陽織、自分が知らない秘密(新婚編)
それは、黎人が子どもの霊を祓った5日後のことだった。
仕事から帰宅すると、なぜか家の前に、高樹と陽香が立っていた。
驚いた黎人は、2人をリビングに案内してお茶をだす。
まだ、陽織は入院中だ。
何かあったのか、と心配になった。
すると、徐に
「黎人くん、去年の7月のことなんだが。」
と高樹が口を開いた。
黎人は血の気が引く。先日知ったばかりの、あの話?
何気なくそれを匂わせるような言葉を出すと、陽香がうなづいた。
黎人は少し待ってもらい、自分の両親も呼んだ。
黎人は2組の両親の前で、正座をしている。
美咲は何事か、と慌てきたが、息子のその真剣な顔と、項垂れる姿に、すぐ黙って待つことにした。
「その、先に結論だけお話します。たぶん、神鬼先生からお聞きになったかと。昨年の七月の話、ですよね。」
黎人が切り出すと
「いや、神鬼さんは黙秘した。病院の電子カルテの作業が、神鬼さんのところが遅れていたので、手伝おうとして、知った。」
と、怒気を孕んだ声で言った。
「神鬼さんに聞いたら、黎人くんに聞け、と。」
黎人は目を開くと、思わず
「ずるいな。」
と言う言葉が口をついた。
「申し訳、ございません!」
とにかく黎人には、それしか言えない。
もう、過ぎたこととはいえ、取り返しのないことをしたのは、事実。
黎人の両親はまだよく分からず、困惑している。
「ただ、この話は、絶対に、絶対にその、本人には知られないようにして下さい!」
その後、黎人は自分の両親の方にも
「とにかく、これからの話は他言無用で!」
と、釘を刺す。
「神鬼先生から、どこまでお聞きになったかわかりませんが、陽織はこのことを知りません。記憶を消したんだそうです。その、このままじゃ危なかったって、おっしゃってました。」
「記憶?」
美咲が思わず声を出す。
「とにかく、陽織は自分が、流産したことを覚えて、ないんです。」
その言葉を聞くと、さすがに黙っていた黎人の両親も、立ち上がった。
「どう言うことだ!」
「流産って、そんな。」
「黎人、お前は何をしたんだ!」
珍しく蓮也が息子を怒鳴る。
こんなの、高校生ぶりだ。
黎人は、去年の誕生日の日に陽織が神格を得た話から始めた。
「あ、あの時。」
美咲は思い出す。
「その時、神鬼先生にちゃんと注意されていたんです。これからは、いつでも子どもができるって。」
そこで、一回言葉を切った。
「あの日は、その、陽織の勉強、ずっとつきあっていて。何もしてなくて。」
なんか気まずい。
「陽織が、その、千織ちゃんと夢中で話してるのが、ちょっと気に入らなくて。」
なんか、思い出すと、あまりにも自分勝手で恥ずかしい!
「その、強引に連れ帰っちゃったんです。これを逃したら、お互い勉強で忙しくなって会えない、って思って。で、神鬼先生に、その、注意されて、いたのに。舐めていて。そんな簡単に!って。それでいつもの、調子で。本当に、すみません!」
黎人が頭を下げる。
「あの、いつもの、調子って?」
陽香の声が震える。
美咲はそれに気づき、顔色を変えた。
「ちょっと、何も考えずに、ずっとやってたの?」
美咲の言葉に、4人の親たちは、唖然とした。
「その、いつから?」
と陽香も、聞いてくる。
いたたまれない。
「え、と、その、陽織が高一の、時、クリスマス。」
と素直に答えたら、高樹が拳を振り上げたのが見えた。陽香は慌てて、それを止める。
「いまは、その他にも大事なこと、あるから。」
「それで、そのあとは陽織も試験とか、勉強とか、忙しかったみたいで、ほとんど、連絡取れないこともあって。」
確かに、あの頃の陽織は鬼気迫る勢いで、勉強していた。
「期末試験の最後の日、神鬼先生のところに、定期検診?で行ったんだそうです。その時、あまりにも陽織が痩せてて、びっくりしたって。
そのあと、急に、その、陽織がお腹、痛いって、たくさん出血して、倒れた、そうです。
神鬼先生は、陽織が流産したから、親とか僕に、連絡する、って言ったら、絶対ダメだって。
知られたくないって。
僕が、その、司法試験前だったから。」
4人は大きなため息をついていた。
黎人はその後のことを、話すのが辛くなった。
でも、きちんと話さないと、記憶を消した理由を説明できない。
「陽織が、窓から飛び降りた、そうで、す。」
高樹が一番、え?と言う顔をする。
それはそうだ。自分の病院で、そんなことがあって、自分が知らないはずがない。
「ハクが、助けたって。」
白兎様の力。
「花嫁は自分では、死なないそうです。」
「陽織‥。」
陽香は今にも倒れそうだ。
「で、とりあえず神鬼先生の知り合いの医師に、処置してもらって。」
「あー、神鬼さんの。」
高樹は、その人物を知っているようだ。
「でも、そのあと花嫁は死ぬと、新しい花嫁が生まれること、陽織が知っていて。自分は人殺したから、資格がないって。僕の中の陽織の記憶を消して欲しいって。
なんども、その、手首、切ったり、でもすぐ塞がっちやって。最後は、頸動脈切ったって。」
想像するだけで、美咲と陽香は、気を失いそうだ。
「神鬼先生が言うには、その、色々追い詰められていて、疲れていたところに、流産で、このままじゃ陽織が壊れるって。自分で死ななくても、危ない!って。だから、流産と、自殺未遂の記憶を、全部消した、そうです。」
「追い詰められて。」
高樹が言うと、陽香が急に立ち上がり
「あなた、の、あなたの、せいよ!あなたが、医学部、合格、しなくちゃ、認めない!って。」
泣きながら、そう叫んだ。
「陽織を追い詰めたの、あなたよ!」
いつも、従順な妻の言葉に、高樹も顔色を失っていた。
そのあと、誰も、何も言えないまま、時間が過ぎた。
「先週、陽織のところに、子どもの霊が現れたんです。陽織をママって、呼んでた。でも陽織は、その子に、自分のママのところに帰れって。自分の子をいじめるな!って。
僕は、その子を、祓いました。」
黎人は自分の両手を見つめたかと思うと、泣きながら頭を抱えて、うずくまった。
蓮也と美咲は、そんな息子の姿を初めて見た。
生まれた時から、神様の生まれ変わり、ともてはやされ、崇められ、敬意だけを向けられでいた、自信満々な息子が、自分がやったことを後悔し、初めて泣き崩れていた。




