陽織、佳織と待つ(新婚編)
黎人は徐にメガホンを取ると、
「湊人ー!うちの子よりも、反応がおそいぞー!」
と叫ぶ。
陽織のお腹の中で、赤ちゃんが動いたのだ。
この騒ぎに興奮しているのか、それとも本当に霊に反応しているのか。
結界を出て黎人の方に近づいた陽織に、あっという間に、小さな霊が近づく。
今日は、陽織と大学そのもののの状態を知るために
いつものようなお守りや結界を張っていない。
それも、今回黎人が知りたかったことだった。
黎人は陽織に近づく霊を片手間に祓う。
その様子を佳織は確かに見ていた。見えていた。
これも、今回知りたかったことだ。
「やっぱり、大学そのものの結界が弱くなっていますね。」
神嶋が眉を顰めた。
「まったく、この状況に気がつかない、湊人や和嶺は、今まで何をやってたのか!」
黎人が大きくため息をつく。
黎人は陽織が泣いたと聞いた時、色々詳しく話を聞いていた。特に、入った途端に、動けなくなった、と言うところを。
大学そのものの結界がしっかりしていれば、陽織の周りの結界やお守りを破ってまで、それほど霊がウジャウジャ寄ってくるはずがない。
確かに、現在巫女は全員文系で、医歯薬キャンパスに来ることはない。
今回陽織が来なければ、誰も気づかなかったかもしれない。
「これは、学長に申し出ておきましょう。術者を安心して、預けられない!それとも、黎人さんから圧力をかけますか?」
「嫌ですよ。僕は今、陽織と子どものことで、手一杯なんですから。」
神嶋はおやおやと、小声で言う。
「そちらのことは、神嶋さん、お願いしますね。」
「黎人さんも、現場のこと、よろしく。」
神嶋はそう言うと、立ち去った。
陽織が佳織の近くに戻ると、顔色が悪い。
「佳織?大丈夫?」
佳織は、小さくうなづく。
佳織は、初めて見る霊に小さく震えていた。
「陽織ちゃんは、怖くないの?」
「1人だと怖いよ。だから泣いちゃう。でも、今日は黎人さんがいるから。」
そう言って、陽織はお腹に触れながら、黎人の横顔を見上げた。
開始から2時間近く経った時、湊人と千織が外に出てきた。汗だくだ。
「黎兄、もうキリがない。どんなに祓っても祓っても湧いてくる!」
すると、和嶺と美織も出てきた。こちらも同じ様子だ。
この2人でこうなのだから、他はもっと疲れているだろう。
「湊人、何か?僕は今日、依頼人だよ。なんで僕に言うの?」
黎人はそう言う。あれ?ちょっと怖い。
颯斗は出てくると、すぐに佳織のそばに駆け寄り、
「笹本さん、顔色、悪いよ。」
と声をかけた。その言葉に、羽織も気づき
「佳織、大丈夫?」
と近づいてきた。
「田神くん、佳織さんを休ませてあげると良い。陽織も、少し休もう。疲れたでしょ?」
そう言うと、陽織を抱き上げた。
「和嶺も、僕はあくまで依頼人だからね。そこは忘れないで。」
と言って、自分の車が停めてある大学の駐車場の方へ去って行った。
陽織を助手席に座らせ、自分は運転席に座ると、はあーと、大きなため息をついた。
「陽織、大丈夫?佳織さん守るの、疲れたでしょ。」
黎人は、陽織が2人の周りにさらに結界を張ったり、近寄ってきた霊を祓っているのに気付いていた。
それを見て、心配になったらしい。
「ん、あれくらいなら大丈夫。」
そう言いながらも、顔色は良くない。
手を握ると、陽織が黎人の方を向いて笑ったので、少しだけ霊力を供給した。
「それにしても、湊人はともかく、和嶺が思ったよりも、使えない!唯一、年上なのに!」
あれ?真面目に黎人が怒だ。
「湊人が何も役に立たないなら、せめて和嶺がまとめてくれたら、もっと簡単に終わったのに!」
黎人はハンドルにもたれかかり、頭を押し付けている。
「あの、あれって、先に結界作業した方が。」
陽織が言うと
「うん、そこが全く分かってない。こちらが出来高、って言った途端、みんな夢中になっている。」
しばらく休む間に、黎人は何やらスマホでメールを飛ばしていた。
30分も経たないうちに、2人は5号館の入り口に戻った。
すると、みんなで結界を張り始めていた。
あ、気づいた?
「へえー、意外。チカラはまだ強くなくても、田神くんがまとめている。リーダー向きかも。」
そう、颯斗がみんなに指示を出して、結界を張る作業に入っていた。結界を張るグループと、並行して除霊するグループに分かれている。
「確かに、チカラがあるから、まとめ役も向いてるか、って言うと、そうとは限らないってことか。」
黎人が颯斗に感心していた。
佳織はさっきと同じベンチに腰掛けているが、少し顔色も良くなっていた。
「佳織さん、そのタブレット、田神くんに渡して良いよ。彼がこのあとは、指揮をすると思うから。」
黎人はそう言って、佳織にも帰って休むように言う。
しかし
「あ、いえ、せっかくだから最後まで、ここで見守ります。」
と、佳織が答えた。
そのあと、黎人は颯斗を呼んで、あとは任せたよ、と言い、タブレットの使い方や報告書の話をすると、本当に陽織を抱き上げたまま、現場を去った。
家に戻ると、昼食をどうするか、と言う話になる。
時計は1時を過ぎていた。
「んー、黎人さんのパスタが良い。」
と、陽織に言われて、黎人は目を見開きながら、了解と答えた。
パスタを食べた後、陽織をベッドに連れて行き、休ませる?のかと思いきや、なぜか黎人も入ってきた。
??
陽織は勘違いして、残された現場のメンバーのことを話し出した。しかし、黎人にそれは忘れて良い、と口を塞がれた。
「まだ、暴れてる?」
「あ、うん。元気だよ。今日は楽しかったのかな。」
と陽織がクスクス笑った。
黎人は直接触りたいと言って、陽織の服を脱がせると、お腹に耳を寄せてきた。
「本当だ。元気だなー。早く、会いたいね。」
と優しく、お腹を撫でていた。
数日後、黒い紋付袴姿の十神家の重鎮たちが、平日にも関わらず、医歯薬キャンパスにいた。
まだ早朝だが、学生の姿がまばらにある。
学生の中には、何事?と何度も振り返って見ている人もいた。
十神家の中心に黎人が白紋付姿て立つ。
それぞれがキャンパスの周囲の定位置に着くと、黎人が祝詞を唱え始めた。
おそらく、他の重鎮たちも一斉に同じことを、やっているに違いない。
その日、陽織は前期最後の実験で、5号館の前にいる。
陽織は少し離れたベンチに座り、羽織と2人、黎人の後ろ姿を見守っていた。
重鎮の中には、高樹と蓮也、羽織の父の姿もあった。
最後に黎人たちが柏手を打つと、キャンパスの上にブワッと大きな龍が現れ、全体に光を注ぎ始めた。
「綺麗。」
陽織と羽織は思わず呟く。
すると、その光がまるでオーロラのカーテンのように、キャンパス全体を包み込んだ。
30年ぶりだと言う、大規模な結界作業は、何も見えない学生にも、いつもと違う神聖な空気を届けていた。
結果、十神家の重鎮による結界作業となったため、陽織が実験をする当日の、除霊と結界作業と言う追加報酬はなくなり、湊人は「詐欺だー?」と叫んでいた。
ちなみに、今回は最終的に颯斗の報酬が最も高く、あんなに頑張った湊人は、リーダー失格のペナルティで、思ったほど受け取れなかった。
今回、神嶋は色々気付かされることもあり、思いがけない収穫も得た。一方、湊人たちには、反省の多い案件となった。




