陽織、子どもの霊に悩む(新婚編)
今回は、少し前のお話に続く悲しいお話です。
陽織が悪阻で入院し、ニ週間が過ぎた頃、また体調が悪くなった。夜眠れていないことが原因。
陽織は夜になると、子どもの霊が部屋に来る、と言った。
「わたし、色々なところで、子どもの霊を祓ったり浄霊したから、何か恨まれているのかもしれない。」
陽織が青い顔でそう言った。
しかしこの病院はしっかりと結界を張っているし、さらに陽織の部屋の中にも、二重に張っている。
話を聞いた日の夜、黎人は気になって病院に泊まった。ただし自分がいると出てこない可能性があるので、部屋の外から、様子を見ていた。
すると、真夜中の2時ごろ、それは起こった。
陽織の足元に、小さな子どものようなモノがいる。男の子か女の子かわからない。顔が、ない?
からだも、ぐちゃぐちゃな形をしている。
ただ、陽織にママ、と声をかけている。
陽織は目を覚まして、その子を見つめた。
「わたし、は、ママ、じゃ、ないよ。ちゃんと、逝って。逝って。ここに、いたら、ホントのママに、会えない、から。」
と子どもに声をかけていた。
黎人はすぐに神鬼を呼び出し、部屋の外に来てもらった。
子どもは、まだ陽織をママと呼んでいる。
「おね、がい。わたしは、この子の、お腹の中の、赤ちゃんの、ママ、なの。だから、困らせないで。この子をいじめ、ないで。」
廊下で見ていた神鬼が
「黎人さん、あの子は祓った方がいい。」
と、怖い顔で言った。
「黎人さん、早く!でないと、また、陽織さんが流産します!」
黎人は神鬼の言葉の意味を理解するよりも早く、中に入り、霊が消えようとしているところを祓った。
その瞬間、陽織は意識を失った。
「神鬼、先生。今、なんて!?」
神鬼は、しまった!と言う顔で、目を逸らす。
「いま、何か、言いましたよ、ね?」
それでも神鬼は黙っている。
しばらくすると、
「医者の、守秘義務、です。」
と、去ろうとした。
しかし、それを黎人は許さなかった。
「どう言う、こと、ですか?陽織は、そんなこと、一度も。」
神鬼の瞳が揺れる。
流石に、神様に逆らうことは、できない。
「陽織さんは、知りま、せん。覚えて、ない、のです。だから、どうか、何も、聞かないで、下さい。」
それでも、黎人は神鬼を離さない。
神鬼は大きなため息を吐くと、絶対陽織さんに、言わずにいられますか?
と質問してきた。
二人は、陽織の部屋の廊下の椅子に座った。
「黎人さん、去年陽織さんが、過労で倒れたこと、知ってますか?」
黎人は、アッと思い出す。
陽織は司法試験前の黎人を気遣って、黙っていた。
「まさか、その時?」
「いつものように、体調管理に来ていたんです。体重がもう、よく命を保てるな、と言うくらいしか、ありませんでした。」
「33キロだったと。」
神鬼は首を振る。
「もっと少なかったです。もう、精神力で生きてる、感じでしたね。陽織さんくらいの身長なら、生命を維持するため最低35キロは必要なんです。
そのことをわたしと、話していた時、急に、お腹が痛い!と泣き叫んで、そして、大量に出血、したんです。流産でした。
そのあと、陽織さんに、流産したことを伝えて、とにかく両親やあなたに知らせようとしました。」
黎人は目を見開く。
「でも、ダメだと、絶対に誰にも知られたくないと。父が知ったら、結婚できなくなると。あなたに、迷惑をかけたくない。そればかり、でした。それどころか、そのまま花嫁は死ねば、新しく生まれるって言い出したんです。」
「陽織は、知ってたんですか?」
「どこからか、知ったんでしょうね。だから、あなたから、自分の記憶を消して欲しいと言って、診療室の3階の窓から、飛び降り、ました。」
え?
「でもね、花嫁も、自分では死ねないんです。白兎様が、助けました。それから、わたしは知人の医者にお願いして、ここの医者誰にも知られないように、処置しました。それくらいの蓄えはありますから。
しかし、その後も、彼女は、陽織さんは、手首を何回も切って、でもすぐに傷が塞がって。
しかも、ハサミで、ですよ。
骨折するんじゃないかと思いました。
どれほどの気持ちだったのか。
首を頸動脈も切ったんです。本当に見ていられなかった。
もう、心が壊れる、寸前、いや、流産を知って壊れたのかもしれない。
子どもが好き、ですからね。
中学の時、色々あっても、いつも唇噛んで、しばらくすると、「大丈夫!」
って顔をあげて笑ってた子なのに。
自分は人を殺した、と。花嫁の資格はない、と。何度も、死のうと、したんです。
色々限界だったんでしょうね。
だから、わたしはあなたではなく、彼女の、流産した、自殺しようとした、と言う記憶だけ、消しました。
わたしは言いましたよね?陽織さんは神様になった。いつでもあなたたちは子どもがつくれる、と。あのとき、できてたんですよ。最初の、赤ちゃん。」
黎人はそのまま、床に崩れた。
自分の責任だと。
自分が何も考えず、陽織を求めたことが、陽織を大きく傷つけた、と。
「今の陽織さんは、知りません。だから、祓ってもらったんです。可哀想ですが。
この話を知っているのは、陽織さんが初めての妊娠では、ないのでは?と、気づいてしまった、東山先生だけです。」
神鬼はそう言うと、去って行った。
資格がないのは、陽織じゃない。自分の方だ。
陽織は当時、受験生だった。
勉強して、勉強して、疲れていた。
自分も仕事と試験で疲れていたけど、
陽織はもっと、長い時間、頑張っていた。
それでも、彼女が欲しくて。
わかっていたのに。
頭の中では、まだ子どもができたら
ダメなんだって、ちゃんと知っていたのに。
陽織は受験生だったのに。
陽織さんは、覚えてないんです。
記憶を消しました。
もしかしたら、それがあの霊を
呼んでしまったのかも知れない。
それを自分は何も考えず
祓ってしまった。
我が子、なのに。
次の朝、黎人は陽織の様子を東山に確認してもらった。ここのところ、眠れなくて体調が悪かったことを説明して。
陽織は未だ顔色が良くなかったけど、お腹の赤ちゃんは、元気に生きていた。
それだけで、陽織は笑った。
黎人は神鬼から聞いたことを、決して言わない。
だからと言って、記憶を消したいとは思わない。
これは、自分が背負うべき業だから。




