それはうわべ、外面!」
「やる時はやるからな。」
「でね、結構神嶋さんの依頼を受けたあと、一緒に行った女性術者と、なんてこともあったし。中には、Sクラス以外の女の子と、っていうこともあって、大変だったの。何度学校に呼び出されたか。」
「大学に入った途端、全く落ち着いちゃったの。」
「あれはたぶん、花嫁の気配を察知したからだな。」
「浮気してる場合じゃない、って思ったのかしら。」
一体、誰の、話、ですか?
「本人は、女性遊びなんて男の甲斐性くらいにしか思ってなかったんじゃないか?ガキだったから。」
いやいやいや、それっていくつのジジイのセリフ?
もう、陽織の頭はパンク寸前だった。
「ほら、花嫁以外の女性とは、やっても、子どもができないのも知ってたから。」
陽織は椅子から崩れ落ちた。
「陽織!陽織。」
誰かが陽織を呼ぶ。
「全く、母上たちは、陽織になんの話をしたんですか!?」
「え?黎人の高校時代のことだけど。」
「お前の、女性遍歴。」
黎人の顔色が変わる。
陽織は、目を覚ました。ガバッと起きたかったが、お腹が重くて起きられない。
ふぇ、ふぇー、うえーん。
そのまま泣き出してしまった。
「2人して、変なこと話すから!泣いちゃったじやないですか!」
黎人がヨイショと陽織を抱き起こして、ギュッとする。しかし、
「れ、黎人さんのばかー!ッ。うっうっ、もう、もうやだーっ。」
陽織は泣き止まない。黎人の腕の中で、よく動かない手を振ってジタバタする。そして、力の限り黎人を突き放した。
「おうち、帰る。」
と言って、お腹を支えて、んしょ、と立ちあがろうとする。
「ちよ、ちょっと待って、一体何があったの?」
そこに湊人が通りかかった。
「あー、兄上が浮気してるって話かあー。」
「はあ???」
陽織はその夜、黎人と口を効かなかった。それどころか、2人の家には帰らず、母屋の客間に寝た。
翌朝、黎人が行っても、部屋に閉じこもって顔を見せない。
「はあー。」
社長室で、黎人は朝からずっとため息をついて、仕事に手がつかない。顔色も悪い。寝不足気味だ。
「何か、ありましたか?」
秘書の神柴が尋ねた。
「ちょっと、聞きたいのだけど。」
と切り出したはいいけど、なんと話したら良いのだろう。
「今年の就活学生の間で、妙な噂があるって話は耳にしてる?」
???
神柴には要領が得ない。
「妙とは、会社の業績が危ないとか?」
普通そう思うよなー。
「いや、あの、私との、女子学生の間で、男女の?関係?とか。」
と、聞いた途端、
ブハッ、と神柴が吹き出した。聞いた黎人は真っ赤な顔で怒ってる。真面目にきいたのに!
「いやいやいや、それはないでしょ。どれだけ自意識過剰なんですか?あなたは。そりゃ、確かに、憧れてる人は。うわっははは。」
神柴はお腹を抱えて笑っている。
「だいたい、陽織さんとの仲を知ってる者なら、ブハッ、絶対そんな勘違い!は、くる、苦しい。」
そこまで大笑いしなくても!
「え?もしかして、浮気とか?」
「‥‥陽織が、実家に帰って、引きこもってる。」
「?あのお腹で、ですか?」
「いや、その、ウチの実家。」
神柴はとりあえず、話を聞く。
「明王大の、ウチを受けてる薬学部の学生の間で、かなり噂になっている、らしい。」
「湊人くんは、何も知らないのですか?」
「面白がって、傍観してる。」
なるほど。
神柴は、笑うのをやめて、調べてみましょう。と言って部屋を出て行った。
次の日も陽織は黎人と会おうとしない。このままじや、霊力が枯渇するかもしれないのに。
「陽織ちゃん、そのままじゃ赤ちゃんがかわいそうよ。」
美咲が言う。
「そ、その分、いっぱい、食べ、ます。」
確かに、朝ごはんも、いつもよりしっかり食べた。
おやつも、桃を2個も食べた。
お昼も、残さず食べた。
さらにデザートのチーズケーキも食べた。
きぼぢわるい。
食べすぎて横になっている。
「もう。今の黎人は、絶対浮気なんかしないから!」
背中をさすりながら美咲が言う。
「でも、うっ、きぼぢ、悪っ。もしか、したら。わたし、黎人さん、かっこいい。し。わたし、こんな。おデブに。なっちゃ。」
「おデブじゃなくて、赤ちゃん、でしょう!バカなこと、言わないの!だいたい、明日は2人で一緒に買い物行く約束だったじゃない。」
そう、8月になる前に、2人でベビー用品などを買いに行こう、と約束していた。
「でも、うえっ、うっ、えーん。だ、だって。」
陽織は、あれからずっとこの調子で泣いている。
そして、ヨイショ、と立ち上がる。
何か食べなくちゃ!と、自分が昼間のうちに自分たちの家から持ってきたカバンからゼリーを出した。
「さっき、気持ち悪いって言ってたじゃない!」
「だって、赤ちゃんにちゃんと栄養行かない、です!」
美咲はちょっと呆れた。
(そう言えば、陽香が娘は変に頑固なところがある、って言っていたのを思い出したわ。)
夕飯の時も、休み休み、変な顔をしながら頑張って食べている。
「お魚。うっ。」
「魚、嫌い?よく作っているわよね?」
「いえ、大丈夫、です!ちゃんと食べられます!」
大丈夫と言いながら、目を瞑って飲み込んだ。
そう。作る。調理はする。でも、決して好きではない。肉はまあまあだけど、ひき肉は論外だ。
そして、食べ終わると、また苦しい、と横になった。
陽織が、ソファーに横になっていると、湊人と黎人がほぼ同時に帰ってきた。
なぜか言い争いをしながら。
「だから、俺には関係ないじゃん!」
「否定ぐらいできるだろう!」
「はあ?なんで俺が、んな面倒なこと!だいたい、兄上の素行が悪いから!自業自得だよ!」
「俺が何した!?」
珍しく、黎人の一人称が俺になっていた。
「ちよっと、いい加減にしなさいよ!何喧嘩してるの!」
美咲が怒鳴ると、ソファーに横になっていた陽織が、ムックリ起き出した。
「あれ?陽織寝てたの?」
湊人が声をかけた。それに、黎人も気づく。
「部屋、行きます。」
と、リビングから出ようする。
「あ、陽織、待って。」
立ちあがろうとして、ふらつく陽織を黎人が支える。
「きぼぢ、悪っ。」
「え?」
そのまま、陽織は真っ青になって、へたり込んだ。
「だから、食べすぎよ!」
「湊人!洗面器!」
「陽織、そこで吐くなよ!」
「と、トイレ行こ!」
2人がバタバタやってると、悠人が帰ってきた。
「あら、悠人。今日はこっちに帰ってきたの?」
「うん。卒論で必要な資料があって。ところで、どうしたの?」
悠人は4年になってから、祈梨の家から近いマンションに住んでいる。
陽織はそのまま客間の布団に寝かされた。
うつらうつらしていると
「あははは。」
と言う悠人の笑い声が聞こえた。
湊人の話によると、神代製薬の最終面接まで行った先輩たちが、みんな黎人の顔に見惚れて、話ができず玉砕した。
その話を聞いた、内部生の5、6年の女生徒が、
「黎人に騙されちゃダメだよ!」
「あいつ、高校の時、めちゃくちゃ女たらしだったんだから。」
と言う話をしたらしい。
同じ内部生でもSクラスの女子は信じなかった。
「付き合い出して、速攻ホテル連れ込まれたって噂もあったよね!」
「平気で学校で、キスとかしてたし。」
「でも、1ヶ月も経たないうちに、みんな捨てられたっけ。」
「文系行ったのだって、遊べないから、って理由って有名だったよね。」
「結婚したとか聞いたけど、絶対浮気とかしてるよ!」
と、これが噂の発端らしい。
Sクラス以外で黎人の女グセの悪さは、かなり有名だったらしい。
「あは、アハハハ。あれね。あれはほとんど、ガセだったよね。」
悠人の笑いが止まらない。
「確かに当時は、今と全然ちがったからねー。なんか、陽織ちゃんのイメージ崩しちゃうから、言わなかったけど。」
「悠人!」
「だって、キスだって、あれ、強引にされたって、怒ってたじゃん!」
黎人の顔が赤い。
高校の頃、とにかくイケメンクールでかっこいい、と、上級生の女子からのアプローチが半端なかった。
告っては振られた、が続くうちに、いろいろオヒレハヒレついて、とうとう面倒になっていた。
湊人は幼馴染の千織が巫女だった。
悠人にも、祈梨と言う巫女が現れた。
自分には、花嫁は現れないのかもしれない。
そう思って、ヤケになっていたこともあった。
誘われて、確かにそれなりの関係を持ってあげた先輩もいた。強引に付き合わされた女性もいた。
「でも、黎人からってなかったよね。」
「そう言えば、中学ん時、高校生の黎兄はクールってイメージがあったかも。」
「年上キラーとかも、呼ばれたことあったっけ。実は真逆だったのに。ウッフフフ。」
悠人が次々と暴露していた。
「俺の恥ずかしいネタで盛り上がんな!」
年上‥‥。うっ。
陽織はなんか泣きたくなる。自分はすごく子どもなのに、なんか申し訳、ない。
「でも、黎人が自分から手を出したのは陽織ちゃんだけだったよね。」
夕飯のあと、黎人は陽織が寝ている客間に来た。
今日は拒絶されない。
「陽織?大丈夫?」
陽織は泣いていた。
「え、と。まだ怒って、る?」
「ご、ごめん、な、さい。わたし、わたし。」
「うん。信じてくれた?」
「わたし、年上じゃなくて〜。」
と泣き出した。
え?そこ?
翌日、陽織は黎人の車で行きつけの百貨店に行った。久しぶりだったが、結婚式の時にも、マタニティ用品の時にも、お世話になった外商の人だったので、優しく対応してくれた。
2人で手を繋いで、ベビーベッドを選び、服や靴下、小物を買う。赤ちゃん用品だけでなく、ママが必要なものも、色々と教えてもらい、用意してもらった。
あと少し。
お腹で元気に動く赤ちゃんを、2人は心から楽しみにしている。




